
秋の祭礼は本来「五穀豊穣」を感謝するもの、凶作の年や災害の年は開催されません、そのような年の縁日はひっそりと祝うものとされてきました。
今年は1000年に一度の災害の年、原子力災害に至ってはまだ終息の目処も立っていません。稲はそこそこ実りましたがセシウムの検査をしながらの出荷で、稲わらや籾がらについてはについては処置方法も指導や情報が錯綜しています。
しかし、こんなときくらい空元気でもお祭りをと言う機運があるようです。ここ福島県の最北部宮城県境の国見町でも山車の準備に追われていました。 日本も農耕国家から通商国家に変わってきて100年以上経つのですが、こんな所にも「五穀豊穣」などという言葉が遥か昔のものであることを印象付けられています。
また、TPPなる考え方にもその対応が迫られてきました。国家観も多種多様になってきました。 マクロから見る国家観も大切ですが、地域の集合体が国であるという事実。そしていわれもない事故のしわ寄せにおいてある地域が非常に困難な局面に追いやられているという現実。これらのことを後世の歴史は如何見ているのでしょうか。
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