「暑さ寒さも彼岸まで」とは、よく言ったものです。この地方では彼岸を過ぎると「金木犀」の花が咲きます。 この花は、花を見るというよりまず匂い。独特の甘酸っぱい匂いが漂うと、初秋から仲秋へ、秋が深まります。

金木犀の木の周り、オレンジ色の絨毯を敷き詰めたように細かい花が落ちるまでの約1週間のお楽しみ、放射能災害の苦悩をよそに、ささやかな楽しみが今年もやってきました。
秋と言えばコスモス、街道沿いのコスモスも今が見ごろです。コスモスは直ぐに散る訳ではないので、晩秋にかけて道沿いなど長閑に彩ります。福島は間もなく知事選、自民党がガチンコを避けたためこちらも長閑な選挙戦になりそうです。

秋の花と言えば「菊」が定番でしたが、コスモスにとってかわられたはいつ頃からでしょうか。大輪の菊でなければ秋の花に非ず、と言う考えもあるでしょう、なにせ天皇家の紋ですので。 その皇族も、学習院を中退しICUを受験する時代になりました。
9月になってから、ゆかりの方々の訃報が続きました。今日もその葬儀・告別式、百歳まで間もない、枯れ木が折れるような大往生でした。翁が六十代のころお世話になりました、余生は短歌を詠むことで過ごされたそうです。大震災以降の世相はどう映ったか、この地域のりんご栽培の草分けでもありました。

葬列を見送るように咲く「曼珠沙華」、時代とともに変わるもの変わらないもの、変わらなければいけないもの、変わってはいけないもの。斎場の手馴れた進行は裏腹は歌の一首ほども故人の残像も残しません。ついでながら、東電の謝罪や説明など、とても心に残りません。
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