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小さな灯り
今年も今日で終わり、1年間ありがとうございました。
震災から5年、復興が進んだような何も進まなかったような。ここ数日、農作物から放射性物質が検出されない、水産物の試験操業魚種の拡大と、ある意味「復旧」を印象付ける報道もなされていますが、震災以前の水平飛行まで針を戻すには大よそ6年の歳月は長く、負った「放射能被害」の残像が大きすぎます。
廃炉のように30年40年のスパンとは言いませんが、目先のデータや事象に一喜一憂せずに国民や世界の眼に対応しなければなりません。もっとも、情報を出す機関が「最もそれらから信用されていない」こともあるのですが。

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何はともあれ、被災地ももそうでないところも平等に時間は流れます。古くから農耕の神様を祀る神社も正月も迎える準備が出来たようです。
かつての賑わいからは見るべくもありませんが、近隣からの初詣に露店くらいは出るようです。

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年末は「鳥インフルエンザ」に翻弄されました。[立入禁止]の看板は経てても、空から野鳥の侵入者はブロックできません。

近隣の町でも、それぞれ「復興」「活性化」の小さな努力は積み重ねているようで、イルミネーションを飾ったり小さな街路灯をつけたり。

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もちろん、遠くから観光役を呼び込むような企画ではありませんが、こようような「平成の合併」に入らず、従来の自治体規模を維持した自治体の方が、様々な努力をしているように見受けられます。

どのような選択をして、いろいろなものに未来を託した「人々」「地域」にも平等に新年が訪れます。
来る年が良い年でありますように。

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暮れの3白
暮れの挨残務整理やら、拶漏れの再訪問やら、集金依頼の対応やら、バタバタと流れゆく時間に身をゆだねていると、見慣れているはずのの風景が何やら新鮮に見えました。

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映画「スターウォーズ」の冒頭のナレーションではありませんが、「遥か昔」銀河ならぬ北海道を旅したころ、ゼミの仲間とバックパックで北海道を旅した学生最後の夏休み、「前半全体行動」で現地解散後、「後半独行動」の約束通り一人でミニ周遊券の列車旅。その年の北海道はとにかく暑い。今ほどエアコンなど普及もしておらず、まして北海道「暖房」は万全でも「冷房」は期待するのはしょせん無理。バテていると現地の人が同情して「冬にお出で、3白がきれいですよ」と言ってくれました。

その後も、冬の北海道行きの機会には恵まれませんが、北海道の3白とは「流氷」「鶴」「白鳥」にこと。映像などで流氷など3白を見るたびに、極寒ではなく「暑かった北海道」を思い出します。

させ、年の瀬に見にしたこちらの3白「雲」「山の雪」「煙突の煙」。この煙はごみの焼却施設、暮れの大掃除の家庭ごみ等が大量に搬入され、普段とは違った勢いで焼却されているのでしょう。

「これも3白に違いない」とおもいつつ、移動を進めると突然「真っ赤なご老人」。

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午後の陽だまり、こちらは移動と言うより運動のためか。目にも鮮やかな赤いフリースで「手押し車」につかまってのリハビリか、筋肉量低下を避けるためのトレーニングか。
「白」も「紅」も頑張る年末です。
冬至も過ぎて
冬至も過ぎてもう1週間。まだ、さすがに陽の伸びは感じませんが。
今年は、冬至に「南瓜」も「柚子湯」もなかったなどと考えていると、たまたま伺った農家の玄関脇に「南瓜」が。
南瓜も以前からの「みやこ」系や「なた割」だけでなく、いろいろな品種が出ています。出ていますといっても、昨今の育種ではなく主に外国で生産されていたものの導入か。

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南瓜も冬至南瓜のように[あずきと煮る」だけではなく、スープに最適などと言う品種もあって「マルシェ」などで説明しながら売ると結構売れるそうです。もっともプロ農家は、農作業もあってそうはマルシェにも出向けないのですが。

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正月を前にして、わが実家の南天も赤い実をつけました。今年もなんとか年の瀬を迎えられたので庭の縁起物南天の木が「難を転じて」くれたのか。
仕事納めの本日は朝から雪、雪の中の赤い実も綺麗です。暮れの渋滞に雪は少々難物ですが。
年末「鳥」事情
来年の干支は「鶏」です。今年末は鳥インフルエンザに翻弄されています。翻弄されるといっても目に見えないウィスルが渡し鳥など野鳥で拡散されるもので、大型化される養鶏ビジネスの中で(しかも悪臭対策のため山中に施設を作ることが多い)、防除手段も限られます。いわば「運を天に任せる」ように、流行の収束を待たざるを得ない現状もあって養鶏業者の苦悩がわかります。

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渡り鳥から感染を受けた、「ずずめ」などが飛んでくるのはバリアでも張らない限り無理と、養鶏場の溜息と不安の声が聞こえてきます。

古典的な「なぞなぞ」(死語ですが)で、「トリはトリでも」と言うものがありました。年末で言うと「借金トリ」ということになるのですが、金融システムの発達で借金はしていても(ローンやクレジットは抱えていても)年末に借金取りが来ることはまずなくなりました。もっとも、日本最大の借金の主が大量の国債残高を抱える「日本国」という時代です。

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商店主など、個人事業主が減って企業等の帰属する労働力、いわゆる月給トリが当たり前の時代です。この安定が産業の活力に繋がればいいのですが。
1年前に過労死でなくなった、電通の女性社員のことが1周忌を迎えたに当たり、また報道されています。見たところ優雅な有名企業でも、内情はパワハラや業界事情で苦労が絶えないこともあるようです。
一見優雅な「鷺」も、主食のカエル等は冬眠中、泥の中のドジョウでも探しているのでしょうか。

恙なく
タイトルは「つつがなく」と読みます。「ご無事で」などの意味で使う旅行者などに使う言葉。我が首相も真珠湾に旅立つようですが、昨今の航空機や新幹線を使う旅行では「恙なく」の意味は成しません、歩いて旅をしていた頃の話。

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通りかかった飯坂温泉の信号待ち、十綱橋の方向の電車の駅の先に芭蕉の像が佇んでいます。有ることは知っていましたが、信号待ちの車からこのようなアングルで写真を撮れたことはなく、早速1枚。

「蚤虱」と、とても温泉場らしくない句を残した芭蕉ですが、さすが観光地「観光資源」として、江戸期の有名人芭蕉の像を立てています。
真珠湾に旅立つ首相の方の、カジノの方は観光立国を目指すとしてもあまり評判はよろしくないようですが。
再出発
慌ただしく雑用を片付けているいて(無駄な仕事を作っていると言う指摘もありますが)、西の空を見上げるとすっかり冬の装いの吾妻連峰。間もなく暮れる、全く早い1年です。

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親父が逝って何年かと指を折ると、もう直ぐ4年。その前年の秋に逝った伯父は数える間もなく丸4年。あの年もオリンピックだったかと思ってしまいます。まさに、ドックイヤーと言うか、今の4年がかつての1年くらいの感覚か。この分だと、東京オリンピックも間もなく来てしまいます?

福島市街から北に抜ける飯坂街道、3セクを除くと福島県内唯一の私鉄、飯坂電車が並行して走ります。

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路線の中間地点辺りの操車場、見慣れぬ電車が止まっているのでよく見ると、この私鉄の新規導入車両のようです。新規導入と言っても東京の私鉄の払い下げを貰い受けて走らせると言うもの。地方の中小私鉄は何処もそのようですが、ここの車両はもっぱら東急電鉄。
ですから、戸越銀座や池上を走っていた電車がここで第2の活躍をしています。たまに「昔、池上線で乗りました」などと、鉄道マニアが訪ねてくることもあると聞いたことがあります.。

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サイドのエンブレムは新調したようで、ニコニコマーク風に「いい電」。この車両も、この地でいい再出発が出来れば何よりです。申し遅れましたが、飯坂電車の略で「いい電」です。



クリスマスイブ
大荒れの連休のようです。今年は平成28年、12月23日が天皇誕生にになって28年か。GWの入り口に当っていた昭和の天皇誕生日(現昭和の日)と違って、年末の慌ただしさと重なり何かと微妙な時期ですが、それも28年続くと国民生活に定着した祝祭日になるのでしょうか。
以前お世話になった会計事務所の当社担当の女性が、会計事務所も年末調整で多忙を極める時期の休日に「ありがたいような迷惑なような」と言っていました。出納帳の作成から教えてくれたその女性も鬼籍に入って5年。彼の会計事務所も業務を取りやめたので、別の税理士さんにお願するようになって4回目の決算、月日の経つ速さを実感する年の瀬です。

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その年の瀬の夕暮れ、近道をしようと普段この時間帯にはあまり通らない道路を通ると見事に渋滞。
左右に分岐する道はあるものの、並行する道路は何れも小路でかえって進むも引くも出来なくなる可能性があるので、あきらめて渋滞に身を任せると突然イルミネーション。某県立高校の前なのですが、(商業高校とは言え)高校がイルミネーションを飾るのかと半信半疑でしたが、暗闇の中で詳細確かめようがありません。

やがて渋滞の中進むと基幹道路の国道との交差点で交通事故処理中。渋滞の原因がわかりました、糸魚川の火災ではありませんが、寒空の下大変です。
夢の跡
師走のあいさつ回り、足を延ばして旧避難区域へ。「福島県外の方はわかり難いでしょうが」と言っても、県内の人間でもわかり難い避難区分、原発事故現場の周囲はともかく、爆発時の風向きや降雨によって飛び地のように「帰還困難地域」が存在します。
福島第一原発の同心円には関係なく、放射性セシウムの影響が少なかった避難区域が順次避難解除になっているのですが、5年経過して「戻れますよ」といわれても生活インフラや仕事、子供の学校も含め「戻ります」と言えない状況が続いています。

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南相馬市小高区の以前お世話になっていた野菜農家、外部から立ち入りできるようになってから何度か寄っているのですが、当初の「取るものもとりあえず逃げた」ビニールハウスの切れ目から、雑草が吐出していた惨状から除染も進んでいるようです。
生活感のない集落に、除染作業員だけが陽の光を惜しむように作業をしていました。
道路の周囲もきれいに表面が剥ぎ取られています。

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雑草が繁茂して伸びるに任せていた庭木もきれいに切り込まれています。逆に生活の形跡がないところに人の手が入った跡だけがあるのも違和感のあるところですが。

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そして、表札と郵便受けには固くテールが張られ「もうここには戻りません」と意思表示をしているようです。
こちらの消息を知らせる「ご挨拶の品」を置いて来るのが通例ですが、ちょっと置いてこれないような雰囲気でした。
春を待ちわびるように、こちらから東京のデパ地下に「グリーンアスパラ」を送っていました。まさに、あのころが夢のようです。
冬至に
たしか、ついこの前夏至だったはず、と笑い話になるほど、日々の移り替わりは早くも冬至。12月中旬の雪とは打って変わって、全国的に穏やかな冬至のようです。

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陽だまりで野菜を干します、両端の赤いものは唐辛子。大根は土がしみない内に抜いて干して漬物用か、保存性や旨味も向上します。
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白菜も同じ理由、こちらは二つに割って天日に晒しています。9月の長雨で生育不良だったと聞きますが、なんとか冬囲いには間に合ったよう。しかし、断面をみると内部に隅間が見えるので(巻が甘いと言います)、その影響か。
東北では長い冬が始まったばかり、これから年末、1月末から節分の頃がもっとも寒いと言われますが、その中でも少しずつ日脚が伸びることを楽しみながら冬を過ごします。


冬晴れ
荒天で師走の雪の後に、すっきりとした冬晴れ。今回は雪の降り方もまばらで、意外なところに除雪の山。本格的な西高東低の気圧配置による雪ではなかったのかもしれません。

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駐車場わきの四阿も、冬の日を受けて正月を待っているようです。やがてこの一帯に直売所、道の駅を作る計画の先行整備なのですが、この先7Kmほど先の幹線道路沿いに建設中の道の駅があります。さらにその先5~6Kmのところに計画されている大型ショッピングモール、これは東北最大級。さすがにここまで大規模だと建設に賛否があって調整中ですが、これが出来ると(そこからみると中途半端な規模の)道の駅や直売所は吹き飛ばされます。
この四阿も、賑わいを見守るのか夢の跡として人気のない駐車場と一緒にたたずむのか。

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高齢化時代のの有力ビジネスモデルと言うと、知り合いの僧侶(つまり坊さん)から「またそんなことを言う」とたしなめられるのですが、この四阿の向かいの方向に見える(すぐ裏にも寺院はありますが)寺の屋根。城だと「しゃちほこ」にあたる部分ですが、寺院建築では何と呼ぶのでしょう。冬の陽を浴びて、黄金の輝き。

「光」があれば「影」がある冬晴れの風景、その高齢化によって放置された柿の木か。

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柿の木までも雑草で覆われ、その雑草も寒さで枯れて、管理もさせていない小粒の柿が無数に生って、当然のように収穫する人もなく、熟して地に落ちようとしています。
色々な想いをのせて、今年も暮れて行きます。
二つの煙
冬らしい二つの煙。
一つ目は果樹園、葡萄畑の管理か、枯枝などを焼く煙。
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3月頃に、冬の間剪定した枝を燃やす煙が方々から立ち上るのですが、果樹園から一筋煙が立つと果樹農家も冬の農作業の時期に入ったことがわかります。
雪や雪融けで地面が湿っていて、風がない時を見計らわないと思わぬ「延焼」を招きかねないので注意が必要です。

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こちらは絶対火事にならない煙。煙と言うより水蒸気ですが。これも冬の畑作管理の「堆肥」の搬入、本来このように湯気が立ち上るのは発酵不十分なのですが、外気温が低いと発酵熱との温度差で湯気が立ち上りやすくなります。
臭いを確認したところでは、先ず発酵は進んでいて春作のための土作りには十分です。



一夜明ければ
何年か続いた暖冬、今年は寒いかと梨の木に貼り付くような横殴りの雪を見ていたら、次の朝は一面の銀世界。

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樹に雪が貼り付き融けないのは気温が低いから。今年は寒い冬の気配です。

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翌朝は銀世界になっていました。年内の積雪は、ここ年々かなかったかと思います。
冬至まであとわずか、それが過ぎればクリスマスと暮れ。年の瀬は駆け足と言うより、全速力で駆け抜けるようです。




吠える
先日、台風災害の鉄砲水の現場に作る砂防ダムの現地下見。現場下の(つまり鉄砲水の被害にあった)お宅の犬、普段と違って、自治体や工事関係者が通るせいで「犬が吠える」こと。

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最近は飼い犬もコンパクトな「愛玩犬」が多くなった中で、いかにも番犬。といっても、秋田犬ではなくプーチン大統領訪日に合わせたようなシベリアンハスキー系のようですが、犬の品種に詳しくはないのでよく分かりませんが。

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気象災害による立ち入りで山に入ったのですが、やはり気になるのが放射能災害で管理されなくなった雑木林など。これはデリケートで椎茸用に使われなくたった木はそのまま放置されるので、大木になるばかり。これでは、樹木の世代交代が進まず山が死んでしまいます。もっとも、死にかけていたいた営林事業にとどめを刺したと言うべきか。阿武隈山系の森林は、用材の他に椎茸用の供給ルートがあっただけに悔やまれます。さすがに木炭の生産はほぼありませんでしたが。

身近な里山との営みがあった以上、これが断ち切らざるを得なくなった事情は東電にも国にも「吠え」続けなければなりません。
今年の漢字は「金」。金メダルラッシュに沸いたリオ五輪だけならまだしも、「政治と金」の「金」でもあるとされ、今年の漢字に登場するのも3回目となると、ちょっと金のイメージも変わってきます。
遥か昔のように感じられますが、都知事の公金の利用の妥当性が問われて辞職に追い込まれたのも今年の夏。

それにしても災害の多い年でした。熊本地震から始まって、東北北部と北海道への台風の直撃と鳥取地震。2011年にも東日本大震災に続いて台風被害があって、南会津では只見線の復旧に向けて費用負担の話がまだ続いています。

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最近、調査で熊本に行った研究者(災害直接の調査ではありませんが)に聞くところによると、「まだ被災住宅などはブルーシートに覆われ、復旧はこれからという印象」と言っていました。

当地方でも他人ごとではなく、昨年9月の台風被害(茨城の常総市付近で堤防が決壊した災害)は茨城の他、栃木、宮城でも大きな被害がありました。中に挟まれている福島も例外ではなく、道路損壊や斜面の崩落がありましたが、この崩落現場の現地立会い。

降雨が鉄砲水になって宅地を抜けて、水路や道路にも及んだと言うもの。その道路の上方にもう一つ集落があって、道路が塞がれると集落が孤立する恐れがあるため、鉄砲水の場所に砂防ダムを作ると言うもの。

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ダムと言っても、普段は水気の無い窪に地上5メートル程度のコンクリートの壁を作るものですが。
立派に育ったヒノキを何本か伐採するための予備調査ですが、周囲の雑木林の荒れ模様が気になります。木材価格の低迷でなかなか人の手が入りません。
さらに拍車をかけるのが、原子力災害に係る椎茸原木用のナラ・クヌギの供用不可。原木の供給、椎茸の生産双方に大きな痛手です。
暗澹
12月も半ばになると、柿の加工(つまり皮むきと硫黄燻蒸)を終えて、順次出荷になる時期。

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しかし、高齢化が進む農家で、原子力災害によって一旦途切れた生産をもとに戻すには容易ではありません。作業の繁忙期だけ手伝ってもらったパート労働力は別の仕事に移っていて、今更来てくれと言うわけにも行かず、経験のない人に一から教えるのはまた大変です。その上、失った販路確保もあって3重4重の苦労が付きまといます。「最新の計測機器を入れたので個包装も対応」など、気楽なことを言っているのは一握り。もっとも、そう言わざるを得ない立場の人も存在するのですが。

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事故前に整えた干燥設備にも空きが目立ちます。6年近く経過すると「元に戻す」というより「新しい産業を作る」感覚が必要なのかもしれません。

この地方で高品質の干し柿「あんぽ柿」が生産できたのは、「阿武隈川から立ちこめる朝霧による」という説があります。
その阿武隈川では、冬の使者「白鳥」が、鳥インフルエンザの感染源の可能性としてすっかり厄介者扱い。もともと野生動物への餌付けは、賛否が分かれるところですが、かつて悠然と白鳥は飛んでいた辺りには白鳥の影はなく、ただ一つ白いものが動いていました。

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よく見ると、はぐれたような「鷺」が一羽。水面から飛び立ち河原を抜けて竹藪の陰に消えて行きました。白鳥には何の罪もないのですが、間が悪いとしか言いようがありません。毎年毎年同じような生産活動をしながら、100キロ近く先の原発事故で突然マーケットから「厄介者」扱いされるような農産物と被るような気がしてします。
武田神社
風林火山とともに有名な、「人は石垣人は城」と唱えた武田信玄。その信玄を祀る「武田神社」、城には住まず周囲に人材を配し、館で戦の差配をした、その館の跡が武田神社。

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観光に行ったわけではなく、ここからほど近い山梨大学の甲府キャンパスの日本有機農業学会に出席。3年前の東北大での学会から、久しぶりに参加でしたがが今回は報告もしました。

午前中に発表と質疑を終え、昼の休憩中に「参拝」。前日の土曜日と違って風もなく、散策がてらには兆度よい距離。
学会の方も、引き続き放射能災害についての報告もあり、全く深刻な状況が浮き彫りになりました。6年経ったと言うより6年しか経ってないと言うべきか。

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神社は能楽堂もあり、ここで薪能などをすれば風情があるだろうと思いました。山梨大学や武田神社は甲府駅の北側、駅の南口の方に甲府城や県庁があります。福島で言えば東口に相当するのがそちらか。

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館と言っても正門わきには堀が、別に城もあることなので武田氏滅亡後も色々な経路を経てきた街なのでしょう。真田はもともと武田の家臣とのプライドか、六文銭の旗がなく、かつて大河ドラマになった「武田信玄」のBSでの再放送の看板が出ていることが印象的でした。

師走の繁忙
同じことをしていても、気せわしく感じられる師走。午前中会議で行ったオフィスビル、玄関前では宅配便のトラックが台車を出して各事業部門へ配送か。

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ポニーテールのお姉さんがマスク姿で奮闘中、お歳暮の配送も重なりますが、事務所関係のルーティンワークも手が抜けません。デリバリーはドローンでとは言いますが、このような作業がドローンやAIがとってかわるとは思えません。物流プロセスの見直しにはAIは力を発揮すると思いますが。

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街角では、赤い軽トラが「焼き鳥」ならぬ、iPhone修理。確かにトラブルが起これば素人には手が出しにくい領域で、かと言って3キャリアの携帯ショップも過当競争の割には殿様商売、「修理」となると「センターに送って」となると今使いたい需要には応えられません。
繁盛に乗るのではなく、裏を行くのも商売か「なるほど」と思ってしまいます。それぞれ、がんばる人達の年の瀬です。

正月を待つ
師走も、早や1週間が経過。今年を振り返る間もなく、次の1年に入ろうとしています。
旧知の花の栽培農家、正月用の菊が花を咲かせ始めています。一時は原油の高騰で暖房用の重油が上がり、「とても冬場の栽培は無理」と嘆いていましたが、円高や円安に振れながらも原油価格が下がって、原発なき電力会社同様「一息つけた」のが、ここ何年かの状態のようです。

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もっとも為替変動も影響があって、切り花も相当数量が輸入されていて、とくに短時間で役目を終える「パーティ用」などは一時それらしく見えればいいのであって、逆に品質による差別化が難しといいいます。

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咲いた花を包むネットも茎の部分に装着済み、静かに開花を待ちます。花栽培は農家としてのイメージが良いらしく、一時はもてはやされましたが震災の直前頃は、先の「輸入物」におされて青息吐息の状態も見受けられました。
食べ物ではないので風評被害も少なかろうと、「トルコキキョウ」など避難区域解除の営農再開を「花卉」に頼る声もあります。何れにせよ一筋縄ではいきませんが、とりあえず頑張るしかありません。

戒厳状態
たまたま訪れた養鶏場、いつもと違いピリピリした雰囲気に支配されていると思えば、まさに「鳥インフルエンザ」問題の渦中。青森や新潟の被害を出した農場は防除体制に問題、と後付けの報道は伝えますが、養鶏場の当事者によるとウィルスの媒介は「渡り鳥」空から飛んでくるものは防ぎようがなく、出たら「天災」と思うしかないとのこと。

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ここの養鶏場も、立ち入り禁止ゾーンとあちこちに石灰を撒き防除に努めていました。福島でも農場単位の発生はないものの、農家の庭先で死んでいた白鳥を調べてみたら「陽性」、ニュースの伝える発生県に含まれています。

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貼り紙で病気が止まるなら苦労はないものの「当局の指示」で、万全を期さなければなりません。被害の出た農場では何十万羽の単位で殺処分、テレビニュースでは埋設される様子が放送されています。
聞けば、法定の処置なので、処分や鶏の保証は国費で行われるようです。しかし、鶏代や卵の保証と貰ったところで、休業明けの卵の納入先など新たに探さねばならず、まさに地獄に突き落とされたも同然で、この辺りが原発の風評被害と似ています。

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通路に石灰を蒔くものの、野鳥が飛来する天空に石灰を蒔く訳には行かず、養鶏場管理者のの眠れない夜は続きます。
田舎のクリスマス
12月に入って最初の週末、逆に「年末近し」とせかされるようなイルミネーションが目に付くようになりました。

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例年紹介している、いつも通りがかる工場前のイルミネ―ション、春は桜のライトアップ、夏は提灯を飾り12月になると道沿いの電飾とクリスマスツリーに見立てての、三角のイルミネーション。よく見るとクリスマスツリーの裾のところに、赤い鳥居のお稲荷さんを祀ってあるのがご愛嬌、お稲荷さんも賑やかな方が(たぶん)が喜ぶでしょう。

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原宿や仙台の広瀬通りのような訳にはいきませんが、田舎なりの電飾で震災から6年目の冬を彩ります。手前の三角屋根は時計台。

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こちらは近所の玩具店。クリスマスと言えばおもちゃですが、「トイザらス」と言うカテゴリーキラーの出現が町のおもちゃ屋を殲滅してしまって、先程の三角の時計台の通り「パセオ240」の以前「すずらん通り」と言われたころからの、老舗のおもちゃ屋もいつの間にか姿を消していました。

近所の玩具店さんの方は開店して、まだそんなに経たないのですが、子供向けのおもちゃと言うよりは「大人のお宝」系か。今の子供「ペコちゃんの首振り」で喜ぶとは思言えません。昔ながらのCoca-Cola壜の自販機などもあり、大人のレトロ嗜好向けの品揃えのようです。
そう言えば、カテゴリーキラーとして商圏の競合店を殲滅させた「トイザらス」も、ここ何年か不振だそうです。子供の玩具も携帯ゲームにシフト、そう思えば賑いを演出するはずのイルミネーションも、なんとなく寒々と見えて来ます。

田舎のコンビニ
買いそびれていたものがあり、土曜日の昼頃コンビ二に行けば、大変な繁盛ぶり。近隣で復興住宅と道路除染、その作業員の皆さんの昼食のよう。

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何はともかく、地元にお金が落ちるのは喜ばしいのですが、作業員の乗りつける車が県外ナンバーが多いのがなるところ。もっとも、そのようなことを言おうものなら、トランプばりの「保護主義か」といわれそうですが。
除染費用も、多様な方法で、国民全体で負担していただくしか無いようで(もちろん一義的には東電ですが)、国全体でいろいろな作業も分担していただく、というところに落ち着かせなければなりません。

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昨今は、何か月も測定記録が更新されない「空間線量」の表示版もありますが、ここは比較的最近更新されたばかり。欲を言えばコンマの下にもう一つ0が欲しいところですが、ずいぶん空間線量も低下してきました。
全国レベルまで落としてもらう(事故前の水準)のは、当然のことですが。
田舎のプロレス
昨日のブログで、キャプションをつけない写真があって、問い合わせがありました。

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すっかり風景になじんだ除染廃棄物の一保管。中間処分場に持ち込む以前の仮置き場も確保できない場合(家屋除染の大半ですが)、仮埋設も出来ない場合の処置です。

横浜に続いて新潟でも自主避難者への「いじめ」、違和感なく(人によってでしょうが)廃棄物が風景になじんでいるように見える方が異常なのか。

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さて、その避難者全てが高額の賠償金でも貰っているように思われ、いじめに金銭要求まで及んだ横浜の例。全く別のところで言われた「田舎のプロレス」、発言した官房副長官が釈明と謝罪に追われました。

発言の内容は、「野党側の国会対応 を「『田舎のプロレス』と言ったら怒られるが、ある意味、茶番だ」と言ったもの。あんまり品はないが「ある意味妥当」な気がします。
去年の戦争法案辺りから目につくのですが、今度の年金法案でも与野党の勢力図(議席数)から成立が明らかな案件を委員会など議事の場で「反対」のパフォーマンスを繰り返すこと、そのパフォーマンスも体を張った「目立たんかな」で、「筋書き通り反撃して万策尽きて敗北する」、その様子を表現したのが「田舎のプロレス」だとすると、結構上手いことを言う、気になります。

戦争法案や年金法案が「良い」と言うわけではありませんが、どんな法案でもまかり通るようになった勢力図(議席数)をもたらした、過去の失敗の反省や対策があるのかどうかから「検証されたし」、と言うことだとおもいます。その検証の結果の対応が「田舎のプロレス」だったとすれば、やはり政権与党から滑り落ち、その後の選挙でも負け続けて当然なのでしょうが。

さて、本日の本題のもうひとつの「田舎のプロレス」。
9月に懸案だった来年以降の農林業賠償の素案を東電が出して、先月JAを中心とする農林業被害者の協議会が東電案を拒絶し知事が代表をしている全体の対策協議会も同調して東電案を「受け入れられないと」回答。案を出してきた東電・政府も(おそらく)折り込み済で、「代替え案を準備します」の回答も、協議会が要求した11月の総会日程には「間に合わない」「検討中」と、代替え案の提出を拒みました。
そこで突然出てきたのが「自民党案」、東電側は即座に「ほぼこの通りで行きたい」と対応した、と新聞は伝えています。自民党案の骨子は避難区域の農林業賠償を、事故以前の収入の2年分の賠償を3年分とするもの。
避難区域全体が一律の状況ではないものの、原発事故前にいきなりタイムスリップできるわけではあるまいし、この6年近くの間に施設も機械器具も老朽化し、農家もそれだけ歳をとっているわけで、農地除染で表土を剥がれたケースもあって「2年で元に戻せ」が「3年」になっても、どれほどの違いがあるか分かりません。そこで、避難者の「いじめ」ではありませんが風評被害が重なります。

何とも手回しが良いと言うか「阿吽の呼吸」に、田舎のプロレスを感じてしまいます。

今年の師走
月単位のカレンダーを1枚剥がすだけのことですが、やはり最後の1枚になると「年の瀬」感が一層強まります。例年使っている地元画伯のスケッチのカレンダーが(ネタ切れか)、今年(去年)は来ずに今年はなぜか海外の写真。11月のグランドキャニオンから12月のパリの夜景に変わりました。
見知った、近所にあった寺院のスケッチが、今年はモンマルトルの丘の寺院と言うのも何とも奇妙な気分です。


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晩生りんご「富士」の収穫も終盤、空いたりんご園の葉はもう黄色、はらはらとりんご畑に舞っています。年内にはすべて落ちて積雪を待ちます、さびしい風景ですがそれが春の新緑や開花を呼んでいきます。

日本経済新聞の最終ページの名物コラム「私の履歴書」12月はデザイナーの高田賢三。デザイナーの功績や業績など全く理解していない立場ですが、20代の頃訪れたパリ、ロンドン。パリは移動はメトロ中心でしたがロンドンは、徒歩と2階建てバスそして例の黒いタクシー。当時日本製の工業製品は凄まじい勢いで輸出されていて、路上で3台並んで止まっていると「3台とも日本車」なる現象にあちこちで出くわしました。ロンドンの一番の繁華街「ピカデリーサーカス」で、一番中心にあり目立っていた広告のネオンは、今は無き「SANYO」。
工業製品はともかく、文化、芸術などは浸透しておらず、ビートルズは既に伝説でしたが、ボーイジョージのカルチャークラブなどが全盛の頃で、日本の音楽など全く知られていませんでした。で、その中ロンドンで見かけたのが「KENZO」ブランドの店舗。「日本のデザーナーも頑張ってるな」と、異国で涙の出るほどうれしく思ったことがありました。

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そこから何十年か、日本の工業を支えた「電力」の蹉跌を見るにつけ、世の移ろいを感じます。
陽だまり
久しぶりに鉛色の空から解放された日、初冬の貴重な陽だまりです。

「保育所」と言っても、銀行の社内向けの施設。失礼な言い方ながら、「これ見よがし」に駅前の町の中心部にあります。企業が率先して女性い働きやすい環境を提供する、という観点からすると「目立つところにある」のも必然か。

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何はともあれ、町中で子供の姿を見かけるのは和むもので、この日は一日会議、その後に新聞の取材対応。会議のビルの駐車場から、初冬の日光浴か庭の散歩か「保育所の子供」を見ることが出来ました。
震災来、何かと子供を育てにくい福島、立派に育てて、また育って欲しいものです。