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とかく宗教は、
宗教は何とも難しいものです。と言っても、これまた何度聞いても違いが理解できない回教徒の「シーア」「スンニ」の事ではありません。イスラム教は無論のこと、雑念の多い人間にとっては一神教自体どうも理解しにくいところがあります。もっとも、それらの教徒にとっては「多数の神」がいることが不自然なのでしょうが。

近所の祭礼の出の話ですが、これが日本人の宗教観かと変に納得したことがあります。
久方ぶりの本格的な雨、「雨ふり不動」とはよく言ったもので、ここの「お不動様」のお祭りには時節柄雨が降りやすく、前述の異名がついています。

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お不動様こと「不動明王」は道路から奥まった場所のお堂ですが、幹線沿いに祭礼の旗が立てられています。最近この種の旗も印字のものもありますが、この旗は比較的最近、近隣の寺の住職が墨痕で書いたようです、第何世住職と書いてあります。
で、旗の立て主は「氏子中」とありました。不動明王は如来(仏様の最高位)を護るそれこそ守護神で、炎を背負った恐ろしい顔つきの仏様であったはず(正確には、誤りもあるかも知れませんが大筋では合っているとおもいます)。氏子とは神社の信者であるはずで、仏様を神社で管理する何とも不思議な宗教観ですが、あまり難しく考えず、神も仏も同じように祀る。御利益があればみんな同じ、と宗教原理主義者が聞けば腰を抜かすようなおおらかさ。
「神は偉大なり」と人殺しも辞さない宗教観よりは、遥かに理に適っていると思いますが一神教からは「それは宗教ではない」と言われそうです。もっとも一神教の多くが、カルトだと言っているわけではありません。

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水田に水を引き込む時期、川もで満たされました。いつも見慣れた川も新緑で覆われ水量が増すと、さも渓谷のように見えるのが不思議です。米の文化に天皇制、日本の宗教観は自然と一体です。


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新緑の信夫山
福島市のシンボル「信夫山」。福島盆地の中央に位置します。かつてはこの山を避けるように道路や鉄道も走っていましたが、今は新幹線も山形に向かう国道13号線もトンネルで貫通しています。

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緩くカーブしながらトンネルに入るのが東北新幹線、反対方向に向かうのが山形新幹線。ちなみに仙台方向へ向かう国道4号線と東北本線は信夫山を迂回するように、山の両脇を走ります。
熊本では熊本以南の九州新幹線も開通のようで、着実な復旧と言うと「余震の続く最中」と怒られそうですが。何度も書きますが、東日本大震災のように余計な人災が挟まらなかっただけ幸いです。
福島では病院から避難移動で亡くなられた方の賠償判決が出ました、このような係争がいつまで続くか予想もつきません。

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福島盆地一帯に広がる果樹園では、りんごの花の時期で「蜂の巣箱」もありました。「れんげそう」「すみれ」がほとんど姿を消したので蜂蜜の活躍する場も少なくなりました。
かつて、九州の川内と東北の仙台を取り違えて蜂を送り、蜂が凍死したと言うような逸話を聞いたことがあります。真偽の方は定かではありませんが、蜂を鉄道のの貨車輸送で運んでいたころの話です。
チェリノブイリから30年
1986年4月26日のチェリノブイリ原発事故から30年。日本ではさほど話題にならなかったのは、おそらく熊本地震のせい。そちらに気を取られているのでしょう。東日本大震災でご支援いただいた熊本市の方に先週お見舞いの品を送らせていただいたところ、その26日に無事届いたとのこと。

さて、昨日からの続きです。一般的な認識では、チェリノブイリに比べて福島の放射線の放出量は1/5、幸い海沿い(だから津波に遭ったのですが)であったため、太平洋方向に流出した放射線も多く、今後の状況は予断は許さないものの、原発事故レベルは、同じレベル7でも事故の程度としては福島の方が軽い。と言ったところでしょうか。
もっとも、さまざまな異論があって、「国や東電は重大事項を隠している」「安全ですと言うのは御用学者だけ」という論調もまだまだ多いのが現状です。

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「実際はどうか」と言うのは、それこそ30年のさらに何倍かの時間軸を経ないと正確なことは言えないわけで、科学技術や現代医学と言うより神の領域。

上の写真も、ただの空き地なのですが、福島市の方で「仮置き場」として調達できたそうで、今後何年か道路除染(と言いながら主に道路脇側溝の汚泥)の廃棄物置き場になります。仮置き場を調達できたことで、この地域の道路除染がやっと始まると言うなんともやりきれないような進捗です。
とはいえ、なんとか限られた資源をやりくりして除染も進めているところですが、同時に継続的な生活の場でもあるわけです。

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昨今違う意味で話題になる「保育所」ですが、ここでも、一生懸命子育てをしている住民もいるわけで、江戸時代でもあるまいし一般市民の得る情報量は相当なもの。

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天気のいい日に、一歳児かそこらを近所の公園で遊ばせています。反原発や反核団体などがが(その一部でしょうが)「福島に住めない」などと言う表現は、表現の自由ということは否定にないまでも、ここで住む事を選択した住民への配慮は必要ではないかと思います。更なる風評や差別をどうしても懸念するからです。

研究者なら「住めない」根拠はアカデミズムの場で発表して、反対派を論破すべきですし、ジャーナリストなら「写真の誤用」などジャーナリズムの根幹に関るような失敗は禁物で、「売らんかな」雑誌と言われて仕方のないことです。変に社会派を気取っているところが逆に「狡猾な」印象を与えてしまいます。

九州の復旧復興は大切ですが、福島の方も根深いところに問題を残したままの6度目の春です。
初夏のような
初夏のような陽気です。緑の具合はもう5月ですが、さすがに田植は見かけません。「代かき」も大方はまだのようなので、水田の作業の方はカレンダー通りのようです。果樹の方花の咲いたなり、芽が出たらなりの作業があるので、カレンダーと言うより樹中心、多年性と1年性の植物を扱う違いが出てきます。
代かきとは、水を張った水田を機械でかき混ぜること、この地方ではおおむね2度行って、トロトロした泥の上に稲の苗を植えて行きます。

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よく、横を通るお堂も新緑に包まれました、ついこの前までは桜に包まれていたのですが。これから、1日1日緑が濃くなります。梅雨の時期になると緑から滴る雫が、春の時期とは全く違う風景を作ってきます。オリンピンクのエンブレムと同じで「どれが好き」というのも個人的ななものですが。

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公園には親子連れ、じろじろ見るわけにもいきませんが、ベンチのお母さんのお腹が少し大きいか。
もう、節分の頃になりますが地元の地方紙に私が答えたインタビュー「福島を貶めるな」と言うインパクトが強かったみたいで、いまなお、ネットで少し出てきます。このような、静かに暮らす親子もいる以上「チェルノブイリなら避難地域」と言うようなことを平気で言うメディアのことを言いたかったので、他意はないし「福島を貶めるな」のフレーズも新聞社が書いたもの。このことについては明日も続けます。
春の街道沿い
熊本の災害現場は、屋根瓦が落ちた後に雨が続き、家財も水に濡れる被害が相次いでいるそうです。しかし、間引き運転ながら九州新幹線も一応熊本までは開通した様子、全線開通まで1ヶ月以上を要した東日本大震災の東北新幹線は何だったんだろうと思います。

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東北は、適度のお湿りと晴天で一見長閑な春、熊本の震災と違う「人災」要因があって、いたる所に後遺症は見られますが。町内会の一斉清掃でも「手を触れないでください」という側溝の土上げも、廃棄物の仮置き場が出来たとのことで、5年以上を経過して道路除染の一環として行われることになったようです。
事業終了まで2年は見て下さいと言う説明と、ようやく確保した仮置き場から「中間貯蔵施設」への運搬が残っていて、さらに最終保管場所はそのあとと、気の長い「先」がいつまで続くのか。
紅白のハナミズキと陽炎が立ち上るような昼下がりも、とても「長閑」とばかりも言っておられません。

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歩道にまで、あふれるように咲く菜の花、庭先にはツツジも見られる様になりました。柿の木の新芽も、勢いよく吹き出てきました。この勢い、是非見習いたいものです。
トマトの花
果樹の花をずいぶん撮らせていただきました。温室の中でも黄色い花が咲いています。
温室のなかの黄色い花と言えば「きゅうり」「トマト」ですが、トマトの花。

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果実同等、花の受粉から実になるのですが、よく見ると小さな小さなトマトの原型も現れています。しかし、きゅうりの花の下にいきなり小型のきゅうりが現れる種類とは違って、花の咲き始めから「実の収穫」までは時間を要します。

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苗を植えてから1月以上、ここまで伸びました。しかし、収穫が本格的に始まるのは6月になってから。蔓にたわわに実るのは6月中旬頃か。収穫が始まれば、後は息つく暇もありません。
ここの農家の温室も、一昨年の大雪で天井が落ち、昨年半ばからの再スタートでした。初夏から初夏から採れるのは3年前以来。
、同じく農業県熊本の被害も他人ごとではありません。温室と言うハード再建なっても、風評被害の影はまだ拭い去れません。その点福島の被害は、水俣湾に流れ込んだ硫化水素が原因でありながら、地上の農・畜産物まで風評被害が及んだ同じ熊本の水俣に、被害の実態が近いのかもしれません。

早や、新緑
果樹農家に聞けば、花や木の状態は例年より10日は早い(進んでいる)とのこと。
つまり自然の環境は、5月初旬、八十八夜(5月2日)このの状態ということになります。と思って山を見れば、本当に5月初旬の山の色。新緑言うには少しなだ緑が薄いものの、山全体は薄緑で覆われています。

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その中にヤマザクラ、ソメイヨシノのような品種選抜の観賞用の桜と違い、花と葉が同時に出ます、ですから遠目にみると、花のピンクと葉の黄緑が混ざり合って見えます。

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花見山の様な百花繚乱的な「幻想的」な空間とも違って、行く春を惜しむような、花と新緑のせめぎ合いのような季節の移りを目にしながら暦の上では4月から5月に変わって行きます。

そんの風景を横目に里山から市街地に入ろうとすると、なんとも現実的な風景が現れます。

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道路工事ならぬ道路除染。熊本をはじめ九州では地震に因る被害が相次ぎ、九州ならぬ国会でも、震災衣因む何とも配慮を欠いた言動が横行しているようですが、福島では5年以上経過してこのような状態。原子力災害の複雑さ根の深さが、また浮き彫りにされました。
春の空 3点
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平地では桜が散って、街路樹は「ハナミズキ」、欅や柳もずいぶん青みを増しました。果樹園は桃の花が終わり、サクランボから梨、りんごの白い花主流です。
町を離れて阿武隈山系を移動すると、また様々な表情です。道の駅では鯉のぼり、山間部の通行量の少ない道の駅なので「わざわざ客」を呼び込む戦略で、取り合えづ目立たなければなりません。

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電線に止まる鳥、望遠でわかり難いのですが、装いはれっきとした「燕尾服」ツバメがやって来ました。流石に飛ぶツバメの撮影は難しく、まだ巣作りの最中で去年までの古巣に土などを運んで補修中。雛もいないので、巣に戻る必要性が薄く、待ち構えての撮影に至りません。

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さらに進んで、田村市の東側、避難区域の都路町との境近く。ここらの桜は今が満開。小学校の桜、校舎を背景に平地から見ると2週間遅れの見頃です。
ここらの桜は弘前公園と同じ時期と言っていた地元の人がいました。取り敢えずまだ今の時期は集団下校か、新一年生を取り囲むように小学生が歩いていました。
白い花々 2
まだ少々控えめながら「りんご」の花が咲きました。青森のように「果樹と言えばりんご」の地方では、春の花と言えばりんごで、積雪の後の待ちわびた春の代表的な花なのでそれこそ[歌にも歌われた花」ですが、多くの果樹が混在する「福島」では、終盤の花になります。

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せっかく咲いた花を落とす「摘花」と言う作業も同時進行で行われていて、花の向こうに見える人影が摘果の様子。大玉のりんごを栽培するためには致し方ありません。

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こちらは、一足先に満開を迎えた「なし」の花。りんごやももとは違い「棚」と呼ばれる針金で組んだ壇の上に、横幹を伸ばして行きます。
ブドウも食用のものは棚で仕立てますが、もともとぶどうは蔓性の植物、梨とは少し棚栽培の性格が違うところが面白いところです。昨今、当地方でもワイン用のブドウがブーム、こちらは食用と仕立てがまた違います。6次化、ワイナリーブームは分かりますが、需給バランスからみれば少々植わり過ぎか。本格ワインの品質で生き残る「技術と戦略」があると良いのですが、他人がやるから、何かしないと格好がつかない「以前の村おこしブーム」のようなものならば、末路は悲惨です。このことは、何れ詳しく書きたいと思います。
白い花々
熊本の地震が止まりません。線状に展開する震源地が南西の方にも動きました。日本で唯一稼働する川内原発も、平静を装っていても相当心配なのではないでしょうか、世論の動向も含めててすが。
なにせ、火山・地震国でそもそも原発の建設は無理だったのではないかということです。

熊本を中心とする地震の最中のんびり咲く花の話題も恐縮なのですが、先日来お伝えしている桃色から黄色の移り変わり、白い花も目立つようになりました。

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生垣などに使われる、「ドウダンツツジ」の白い花です。晩秋になると花ではなく、葉が燃えるような赤に紅葉します。春爛漫から晩春に移る季節を象徴するような新緑と白い花です。

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こちらは桜桃の木、つまりサクランボの花。先日仙台出張で昨年暮れに開通した地下鉄南北線に乗りました、乗り換えも面倒なので一駅分歩いてデパ地下のB2のフロアから駅に抜けたのですが、前置きが長くなりました。だパ地下ではサクランボの化粧箱が並んでいます。考えてみれば今が開花なので、「温室さくらんぼ」、さくらんぼは実に雨が当たると裂果するのでパイプを組んで雨除けのビニールを掛けます、それ自体ビニールハウスのように見えるのですが、今時分のサクランボは正真正銘ビニールハウス栽培。加温はしないまでもあたたかい情況で栽培したものです。

ここは福島の高台、以前は桑畑やリンゴ園だった辺りにも付加価値を求めて「サクランボ」の栽培をするようになりました。平坦部より少し遅れて白いサクランボの花が満開です。この花が実になるのは4、50日くらい後でしょうか。その間に地震災害も落ち着いていると良いのですが。
今回の天災は、原発事故のような人災が絡んでいないのが救いです。
春の黄色
最近連絡をお取りしている、全国に店舗網がある外食産業の方から「九州に調査対応に行っていた」と言う連絡がありました。
かつての被災としては、まるで他人ごとではありません。それ以前の中越の時は僅かばかりですが、物資を雪救援のトラックに託しました。九州となるとそうとも行かず、報道を見ています。とりあえずお見舞い申し上げます。
地震も大変ですが、津波・原発の複合災害でなかったことが不幸中の幸いです。

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菜の花とハナミズキの「黄色」を書きましたが、いたる所黄色が目に付くようになりました。花が咲いたと思った山吹も、日当たりの良い土手では滝のように咲いています。

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ここの庭さきでは、アスター系かやはり黄色い小花が。そして小学校の学級花壇と言えば定番だった「チューリップ」。

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やがて成長するにつけ、チュ-リップと言うとかつての娯楽の王道、成人男子は誰でも一度はハマった経験のある「パチンコ」のとこになって来るのですが。逆に入ったの釘が邪魔したのとのと言っていた、長閑な時代が懐かしくなります。ここ何年かはロードサイドのといれをかりるだけのそ
初めて行った「フォークのコンサート」はこれもチューリップでしたが、彼らも福岡出身。なにか意識が九州に繋がってきます。



黄色も目立ちます
桜が散って、桃畑が文字通り桃色一面。梨畑も梨棚が真っ白になりました。

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熊本で大地震があったとのこと、お見舞い申し上げます。5年前の東本大震災で波打った道路もこちらは何もなかったように、ハナミズキが花をつけました。さすがに5年の月日で街路樹も相当伸びました、当時の写真を見ると幼木とは言わないまでも、「樹」というのもおこがましいようなものでした。「黄色と赤が交互に咲いています」もちろん都市計画で交互に植えたのでしょうが。

出身地の町で(現在は市ですが)、自治体の都市計画についてのなんとか委員を拝命していたころに、外国の街路樹を引き合いに出してここでは「プラタナス」「ハナミズキ」ばかりで個性がない、と毒づいたことがありました。今考えると若気の至りで、役所で作る都市計画などに個性を求める方が難しいようです。
何を植えても近隣住民からは、葉の掃除が大変、日陰になるなどの苦情は入り、役所でも「あちらの通りもこの木なので」とでも言わないと落ち着かなかったようです、「アンケートでこうなった」「○○先生のご提案」とでもしないと、特徴の出るような試みは収まりがつかないのかもしれません。

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庭先の家庭菜園か、少しの隙間の土地に伸びた「菜の花」、一般的にはありきたりの花でも、意図せぬ「黄色」がとても斬新です。庭先が駐車場で占められているのか、身近な街路樹の根基に細やかに花を植えているところも見受けられます。
町内の美化と言った大仰なものではない、農耕民族の習性のようなものかもしれません。


神仏のご加護
なるべく運動をするように、心がけています。どうも血圧の「下」が下がりません。ストレスです、といってもなかなか信用してくれません。
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仕事先で時間を見つけて歩くようにしています。以前からの住宅地を新興の住宅地が入組む辺り、愛宕神社御祭礼の「のぼり」が春の風にはためいていますが、肝心の神社が見当たりません。住宅地の春の祭なので「山車」や「神輿」とは思いませんが、見当たらない神社と言うのも気になるもの。きっと住宅に囲まれるように「鎮座」しているのでしょう。

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さらに進むと石の仏様、なぜ仏様とわかるかと言うと四角い方の石塔に「南無阿弥陀仏」と刻んであります。先の震災ででも落ちたのでしょう、真新しいモルタルで台座と繋いであります。住宅地御はずれ辺りで前には梨畑や桃畑、住宅地を整備したときに前のの道路も整備したのか、住宅の配置からすると以前の主要道路はもう1本南側で、そちらは住宅が建て込んでいて拡幅もままならず、こちらに幹線が移ったのでしょう。
となると、この石塔は村はずれで向かいの果樹園は桑畑だったかもしれません。ここの斜向かいには「復興住宅」。新天地を求めてと言うより、故郷を追われた人たちの生活が始まります。さすがの神仏も、このところの環境の変わりようには目を回すに違いありません。

行きつ戻りつ
先日「桜から」桃に、季節が移った事を書いたばかりなのに、また桜の話題。
以前にも書いた通り、福島の桜前線は複雑です。まずいわきに桜を咲かせたら海岸線を北上して相馬に行き、そして福島から中通りを南下します。ですから福島の次は二本松、そして郡山、白河。二本松は霞ケ城、郡山は開成山白河は南湖とそれぞれ桜の名所があります。

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で、二本松に行く機会があったのでそこの桜です。寺の山門前の桜、カメラマンも大勢来ていました。ここ二本松藩主「丹羽公の菩提寺」、二本松は城下町ですが、福島と郡山にはさまれて埋没しがち。二本松の菊人形などのイベントもあって子供のころから親しんだ土地ではありますが「菊人形」など子供が見ても楽しいものではなく、城下町でも野馬追祭りが有名な相馬や鶴ヶ城の会津若松からすると地味な印象は免れません。
殿様が「丹羽家」と言うのは知っていましたが、よく聞くと藩祖は丹羽長秀公と聞くと印象がまた一変します。真田丸にも軍師官兵衛にも登場するれっきとした戦国大名、織田家臣の№2か3辺り。秀吉台頭までは柴田勝家に次ぐ存在でした。

子孫は関が原で西軍についたようで、10万石程度の大名になって幕末まで二本松で藩主をしていたようです。戊申の役でも奥羽列藩同盟について官軍の攻撃を受けたので、福島の殿様らしく、どうも世渡りは下手だったようです。
ですので、菩提寺もも失礼ながら大寺院と言う風ではありません。禅寺なのであまり賑やかでもでも絵になりませんが。

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墓地の下の石畳に黄色いタンポポを見つけました。帰化植物の「西洋タンポポ」だ、などと野暮なことは言わず、春を楽しみましょう。

桃の正体
桜と入れ代わる様に桃が満開です。
桜と同じバラ科ですが、桜よりは「花」が疎らのは栽培しているからです。

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食用の桃、は種子、つまり子孫を残すための種の部分です。花の受粉によって種になって肥大するのですが、これが多すぎると種、つまり実が付きすぎてとても大きく育ちません。
桃に限らず大方の果樹はそうですが、花、蕾、実の小さいうち、いろいろな段階で必要に応じて落として行きます。花の段階でも落とすので、栽培している桃は花が疎らです。
たまに、栽培をあきらめた桃畑や、仕事の都合で花を落としていない桃の木を見ると、桜同様木に纏わりつくよう花が咲いています。

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「花もも」と言って、花を観賞するだけの桃の種類もあります。花ももにも多様な品種があるのでしょうが、これは白色の八重咲きタイプ。
先ほど、「子孫を残すための種の部分」が桃の実と紹介しましたが、実際栽培する桃は種では増やしません。種ではどのような性質を親から受け継いて出てくるのか分からないので、親と同じ性質の果樹を作るのは、枝を切ってそこから根を出させて木にするか、枝に根をを接いで苗木にすするかの方法です。
この辺の技術は、野菜でも使われ「キュウリはカボチャの根に接ぐ」で以前書きました。

この、花ももの木ですが、花ももの幹とは別に根の方から、もう一つの枝が伸びています。接いだ根っこの部分(台木と言います)から台木の品種の枝が伸びて来たようです。「きれいな花が咲く」と言う性質を重要視した品種に比べて、「丈夫に育つ」「生命力が強い」ので利用される台木ですから、台木の枝の方が成長力が強いのは当然です。
観賞用の花ももにしてみれば無用の枝ですが、暫くは切らずに様子を見ようと思います。
花は散っても
神社の本殿を覆うような桜が散り始めました。満開は先週半ばあたり。

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ですから、小中高の入学式辺りが、今思えば満開でした。ちょうどその頃、低気圧の影響で雨が降りましたが。
東北では入学式に桜が間にあうことは普通の年ではなく、かつてあった「学習雑誌」で、入学式しと言えば「桜」と切っても切れないイラストや記事に、何となく違和感があったのですが。

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神社の参道には赤いぼんぼりが立って、花見気分を盛り上げてはいますが、じつはここの「桜祭り」は今度の金土日。入学式はうまくはまってくれた今年の桜、地元の桜祭りまでは面倒は見てはくれませんでした。散り際が良いのも桜の特徴です。

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桜が終わりがと、神社周囲の梨畑を見ると、梨の白い花が咲き始めていました。梨棚の中央の方はかなり白くなっていましたが、慌てて梨棚をくぐって畑の真ん中に行かなくとも、間もなく雪が降ったように梨棚全体が真っ白になります。

早い春の訪れと去り際を印象付けるように、黄色い山吹まで咲き始めました。
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やがて日当たりの良い土手が真っ黄色に見えるのですが、なかなかそのような土手も少なくなりました。


幻想と無粋
これは、しだれ桜の手前で桃の花も満開の構図。

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名所でも何とのない農家の庭先ですが、薄ピンクの桜ともう少し濃い桃の花の競演です。写真ではわかりませんが、風になびくように揺れるしだれ桜の枝があって、幹・枝が太い分しだれ桜ほどは揺れない桃の枝の小さな揺れと、二つの花の異なる揺れが何とも幻想的です。

こちらはほど近い桜の名所、通路や沼の周囲の桜も見頃を迎えてました。お食事処も「営業中」なのはともかく、鎮座する線量計。

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0.13まで下がってますよと言いたいのか、昨今新聞でも改めて東電の「隠蔽体質」を問題いて都合の悪い情報は出さないとの記事がありました。東電の幹部は、そのことを知っていたのかのと言う問いにに「私の立場では言わない方がいい」と「都合の悪いことは言わない」を公言しているようなもので、安心のための線量計・モニタリングポストがが逆に不安を煽ることにもなっています。何とも無粋なものが立っている、と言うのがこれを見た感覚です。

主役の交代
福島市の満開の桜の見ごろは今週半ば、雨で散った桜もありますが、なんとか今週末までは「花見」が出来そうです。ちょっと奥まった、市内でも少し標高の高い場所に行くとまだ満開のところもあります。

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福島で花見と言えば「花見山」で、メディアでも取り上げられて今年も盛況のようです。そのメディアでも伝える通り「花見山」は花木の生産農家の私有地で、公園や花見を想定して作られたわけはないので、場所取り合戦やシートを敷いて「どんちゃん」と言うような場所ではありません。そこが、逆に自然愛好者に受けるのかもしれませんが。

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公園や公共で整備した施設ではないので大型駐車場もなく、ここまで有名になる以前は何とは近くに行って路上駐車も可能でしたが、ここ十年は交通規制も厳しくなって、一般車両は離れた場所の駐車場からシャトルバスで向かうことが多くなりました。
で、市で準備した大型駐車場。ここでも「流行り廃り」と言うか行政の方針に翻弄される一場面が。花見山から2~3km離れた駐車場は河川敷、ハイカー気分でここから直接花見山まで歩く人もいますが、ここは河川敷。親水公園で白鳥の餌まき場でした、鳥インフルエンザなどは渡り鳥が媒介する、ということから全国的な「餌付け」禁止。白鳥の時期も親水公園としてはクローズになりました。

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しかし、習性かいくらか餌をまく人がいるのこ、法律で餌をまくことが禁止されているわけでもないので、幾ばくかの白鳥は今でも羽を休める場所です。桜の時期にも、これからシベリアに向かうのか、少し白鳥が休んでいました。咲く桜と帰り遅れた白鳥、主役とかつての主役。
主役の交代劇。水泳のリオ五輪代表の争い「渡部香生子」と「北島康介」を見るような思いです。




移動性高気圧
春の季節らしく、日本列島の上を交互に通過する高気圧、・低気圧の影響で晴れと雨が後退します。雨が降らなくとも困るし雨ばかりでも困るので、外の予定があるときに雨に当ると困りますが、贅沢は言っておられず、まずは順調な春季の気象です。

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適度なお湿りもあって、桜も満開。昨今は風評被害対策か、テレビなどのメディアも好意的に福島を取り上げることが多くなりました。原発事故の後の報道を思い出すにつけ、逆に「裏に何かあるか」と思ってしまうほどです。

ともあれ、夜桜も見頃ですが、言われる通り「花の命はみじかく」雨と風でみごろも3日が良いところ。

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工場の桜、道路側をライトアップしています。幻想的ですが、散る寸前よりも「つぼみが膨らんだ」「咲きかけた」「ずいぶん咲いてきた」と、満開前の過程の方が季節を楽しめます。
好意のサービスで満開のライトアップを見ながら、勝手な言い様ですが。
老兵は死なず
永年農業の生産現場を見ていて思うのですが、生産性の向上例えば生産規模の大型化のための「機械化」ならば必要なのですが、老齢化つまり農業従事者が年を取ったので、作業が楽になるように「機械を入れましょう」。と言う風潮の方が、強いように見受けられます。
むろん作業が楽になる、高齢者でも農業が続けられる、と言うのは極めて望ましいことですが。

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しかし、もう少しマクロ的に見ると、「経営上の設備導入の限度額は超えていないか」「適正規模の投資か」と言う点から見ると、経営上の常識からして「過剰投資」に当る事例も見受けられます。農家の言葉を借りれば「年金ブッコミ」、つまりり農業機械購入の原資は
年金だったりするのですが、「年金によって働く喜びを満喫できるのでよいのではないか」と言う声もありますが、年金の性格上からすると如何なものか。もっとも、何であれ消費にカネが回るので経済循環からすると望ましいことも事実なのですが。

今の時期、水田の作業や出番を待つ農機具。トラクターは後輪キャタピラーの水田タイプ、後ろのアタッチメントは畦畔に使う通称畦塗機、水田の畔(あぜ)に内側から泥を押しつけて固める機会、これを人力の鍬で行うのは重労働ですが機械化しても使用するのは年に何日か。人力は論外としても他に何か方策はないものか。

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コメの価格からして、米作農家の設備投資は大変だろうと、それこそ「年金ブッコミ農業」の前途を憂い手いると水田の中に歩行用トラクター、いわゆる「耕運機」を見つけました。ディーゼルエンジンの型からして4、50年前のものか、最近水田や圃場でもトンと見かねなくなりました。以前は、春の田植前の水田は「耕運機」の展示会のようなものでしたが。
労働生産性からいえば、逆に水田農業にはマッチしないとと、過去の遺物のような扱いになるのでしょうが、自分の食い扶持は自分で作る的な農業で、経費を掛けず有る農器具で生産活動をすると言うのはむしろ常道。このような農機具の活用をもっと見たいものです。
桃の花
桜も見頃が、福島市内から郡部へ。
ここは伊達郡桑折町、紆余曲折有って伊達市には入らず「伊達郡」のまま。1万人強の人口で自治体を維持しています。

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咲く桜の背後にあるのは旧郡役所、明治期には町村の上に郡と言う独立した行政機構があったようです。もっとも町村と言っても昭和の合併前のそのまた以前、今で言う大字単位の自治体ですから、行政機能と言っても限度があって県との間にもっと大きな機能が必要だったのでしょう。
この町は江戸期に銀山があって、一旦閉山したものの明治の殖産期に再興されました。その再興に尽力したのが明治初期の実業家五代様こと五代友厚。主として東日本の産業化で活躍した渋沢栄一に対して、薩摩出身の五代はおなじみ「びっくりぽん」の大阪など主として西日本、ここは例外だったようです。

この一帯の産業、行政をリードしたと言う自負があるのか、平成の大合併から離脱したのがこの町、隣にも未合併の自治体がありますがそちらは少し事情が違うようです。いずれにせよ、どちらが良い悪いの話ではありませんが。

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例年より早い桜に驚いていると、桃畑の桃の花も咲いて来ました。桃の花も桜から少し遅れて咲くのが通例で、桜を追いかけるように咲くのも不思議はないのですが、やはり4月初旬の桃の花には驚かされます。
なにかの「吉兆」だと良いのですが。

花散らし
まだ桜も咲き揃わないのですが、咲いた花には気の毒な「花散らし」の雨。

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写真ではわかり難いのですが、ある高校の桜。落ちた花びらが下に置いた車に貼り付いています。
大学の入学式は昨日だったよう、高校はこれからですがせめて入学式までは持ってほしいものだと思います。

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こちらも8分咲になりました、私鉄の駅前の桜。こお裏手の川沿いの桜並木は咲きはじめなのですが、先駆けて咲いて雨に当ってしまいました。しかし、このところ晴天続きの当地方、ジャガイモなど夏向け野菜の播種期です、その点では良い雨ですが。

咲く桜、咲かない桜
全国各地で「桜満開」、大学の入学式も始まりました。どうせの事なら、満開の桜の下での入学式の方が記憶に残ります。

東北でも、一部満開の頼りはあるものの、そろって満開はもう少し先か。標高はそれ程ではないのですが、伊達市と相馬市の境の辺り「伊達と相馬の境の桜」と、相馬民謡に唄われた付近の桜は満開が弘前城の桜と同じころ。
普段の活動圏で、特に花目的で出向かなくとも4週間にわたって満開の桜が楽しめるのも、なにか役得かも知れませんが。もっとも震災以降は「先々で桜を見る」と言うことが、先々の皆さんの苦労を見るにつけ憚られるような気持ちにはなります。

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伊達の方の森林公園でも、さくら祭りの準備中。例年通りのスケジュールなので暖冬早咲きの今年は桜祭りの大部分は、さくらの後に楽しむ祭になりそうです。


花冷え
花冷えの週末です。3月終盤の陽気がウソのように曇天と寒さ。さすがに「雪が降るほ」どということはありませんが。東京以南の「桜満開」のニュースをそよに、こちらのソメイヨシノは「綻んだ」程度。

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週末と言っても4月冒頭には浪をする習慣はなく、来週末がこちらのお花見はピークか。この分だと満開は来週末になりそうです。
福島県の桜は、浜通りの南端「いわき市」から始まり浜通りを北上して、相馬市に届くと今度は中通りに見頃が移ります。中通の北部福島の桜が咲いたら今度は中通りを南下、二本松・郡山を経て南端の白河へ。その後、会津に移るのですが、以前このような説明を他県の人間すると(地元の人間は周知の事実で別に改めてする必要もないのですが)、中通り?浜通り?と地名の説明や由来から始まったのですが、原発事故の影響で、そのような地域の区分の仕方も全国に知れ渡りました。

当然のことながら、少しも嬉しくありませんが。

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ソメイヨシノはこれからですが、早生系の桜はそろそろ見頃。早めの花を見ながら、原発事故の憂さを晴らしましょう。


4月の福島
ポカポカ陽気で一気に桜が満開の便りです。
みちのく福島にも桜前線が到着したとたんの寒さ、良くしたもので、「季節が逆戻り」「せっかくの桜が」というガッカリ感を慰める言葉が日本にはあります。
「花冷え」
「花曇り」。

となると、言葉を楽しむ間もなく、管理に気を配る作業が出てくるのが、気候を反映して機能している「農業」の辛いところ。

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5月半ばから出回るきゅうりは、今が接ぎ木の真っ盛り。「接ぎ木」と言ってきゅうりの幹に、カボチャの根を接ぎます。カミソリでお互いを切って、きゅうりの上半身とカボチャの下半身をピンで繋いでおけば、一体となって新しい個体が出来ます。新しい個体でも上半身、つまりきゅうりの幹が伸びて、そこから葉や蔓が出て実(つまりきゅうり)がなれば、それは「経済植物」からすれば立派なきゅうり。日本で出回っているきゅうりの大部分は、根はカボチャからの借りものです。多少、自根きゅうりとして自前の根っこのきゅうりのものも出回っていますが、きゅうりの実に白い粉がついているので、すぐわかります。

その接ぎ木をしたデリケートな時期に寒さ、シートで覆い蓋い管理をしっかりしなければなりません。

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その苦労をしながら育てたきゅうり、「ばんばろう!ふくしま」の運搬トラックで、どんどん売れればいいのですが。