昨日まで東京でした。東京は葉桜、そして至るところで福島のポスター「福が満開福のしま」転写の電車の車内広告にのぼり。東京滞在中のトップニュースは「福井の原発再稼働の差止め」、担当裁判官の個性を色々言う向きもありますが、まずは妥当か。ケインズではないですが「神の手」と言うのは確かにあって、科学技術や規制によってリスクは下げられますが、人に手が及ばない領域と言うのもたしかに存在します。 そこに挑戦するのも人類の果たす役割ですが、その動機が原発関連は「目先の金儲け」にしか見えません。

金儲けが悪いのではなく、儲けるのは勝手だが「人に迷惑かけるな」「かけたら贖え」。人の道もわきまえないのが人類の未来など語るな、と言いたいことが山ほどあるのですがここまでにしましょう。この話題になると福島県民はつい熱くなります。
昨日戻ったら、大気が不安定とのことで豪雨に遭遇しました。散り初めの桜が雨に打たれ地面にたたきつけられるように落ちて行きます。咲く桜も桜なら散る桜も桜、この無常感がまた桜が日本人に愛されてきた所以でしょうか。
ところが、福島でも平地を離れ郊外に行くとまだまだ桜の最盛期。伊達と相馬の境の桜と相馬民謡に唄われた玉野の桜などまだつぼみ。まだまだ桜を楽しめる福島です。

塚の桜、桜の根元にはお地蔵様が鎮座しています。土着信仰と桜の組み合わせもよく見かけるところです。

こちらは木の陰に隠れていますが、小ぶりながら立派なお堂が見えます。この様子なら今週末まで花は持ちそうです、きっとこの集落の花見が行われるのでしょう。震災から5回目の春、無為か有意か5年の重みはやはり重いです。土地の人に聞くとこの5年で小学生が半減したそうです。
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