果樹園の方に出向いた道すがら、吾妻連峰を写真に収めようと写真のアングルを探ると電柱と電線に遮られました。 地方、まして農業地帯では電線の地下埋設など夢のまた夢、さすがにコールタールの塗られた「木の電柱」は姿を消しましたがコンクリートの電柱は生活インフラを支えています。

電力自由化の前に、「すでに消耗戦」と言う新聞の記事、各社入り乱れての顧客の抱え込みに躍起で、私鉄系、通信系、メーカー系と傍から見るとよく分からない異分野乱入の販売合戦のようです。かつで固定電話がNTTの独占から新電電と言われる何社かの通信事業参入でも混乱しましたが、それにも勝る状況で「デフレ脱却」とか言いながら「安くなるなら越したことがない」と言う消費者心理も相まっての乱戦のようです。 ~のようです、と他人ごとのように言ってしまうのは、地方では送電線例えば1㎞ぶら下がる人数(需要)が少ないので、その分維持コストが高く参入メリットが少ないので、首都圏ほど活発な営業活動はありません。 維持コストの割に需要が多いエリアで独占的に事業をしていた東京電力の過去の収益力は察するに余りまります。 その中でも、安全より発電コストを優先した原発に加え、それの安全神話を維持するための目的だったのか収益性を落としたくなかったのか「トラブル隠し」、規制委員会から津波の危険性を指摘されながら対応を怠った福島第1原発、地域独占の公益事業者が、そこまでして利益を求めた企業体質は何を語るのか。電力販売の自由化の機会に改めて考えたいと思います。
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