9月の「敬老の日」の周辺は高齢者の話題、5月の「子供の日」の近くになると子供の話。暦でパターン化されて来るトピック事情ですが、「人口に占める子ともの割合が過去最低」と、何やら統計数字で少子化が今年も話題になりました。
連休明けの昼下がり、銀行に行った帰りに「そろそろ新一年生の下校時間、黄色い帽子がゾロゾロ通るか」と思っていると、高齢者が立ち話。

高齢化社会から超高齢者社会へ、何も高齢者の皆さんの責任ではありませんが、確かな現実として人口構成の変化は恐ろしい現実です。 人口減少もさることながら、党是のことながら労働人口の減少はさらに拍車が掛かり「高齢者雇用」と言っても、おのずと限度があり「労働力」たる個人差も出てきます。 景気が底堅いと言っても、海外の景気によるもの、デフレ脱却も「老後に必要なお金」「貧困老人」のキーワードが盛んに検索されているところを見ると、消費よりも貯金という国民の本音が透けて見えます。 むろん齢を重ねることはだれの責任でもなく生物の宿命。「物の道理」によってもたらせられた危機感は、国際危機の比どころではないほど深刻かもしれません。
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