嵐のような3.11の関連報道もようやく峠を越えました。 正鵠を突いたものから全く的外れまで、それこそ津波のような報道です。岡山大学の教授が福島県の甲状腺がんの発生割合を「異常な数値」であり、「原発事故の影響とは考えにくい」という関係機関の発表は理解できないと言う趣旨の発表をしていました。 それに対して福島県立医科大学の学長は、専門知識を持った者からすると岡山大学の見解は全く意味を持たないと反論。ただし、専門知識=研究者が学会で研究成果を発表したり論文を書いたりしても、一般の生活者には届かず岡山大学の「週刊誌報道」の圧倒的な広報力には歯が立たないことも反省として上げていました。
かく言う福島県立医大も、長崎大から招いた副学長が直接的に被害者に「安心情報」を伝えようたしたため、逆に反発を招いたトラウマでもあるのか「奥歯に物が挟まった」ような表現ばかりになっていました。 「懸念がある」も「心配には及ばない」も、もっとわかりやすい土俵の上で論じてもらいたいものだと思います。

さて、3.11の騒動やセレモニーやら過ぎてみるともう過ぐ春彼岸。東電元役員の強制起訴など生々しい話題も減ってはいませんが、「悠々の時」からこの5年を振り返る良い機会かもしれません。 もっとも山門前の墓地も、先の震災で「石塔が倒れた」と5年前の記憶に結びついてしまうところが「人間の性」なのですが。
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