果樹園の雪もほぼ消えました、日陰の土手に残るばかり。剪定を終えた、落ちた枝を拾い集めのるは作業・経営の一線から退いた「老人の役目」、などと言ってしまうと、「見方が画一的」「作業分担は各経営でそれぞれ」などと指摘されそうですが。

しかし、剪定の枝がきれいに並べられた果樹園、入り口に自転車が停まっていると「丁寧なお年寄りの仕事」と思わずにはいられません。奥の方で作業をしている姿も見えます。
さて、先週のニュース。飯館村の102歳のお年寄りが原発避難を苦に自殺したと言われる事件は、原発事故と因果関係があって原告申し立ての6割の賠償命令が地裁から出たと伝えられました。 百歳過ぎても自殺に追い込まれる過酷な心理状態というのも想像を絶しますが、被告側は「個別の事案には」と「ご冥福をお祈りする」とのそれこそ画一的なコメントでした。

果樹園に囲まれるような立地に建てられた復興住宅。ここの区画では本体工事が終わり周辺の道路整備のようです、近隣でも避難者ではないので、進捗や内容はうかがい知れませんが。 その工事中の道路の反対側には文殊菩薩を祀るお堂、この日が縁日なのかそれとも受験シーズンで「お参り」「祈願」のために開けているのか、旗・幟が立っていました。 帰還叶わず、新しい土地で生活を始めることになっても、それぞれの地域では神社・仏閣・祭りなど古くからのコミュニティーがあり、転居の方・受け入れる方共々、また新しいルールや基盤が必要になります。それらのストレスは考えられないほど大きなものであることは想像がつきます。
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