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道路清掃
下校時に傘の花が咲いたのは市街地の小学校、こちらは郊外の小学校です。
つかの間の雨の止んだ時間帯、周囲の道路のゴミ拾い。大きな小あり小さな子あり、全学年合同の学校行事か。

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秋田や高知は県全体の人口に占める65歳以上の高齢化率は3割を超え、福島なども3割の迫っているとのこと。頑張れ子供言いたいのですが、何を頑張ればいいのか。

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小学1年生だと生まれたのは、震災の前後か。放射能を取り沙汰されるなかの子育てをしてきた親たちのご苦労がしのばれます。このような地域活動を見るにつけ、子供の「疎開」「保養」と言った放射能対策が現実的ではなく、実施してもコミュニケーション不足とか差別とか、別の問題を引き起こしたのに違いありません。

ただし「リスクの比較において疎開・保養等は問題」と結論付ける向きもありますが、そもそも降って湧いたようなリスクを発生させた要因は糾弾されるべきで、そもそものリスクの元凶は「隠蔽のお詫び」と、さらに自分の蒔いた種の後始末で手一杯のようです。
ともあれ、あっさりと受忍と言う気にはなれませんが、せめてこの子供たちが元気に育って、社会で活躍することを祈って止みません。


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傘の花が咲く
たまたま、会津行きにぶつかった梅雨の中休み1日で終わり、また雨模様。何が学校行事があったのか、お昼過ぎの下校、小康状態だった雨の降り出しに当り、傘の花が咲きました。

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「いつもと変わらぬ」梅雨時の下校風景、傘の合間から見えるランドセルにはまだ黄色いカバー、新1年生の1学期もあと3週間になりました。

さて、もう書きたくないのですが「いつもと変わらぬ」と言うが東京電力。また、原発事故現場に停電トラブル発生で送電が出来なくなり、凍土壁や放射性物質の除去装置が動かなくなり原因の特定も出来ないとのこと。
先日話題になった、炉心溶融を巡る「隠蔽」もしかりで、まさに「既視感」満載で、またかのオンパレード。2~3年前も事故現場の停電で汚染水の汲み上げポンプが動かなくなりました。世界の先端的な技術を結集して収束、廃炉に当ると言う掛け声が立派ですが、その時はネズミが感電死していて「今後は小動物が侵入しないように金網の設置」と言う話、昭和中期、木造家屋のの漏電事故の様な結末に、何が世界の先端技術とあきれたものでした。
先日も書いたとおり、隠蔽も汚染水の流出を隠蔽など過去度々あって、たまたま28日の東電株主総会で「隠蔽を陳謝」したそうですが、隠蔽体質を厳しく指摘しても厳しく指摘しても如何にもならないような繰り返しです。

風評被害な収まらない「県産食品」「農産物」「観光」などと、新聞記事の定番のように表現され「福島県」に対する「枕詞」のようになっている事態ですが、信頼回復がどうの払拭がどうのと言ったところで、もともと信頼を失墜させたと言うか、ブランドや商圏を喪失させた事故の加害企業が相変わらずこれでは、被害者・企業や自治体がどう努力しても「事態の好転」は難しいところです。
また何かまずいことを隠しているのではないか、廃炉や事故収束の道は程遠いと国民が誰でも感じるようなことの繰り返しは、「信頼できない」と言う意識の刷り込みになります。

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所要で出向いた農家の軒先、ニンニク、玉ねぎの乾燥中。梅雨時は乾きにくいのは当然ですが、急な乾燥だと割れが出たり品質の低下が現れます。時間をかけるのはいいのですが、あまり時間が掛かり過ぎると、程よい乾燥の前に腐敗してしまいます。

風評の克服の前に、地域産業が崩壊しませんように。

梅雨の晴れ間
会津のお取引先のご葬儀あがって会津若松まで。たまたま梅雨の晴れ間、遠景まではっきり見通せました。

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穏やかな梅雨の晴れ間、午前中からの告別式で過ぎには帰途に。同じ県内でも習慣に違いがあって、またまた斎場で顔を合わせた福島北部からの参列者と「戸惑いますね」と言う会話、郷に入り手は郷に従えですが。

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帰りは郡山に寄るために、磐梯山麓ではなく国道49号線ルートで会津を離れましたが、この会津磐梯山の麓にある酒蔵が再生支援機構の支援を更け東京の食品関連企業の子会社化のニュース。
ブランドと雇用は維持と言うのは救いですが、日本酒ブームとか言いながら昭和末期から出荷数は減る一方。酒類売り場を見ても確かに高級仕様の桐箱や凝ったボール箱の高級志向は見れますが、通常の飲むのは「発泡性の缶酎ハイ」やさらに細分化した「ビール」「発泡酒」、さらには輸入ワインの攻勢。ただただ「頑張って下さい」と言うしかありません。

仕事柄、磐梯山のすそ野や広がる水田を眺めているわけではなく、稲作にも目が行きます。
全国的に名が通った米どころ、コシヒカリの産地です。

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会津米の産地と言いながら、例に洩れず荒廃した「元水田」も目につきますが、イネそのものの作柄は順調そうです。
只中の参院選の状況を伝える地方紙によると、「会津でも主力産業である観光と農業に風評が残る」とつたえています。

アジサイ管理
昨夜半の雨の朝にはあがりました。午後にはまた降り出したので、日曜日の午前は僅かばかりの雨の中休み。今年は梅雨らしい梅雨です。

再来週のアジサイ祭りのための、アジサイの管理、要は株の周囲の草刈りです。アジサイ公園班と、周囲の街道班。街道班に割り当てられて県道沿いの草刈り作業になりました。

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この辺りは福島駅から車で4.50分の宮城県堺。桜も福島市内とは1週間遅れます。ですから、アジサイの見頃も再来週あたりがちょうど良いか。

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いつからか始まったか、このアジサイ祭り。ローカルではちょっと知られた行事になりました。しかし「テレビクルーが」などと言うことはありません。農業新聞とか地方紙のそのまた地域版、そのくらいの祭が「しんどくなく」いいものです、お金を集めると「後腐れ」が出来る場合があります。

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桜祭りはあちこちありますが、いわば祭りのシーズンオフで、ちょっとした祭りの穴狙いがハマったか。もっとも農業が主産業だった時分には「この農繁期に」と言うことっだでしょうが。

イギリスのこと
梅雨の雨の中でも農作業はあり、果樹園ではりんごの摘果。大玉のりんごを育てるため、小さいうちに実を落として行きます。
生る果実を少なくする手段では、蕾の段階て調節する「摘蕾」、花を摘む「摘花」等がありますが、摘果が最終段階。この作業が後ろに行くほど不要の場所に養分が回ります。

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雨に濡れるリンゴ畑は一面の落とされたりんご。
りんごが落ちる→引力→ニュートン→イギリス。少々強引にここでイギリスの話、飛行機が給油に寄ったアラスカのアンカレッジ、トランジットのオランダのアムステルダムを除けば、初めて行った国がイギリス。飛行機のルートでも分かるように、今は無き北周り欧州便、かなり昔の話ですが。

そのイギリスがEC離脱、イギリスは日本にもなじみのある国で前回の五輪もここでした。同じ島国でやはり皇族があって、国民性もフランス、イタリアほど奔放ではなく、ドイツより融通が利く。日本人に近いところがあります。

私がイギリスに行った頃は、日本は今の中国のようで経済力で世界を席巻していた絶頂の頃。ロンドンの中心部にロンドンの象徴のような「ピカデリーサーカス」というスクエアがあって、そこの数多い企業や商品の広告サインで、日本以外で目についてのは「Coca-Cola」と家電メーカーの「Philips」のみ。一番目立つところにあったのが日本の家電メーカーで、すでに消えたブランド「SANYO」でした。三洋電気には失礼ながら「Sony」ではなく「Sanyo」であったことに何か違和感があったことを覚えています。

インドに行くと自動車は[Suzuki」がやたら知名度があると同じく、国や地域によってご贔屓が違うのでしょう。イギリスから約10年後に行ったメキシコでは自動車は日本製はほぼNissanでした。


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雨の中、リアルタイムで伝えられたイギリスのEU離脱の国民投票の一部始終。傍から見る「常識的」や「損得勘定」では窺い知れない国民感情があるのでしょう、イギリスは正式名称が「グレートブリテン及び北アイルランド連合王国」いかにも内情の面倒くささが垣間見れます。昔地理で、ロンドンとかがあるイギリスの大半を占める島を「大ブリテン島」とかと習い、小ブリテンもあるのかと思いました。グレートブリテンを大ブリテンと訳したのでしょう。アメリカのメジャーリーグを大リーグと訳したようなものかもしれません。

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梅雨の日本、雨のアジサイを見ながら、国際金融センターと言われるロンドンなど彼の国の行く末を案じていますが、もっとも日本など原発の後始末をちゃんとしろ、「no-problem」と一蹴されそうですが。
青葉繁れる
東北でも1日雨の日、仙台へ。
先に採択された「補助事業」の打合せと、採択までお世話になった機関へのご挨拶でした。

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いつもの写真とトーンが違うのは、いつもの40㎜レンズの一眼レフではなく、鞄入れて持って行ったコンパクトカメラによるものなので。仙台と言えば「欅」なのですが、定禅寺通のこの一画は「銀杏」。もちろん晩秋には一面の黄色になります。

参議院選挙の只中、宮城選挙区も福島同様定数2から1に減らされ、現職2人のサバイバルは構図が福島と同じ。ただ、福島は本選挙に立候補の現職閣僚も五分の戦いだそうで、落選の危機にあり全国的に注目の選挙区になっているのと比べると「全国的な注目区になっていない」様に見えるのは、単にこちらが無知なせいか。

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熊本と並んで、公示日直後から現職首相や野党の第1党党首も駆けつける福島とは緊迫感が違うような気がするのは復旧が進んでいるからか。もっと、宮城県はも復旧が進んでいると言うと「石巻」「気仙沼」の皆さんに怒られるかもしれませんが。




復興住宅 2
復興住宅にも、宅地・戸建て分譲、あるいはアパートのようなものといろいろあるようです。
最近のニュースでは、復興住宅のニーズを見極めるため、建設や着工を凍結とありました。もちろん無駄なものを作る必要はありませんが、工事着工を当てにしていた地元の建設会社や住宅設備関連は当てが外れたか、同時に復興需要にも陰りが見え始めたということかも知れません。

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工事現場にある「復興公営住宅」の完成予想図。入居はまだですが、3棟のうち2棟は完成のようです。

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その1棟の写真、完成予想図ではなく実際に撮った写真。完成予想のイラストのように見えますが、梅雨の雨できれいにホコリを洗い落としまさにパンレットに載せるような写真になりました。もっとも被災者向けの住宅で、一般に広く入居者を募集するわけではないので「パンフレット」が必要かどうかは分かりませんが。

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雨上がりの水溜りを見ながら思うのは、一向に上がる気配のない東電の疑惑体質。住宅などハードは予算をつければ出来上がりますが、「疑惑」「不自然」「不可解」など、人の心理に関するものは予算で払拭できるわけではありません。これが福島の復興の足を引っ張る要因なのですが、多分払拭の要因として「時間」もあって、時の経過とともに心理的な不安や不信も和らぐ事もあるでしょうが、例の炉心溶融の件で、原発事故から5年以上も経過して東電自ら「情報の隠蔽と取られても仕方がない」つまりは「隠蔽してました」と白状してしまったわけです。非を認めたのは潔いといってもう「5年前の話」のことで、桝添都知事同様、「選挙も近いのでさっさとケリをつけろ」と言う意向があったのかもしれません。
国民心理が梅雨空のように曇っているうちは真の復興などありません。
復興住宅
「ご配慮・ご支援ありがとうございます」と言うべきことなのでしょうが、東日本大震災の被災3県の支援スキームが続いています。岩手、宮城、福島の3県の主に食品販売や販売事業者に対する支援。デパートでの催事出展などの支援制度があります。
説明会に出席したら、事務局から再三申し込みを勧める電話。それはそれで有り難いのですが、原子力災害を抱える福島は他県と事情が違って、その特殊事情によって、東日本大震災の3県支援では当てはまらないことが往々にしてあります。

もっとも、福島県にも津波の被害もあり、地震も含めて多大な天災被害もあったので、原発だけの被災ではなく、また、以前同事業でたまたま一緒になった宮城県の関係者に言わせると「本県も風評被害が深刻な地域がある」ということなので、天災による被災と原発事故の被害を明確にして2本立ての対応を望む、というのが被災地の意向でしょうか。

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果樹園を更地にして、分譲地を造成していた「復興住宅」が完成したようです。ここは復興住宅と言っても以前紹介したアパートタイプではなく戸建の宅地タイプのようです。このまま原発等の避難者に分譲するのか、戸建ての住宅を建てて建売形式にするのかはわかりません。

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その近隣でも、復興住宅建設の工事をしていました。こちらは道沿いではなく小学校の真ん前で、コンクリートの土止めもあるのでまた違う形式なのか。
「ハードを造れば復興がなる」と言う単純な構図でないところが何とも難しいところ。被災者がここに入居したところで長期のローンが待っています。旧住居などのローンが残っていれば2重ローン、被災地・被災者は慰謝料でパチンコ三昧と、面白おかしく週刊誌ネタになるほど事態は単純ではありません。
亜熱帯のよう
朝からの曇天かと思えば、急に豪雨。その雨が上がったかと思えば、夏の日差しが差してきます。
夏至の一日前は、何とも梅雨らしい天候でじっとしていても汗ばむ気候。しかし水分・気温・日照は農作物にとって豊作・高品質のパスポートのようなもの、後は雑菌の繁殖に気をつければ野菜も果実も当たり年です。
しかし、気象に関しては「この圃場だけ」「この1画のみ」と言うわけには行かず、そのエリア全体での恩恵ですから、土壌管理や栽培管理で、例え近隣でもおのずと成績に差が出ます。

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最近はホームセンターで盛んに花の苗を売るせいか、よく分からない花も見かけます。割と一般的な花でも、品種改良によって「あれがあの仲間?」と、識別に苦労する用意なりました。
とりあえず町に花が咲く競うことは大歓迎ですが。高温多雨と強い日差しで、亜熱帯のような花も東北の地に咲いています。


花なら蕾の18歳でも選挙権、最後まで噂された衆院同日選、結局行われることになった都知事選許与の兼ね合い等、何かと話題の多い参院選も街頭ではポスターの掲示板を見かけるようになりました。
福島は屈指の激戦区、3年前の参院選から定数が2から1になり、今回も現職2人のサバイバルです。

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こればかりは一方、は散らねばなりません。いわき市と郡山市の出身者、福島市は草刈り場のようなものですが、「復興」への道のりはまだ遠く、激しい選挙戦になります。なってもらわないと、また困ります。
迷惑しています!
軒下のアジサイと違って、街道沿いの花壇などに植えられたアジサイは伸びるに任せているので総じて大ぶり。

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細かい剪定などはせずに、周囲の雑草を払うのが管理の基準、しかし、その分背景の緑に負けない生命力があります。

その街道沿いで「ご迷惑をおかけします」の看板で、道路除染中とのこと。自治体にもよりますが、宅地除染はおおむね終了で今度は道路除染。道路と言っても表面のアスファルト部分は雨で流されているので、側溝の泥上げ洗浄などが主たる作業のようです。

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それで、看板通り「大変な迷惑」を被っているのはご承知の通り。もっとも「除染」にではなく原子力行政や原発事故の後処理にですが。
先週話題になった、メルトダウンの隠蔽のことなどが被災地の復興の足を引っ張ります。先週東京へ出張で行ったら、反原発団体が駅前でビラ配り、見ると東電のメルトダウンの公表について官邸の指示もあって「炉心溶融(メルトダウン)」の文言を使うなと言う当時の社長からの指示があったこと。
当時の官邸は否定していますが、記者会見の中で当時の副社長が社員からメモを渡され耳元でささやかれている映像は残っているので、指示の事実関係はまず間違いないところですが今後の焦点は官邸の関与具合。当の元社長が健康上理由などで表舞台に姿を現さなくなって久しいので、現状はまだ藪の中ですが桝添問題同様、「第3者委員会」の報告を以て幕引きになっては困ります。

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東電の情報隠蔽は、事故後始まったことではなくて、運転中から「トラブル隠し」が指摘されていました。当時の県知事が相当怒って、東電のみならず原子力政策への不信感を公言していました(それによって、スキャンダルをねつ造され知事の座を追われたと言う説もありますが、東電のことながら真相は分かりません)。

少しでも地域のイメージアップや生活環境の向上ということで、道沿いに花を植え清掃する活動。県産品の風評被害を払拭する活動。様々行われていますが、このように事故当事者、住民にとっては加害者に当る企業が、隠蔽体質で「都合の悪いことは隠します」となるこ、地域や産品のイメージはどうしても上がりません。

被害の緩和、イメージアップの活動は何のためかと、全く「迷惑」のこの上ありません。
軒下の紫陽花
「いかにもアジサイ」と言う品種あり、ニューウェーブの品種あり。花の品種には詳しくありませんが、梅雨入りして軒下やちょっとした空地に植わるアジサイも、まさに百花繚乱。

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ちょっと長閑な空気も漂う雨の昼下がり、「東電の隠蔽体質」と、またかのニュース。要は原発事故の際にメルトダウンをマニュアルに沿ってて公表しなかった東電の対応について、流行の「第3者委員会」を設置して調査したと言うもの。

新潟県が指摘した、メルトダウン公表の遅れについて東電が第3者委員会として外部の弁護士に対して調査を依頼したと言うもの、第3者委員会と言いながら設置の構造は都知事のケースと同じ。
こちらも踏み込み不足はどうしても否めないものの、「官邸の関与」という事実(旧官邸は否定していますが)が出てきました。ここでややこしいくなるのは、当時の民主党政権と現在の自民党政権が違うこと、そして参議院選挙の直前なこと。
当時の首相や官房長官は、そんな事実はないと即座に否定しています。「選挙の前になんてことを」と言う狼狽もあるのか、当時の官房長官の「直ちに健康に影響を及ぼす・・・」という、今に続く風評被害を煽ってしまった文言を思い出します。

5年を経過して、当時の政権与党が原発稼働に懐疑的で、事故収束の不手際等から「漁夫の利」を得るような形で与党に復帰した現政権の方が「再稼働に前向き」という奇妙な現象が生じました。

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今日はこれから東京です。東京は今日は曇り明日は梅雨の晴れ間のよう、傘は持っていかないことにします。
福島産品の、特に高付加価値品の風評被害からの一連の販売不振は大きく、ここに持ってきてまた東電の隠蔽体質が大きく報道されました。「福島の原発事故に対して不都合な事実をまだまだ隠していつのではないか」と言う疑念を一般的な国民が持つのは当然のこと、以前からの予定とは言え、東京に向かう足取りが重くなります。


雨に紫陽花
東北地方も梅雨に入り、肌寒く雨が断続的に降ります。
昨夜は知人の通夜、55歳でした。最近は斎場も演出をするようになって、会場入り口には愛用の二輪車とレーシングウェア。
この2月まで実家近くのJAの支店長、転勤直後の発病で入院も聞いていませんでした。

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雨の季節になると、アジサイも何となく様になります。
実家の周辺ではアジサイで地域の活性化を図ろうと毎年梅雨の時期に「アジサイ祭」を開催、これで活性化になるのかは別にして、先ずは何もしないよりは数段マシです。

各地の点在するアジサイ畑とメインのアジサイ園、来週の日値曜日はそこの草刈に駆り出されました。アジサイ園の群生するアジサイは後日紹介するとして、目に付くのがあちこちで植えられた軒下のアジサイ。

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塀越しにカメラを向けていると、「盗撮」呼ばわりされそうですが、4月の桜に5月のバラ、アジサイの後は朝顔やヒマワリか。塀越しの盗撮もしばらく続きそうです。
梅雨入りの反面
渇水気味だった今年の初夏、絵に描いたように「平年並み」の梅雨入り時期。10日が暦上の「入梅」でしたので、まさに暦通り。

水田も「水不足」とまでは言いませんが、ダムの水量も低下していたので恵みの雨。きゅうり、なす、ピーマン等の露地作には待ち望んだ梅雨入りです。

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ところがこのお天気と言うもの、喜ぶ人あれば心配する人ありで、今が旬のサクランボ、実割れや病気の発生が心配されます。今のサクランボ園は、上は雨除けのビニールシートで覆い、周囲は鳥防除のネット囲うのですが、湿度の高さは如何ともできません。

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雨による観光農園の客入りも心配されますが、聞くと「どうせ原発事故以降は閑古鳥」と達観の様子。事故による加害者側の東京電力社長は、福知事からの「適切な賠償対応」の申し入れなあとの懇談で、「だらだらと賠償を続けるわけには行けない」趣旨の発言があったと報道されました。前後の遣り取りが分からないので何とも言えませんが、こちらも「達観」の域か「開き直りか」。都知事ではありませんが「開き直り」が一番厄介です。



ようやく雨が、
ようやく雨になった月曜日、この写真はその前日。
大雨が降ると吾妻山系からの水で、濁流が流れる川も流水は見えず河原の石だらけ。生物の生息がいつもながら心配になります。
この両岸は桜の木、桜満開の頃は雨はなくとも水は流れます、雪どけ水が豊富な頃です。

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昔の田植えは6月で、梅雨の水を利用して田植えをしていたとのこと。写真で田植えの作業を見ると(もちろん手植えですが)、20cmもあるような大きな苗を植えていました。今の時期の水田のイネの長さを植えていたので遅くとも大丈夫だったのか、そのような単純な話ではなさそうですが。

5月の田植えは雪どけ水を利用しての田植えだと言われます、こちらもとけた水と言う単純なことではなく、一旦伏流水になってからの水でしょうが。

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わずかなたまり水を見つけて中学生が遊んでいました。この程度の水なら水難事故と心配はなさそうです、髪をずいぶん短くしていたので運動部の帰りか、中体連の時期ですが。
雨待つ日々
東北は渇水状態で、5月6月の降雨も極端に少ないとか。
既に梅雨入りしている地域いとっては、無縁のことかも知れませんが。もっとも梅雨入りはしていても、雨の降らない「空梅雨」ということもあるので一概には言えませんが。

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6月も中旬、アジサイも咲いて来ましたが「晴天下のアジサイ」はどうも様になりません、やはりアジサイは雨とカタツムリとのセットが似合います。

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まだ咲き始めながら、心なしか葉が萎れて見えるのは、雨の中のアジサイがあまりにも定番としてインプットされているからか。気象上のデータがあるわけでもありませんが、去年も空梅雨で、「雨が降らないですね」と言うのがあいさつでした。

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そして、去年は梅雨らしくない梅雨が明け、夏も果物も稲作も雨倒しで進んだあげくに、8月中旬からの冷夏、そして9月の大雨。
まだ6月の中旬に差しかかったばかりなので、梅雨入りを「遅い」と言う時期でもなく週明けには雨の予報。
程度は雨は、どうしても必要です。
これからです
ハウス栽培のきゅうりに次いで、露地栽培のきゅうりの植栽が始まっています。
露地栽培は、文字通り何の囲いもないところで、太陽や雨風を受けながら栽培する方式。本来の農業と言えばその通りです。
暖房で加温したり、加温にないまでも、保温効果で外気温に関係なく栽培するビニールハウスでの栽培との中間で、雨風を凌ぐ通称雨除け栽培と言うのもあります。

何といっても施設コストが掛からないのが露地栽培、5月の遅霜の心配がなくなってから畑に定植します。

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水田の稲の苗同様、移植した畑から養・水分を吸収し出すため少々時間を要しますが、伸びる葉の先端「ヒゲ」と呼ばれる部分がピンと張ると、小なりと言え根が健全に機能している証拠。ここからだと約2~3週間で収穫が始まります。

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こちらはトマト。トマトの場合は露地栽培で雨に当るとトマトのみが割れるので、トマトジュースや料理用などの用途以外はハウス栽培です。
こちらは建てたばかりのビニールハウス、土の色からも畑の若さが分かります。物置のあった場所に土盛りをして建てたとのこと、順調な生育を期待しつつ、特に栽培末期の秋口にはどうなっているのか、シーズンを見て行きたいと思います。トマトはきゅうりと違って少肥系(肥料を必要としない)野菜なので、土壌改良の後は元肥を制限しつつ追材の施用で乗り切る様に指導します。
里山の梅雨
東北の梅雨入りはまだですが、かつてここの里山は忙しい季節でした。
3月から5月の連休頃に、「ナラ」「クヌギ」などの落葉樹を1㍍程度に切った原木にシイタケの菌を埋め込みます。植菌した原木は林の中に横に並べて「仮伏せ」をしておきます、それを「井桁状」にあるいは、斜めに組んで「ヨロイ伏」と言われる状態にします。こうして風通しを良くしておかないと、植菌した原木とは言え表面にカビや雑キノコが生えて、肝心のシイタケ菌の伸長や発生が阻害されます。

ところが、震災での原子力災害での3重苦が起きました。ナラ・クヌギの生木の汚染、ホダ場と言われる原木置き場の汚染、そして原木の汚染によるキノコの線量の問題。これらはコストを掛ければクリアできますが残るは風評の問題。

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使うことが出来ない原木は低線量とは言え、舞い落ちてきた放射能が付着した可能性がある廃棄物。持ち出す訳にも行かず「各自適切に保管」の通達により、ホダ場の中で積んでおくしかありません。

杉林の中で、朽ちて行くのを待つばかりのようなの植菌したシイタケのホダ木。往時の活気のある作業が消えて6度目の梅雨が来ます。
辛抱してください
有機栽培へ転換2年目の水田。今年は春の高温で、苗の生育が早くて田植えも早めでした。伸び過ぎたイネの苗、つまり老化苗、はその後の生育や病気の発生にも悪影響を与えます。
高温で伸びる苗を横目に、前倒して「代かき「整地」など、移植(田植え)の準備に掛からねばなりません。

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そうして、準備に追われて苗に合わせて5月の初旬に植えた苗なのですが、隣の水田に比べて育ちがよくなく見えます。

有機栽培の水田より遅れて植えた一般的な農法の水田(慣行農法と呼びます)、既に生育は追い越しました。

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肥料成分を直ぐ吸収する化学肥料の特徴で、活着、つまり苗箱から水田に移植した苗が水田の養分を吸収できるようになってから、直ぐに旺盛な生長を始めるのが化学肥料。それに比べ活着後も生育が遅れがちな有機栽培の稲、田植え後1~2月でその差が大きく見えます。
しかし慌てて、ここで追肥などしてはいけないのが有機栽培、7月には有機栽培の稲が追い付き始め月末には逆転します。もっとも、きちんとした肥培管理をしていればの話で、劣悪な有機肥料や発酵不十分な生の有機資材では、根腐れ等を引き起こして回復どころか生育に差が付く一方ということもあります。

焦らずとも、稲刈りは9月10月。8月の出穂までに追いつけば問題ありません。コメを採るのであって稲わらが欲しく手の水田作りではありませんので。

この間にも土中では有機質の分解が進みアミノ酸等を根系に供給します。隣の農家に、「元肥を間違えたか」などと言われてもやり過ごしていれば秋の収穫にに格段の差が出ます。

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この稲作農家が、昨年の実績を踏まえて今年はじめた有機水田。昨年からの継続の田同様、生育が遅れていますが昨年の実績をもとに農家も鷹揚に構えています。
「そろそろ梅雨の雨が欲しい」という水路の状態。その梅雨が上がる頃にはこの水田の茎葉は相当繁茂し、ただし葉色は淡い緑になります。追加の肥料で緑色を濃くしながら出穂の時期を待ちます。

とりあえず6月
バラの5月は去り、梅雨の時期のアジサイにはまだ少々早い6月上旬。季節を先取りするビニールハウス内では「ミニトマト」の収穫が始まりました。

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震災前は待ちかねるようにして、高級スーパーに納入していたのですが、原発事故後は低価格ファミレスのサラダバー等で消費。もっともそちらは一般的な青果市場ルートで、ブランド野菜でもなんでもありません。

6月の声を聞いた途端、季節商品なのかどうか、盆提灯や墓石の広告が舞い込むようになりました。盆提灯は再来月が月遅れのお盆、新盆の新しい仏様にあげる提灯に戒名を入れたりするには今の時期からのセールスになるのでしょうか。

墓石の方は、何とも季節感とは結びつきませんが、やはり何かのタイミングがあるのでしょう。春と秋の彼岸の方が何となく馴染めそうですが。もっとも、購入、刻みと施工と何か月もかかりそうなので、今から準備して来春の彼岸にお披露目なのか、お披露目文言が合っているかどうかも分からない、何とも微妙な商品とサービスです。ここにお寺さんが係るので複雑です。

以前「さおだけ屋はなぜ潰れないか」と言う本がベストセラーになり、山田さんと言う著者の会計士さん(か何かだったと思います)いろいろと続編も書いています。
一見さおだけ屋と言う、需要も多くなく差別化も難しそうな商品を取り扱う業種が、事業を存続させている「怪」(快?)に迫ったものですが、墓石と言うのも需要の掘り起こしや、営業展開が難しそうな商品ですが、何かノウハウがあるのでしょうか。
当地でもロードサイド、あちこちで墓石の展示場を見かけます。ローラー営業とも行かないので、このような展示が販促に繋がるのか。

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コンビニで待ち合わせのところ、早く着きすぎたので近くにあった展示場を視察(?)。石の商売上同ジャンルなのでしょうか、このような石造もありました。
墓石は信仰や宗派によって作りに違いも生じるのでしょうが、「石」関係は何でも売りますと言う固い「意志」が感じられる商品展示です。このようなバイタリティが事業存続の秘訣なのかもしれません。手本は二宮金次郎ならぬ石屋さんか。

複合ビル
福島駅西口にある複合ビル「コラッセふくしま」。市や県の出先とその外郭団体・商工業団体などが入居していて、福島県の産業界の活動拠点の一つ。会議などで大変お世話になっております。

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ビルの完成から何年か、以前は県庁前の古いビルに入っていた各団体。その頃の話をすると「ずいぶん古い話ですね」と言われてしまうので、こちらに来てから10年は優に超えたでしょう。「こけら落とし」のイベントで何かしゃべらされたことを思い出します。

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10階にある会議室をよく使わせ頂くのですが、その部屋からは西北方向の眺望がとてもよく、良く晴れた日は少し早めに入って、信夫山やら吾妻山を望ませていただきます。

この10年で、駅に入る新幹線もずいぶんカラフルになりました。これからの10年でどう変わっていくのか、もちろん新幹線の形状やペイントの話ではありません。
まさに、経済・産業は生き物。いろいろな事業提案をしてきましたが、こらからも日々挑戦です。

地域農業
大学に、さる高名な農業経済の研究者の話を聞きい行きました。国の諮問機関や調査会の「長」も務める、この分野では第1人者です。所属は東京大学から名古屋大学に移りました。

講義後に消費者の消費動向を質問すると「それが分かれば苦労はない」と、第1人者とも思えぬ何とも「弱気」と言うか「謙虚」な反応でしたが、それでも生協の加入状況等を引き合いに、ていねいに見解を述べていただきました。

そのやり取りを聞いていた、有機農業の研究者がその場のパソコンから、関連データを送っててくれました。当日私の方はノートパソコンは持参していなかったので、帰宅後パソコンでそのメールと添付資料、データのURLを見たのですが、こちらは内閣官房の「国・行政のあり方に関する懇談会」資料。
このような研究者の講義を聴きに来る「客層」は、どうも張っているアンテナや関心領域が違います」。

紹介された資をも見ると、【産業化社会の中で、農業・農村を再考する。農業は長寿社会の中で最高の営為】と参照の表もありますした。前後の文章もおどろおどろしい文字が並びますが、資料の趣旨は何となくわかります。つまり価値基準や見方を変えれば、少子高齢化の中で衰退の一途をたどるように見える「地域農業」にも、人間の幸福感と言う見地で見れば存在理由は大きいのではないか。との骨子のように読みました。

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露地栽培用に、これから植える「きゅうり」の苗を育てている育苗ハウスを見に行くと、一面のマリーゴールド。何ですか?と聞くと、地域の自治会か何かに依頼された花壇用の花とのこと。地域美化の一環で道を脇の花壇などに地区民総出で植えるもののようです。
60.70歳台になれば、このように地域の互助活動をしながら、緑や季節の花の中で住むのは一番の幸福で、長い老後も退屈しないし身体にもいい。と言う趣旨は難しい文言や統計データを見なくとも推察できるしその通りだと思いますが。

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その中山間地で頑張っている農家のトマト畑。現在もう1棟ビニールハウスの建設中。
しからば、老後は良いが、青年壮年層の職場はどうする。農村問題は「生きがい」で解決できるが農業問題は「産業の維持」、これは経済と密接に関係する事をどうとらえるのか。と、なかなか、腹にすとんと落ちる「概念」にたどり着けません。

「どうも学者の言うものの言い方は難しい」と言っていると、あなたがよく言っている「農業生産も垂直統合から水平分業へ」と言う概念の理解も難しい、と言われてしまいました。確かにそうです、申し訳ない。

復興住宅
6月になると、さすがに陽が長くなります。7時になっても明るく、たった半年前には4時半になると暗くなっていたのが嘘のようです。あと半年で、またそうなるのですが。

長い夜を彩っていた、工事現場のイルミネーション、本ブログでも何度か紹介しました。復興住宅の多層階の方の建設現場も、1棟はシートも剥がされ内装工事中か。

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クリーム色の建物が、梅雨入り前の青空に映えていますが、入居する人たちの心情を考えると何とも複雑なものがあります。熊本のように地震によって物理的に破壊されたのとも異なる、何とも収まりはつかない転居になります。

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併設された建物は、何の表示もありませんが、見たところ保育所風。「保育所落ちた日本死ね」の物騒の書き込みではありませんが、集合住宅と保育所をセットで作るような配慮は先進的ともいえます。[入所はこの住宅の居住者に限る」などと、硬直したものでなければいいのですが。
福島県の出生率が全国平均を上回ったとのこと、5年前の騒ぎは何だったのでしょう?今なお止まぬ風評被害ですが、県民は至って冷静に受け止めたようです。
知り合いの人たちが県民に「被ばく者手帳を持たせる運動」をはじめました。差別の発端になるのは困りますが、「○○とは考えにくい」を連発する医療関係者の言い分にも幾ばくかの不安も残るなか、それはそれで必要な運動かなとも思います。
働く人々
大震災の約1年前、交通事故に遇いました。普通乗用車で走行中、対向車線をはみ出してきた大型ワゴンに前左部に衝突され、首を不自然に捻りました。いわゆる「頸椎捻挫」、当分の間コリやハリは無論のこと頭痛や吐き気、眩暈もありました。
この症状の厄介なことは「捻挫」なのでレントゲンに写らないこと、相手側保険会社からは相当嫌がらせを受けました。しかし頭を支える筋なので症状は多岐に渡るのは体験した通り。

それまでは、年間300㎞以上自動車での移動がありましたがこの時期は1/10程度まで減りました。何せ運転していると薬の副作用で強烈な眠気が来ます。
しかし、震災以降はそうとも言っておられず、自動車での走行距離も元通りとは行きませんが、なんとか復活してきました。元来、点在する農家を巡って歩くことが多い仕事で「公共交通機関」と言うわけにはゆきません。資材を配達する意味もあります。

車で移動中に、いろいろな場面に出くわします。

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白バイのおじさん、「獲物」いや失礼「違反車」を止めてキャリアボックスから違反切符を取り出すところ、信号待ちで目の前に停車していましたが、心なしか違反車から白バイに戻り切符を取り出す一連の動作が弾んでいるように見えます。いや、心を鬼にしての「指導取締り」なのでしょう。

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豪勢なお寺の本堂ではなく、手前の庫裏の建築作業。本来寺は檀家信徒の共有物のようなもの、庫裏の補修などは檀家の手でということでしょうが、ここまで立派に作り込むと、素人の手に負えるものではありません。
ここは、複雑な心境ながら住職の経営手腕を讃えるべきか。いずれにしろ、信号待ちに垣間見た働く人々からの想像に過ぎませんが。
気分は開拓者
福島盆地の西の方、盆地と言ってもこの辺りは吾妻の山麓に近く、標高も少し高くなっている辺り。

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雲がかかっていますが、吾妻山も見えます。地形からすると荒野に水路を引いて水田にしたのでしょうが、今は水田と畑作と果樹園のが入り組んでいる形態。何よりも放置された水田(跡)、畑地が目に付きます。まだ放置されていても日が浅く、草は生い茂っているが木までは生えていない、耕作してないがなんとか草は刈っている、と言う典型的な農村地帯。

知り合いの知り合いの方が、ここの元水田を利用して栽培品目を増やしと言う希望で、何かお役に立てばと現地に行きました。
今は農産物を作ったから売れると言う時代ではなく、「こだわり」「品質」そして「価格」。以前はコンピューター関係のお仕事をされていたそうです。ふるさとに戻っても、そこは育った場所と言うよりも、もはや開拓者。

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何代か前の先祖が重機もない時代に水路を拓いて、水田にしたのでしょうし、その後基盤整備事業で水田を大区画にしたのでしょうが、その辺りだとコシヒカリは厳しいか。暑い夏だと良いのですが冷夏だと、青立ちで終わってしまうかもしれません。もっとも晴天続きの暑い夏だと、水不足の心配もしなくてはなりません。
平坦部で水も潤沢な好条件でさえ、水田を作らなくなっている現在、「コメを腹いっぱい」というのはダイエットの敵、生活習慣病を呼ぶと言う時代になってしまいました。

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しかし、条件に合せて生きてきたのが日本の農業、それなりの付加価値を見出さなければなりません。

草地の中に綿状の種子、タンポポかと思って見ると野襤褸菊(ノボロギク)。荒地の定番雑草ですが、ヨーロッパからの帰化植物、何ともしたたかな生命力は見習いたいものですが。