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TPPのこと
おおよそ5年前、放射能対策に明け暮れていたころ、「風評被害を含む放射能対策とTPPの対応は同時にしないと」と言う趣旨の発言をして、周囲を困惑させていました。
「前門の狼、後門の虎」、目の前の危機に気を取られていると、思いがけなくも別の危機が迫るということを言いたかったのですが。
地元の大学の風評被害プロジェクトでも同様の話をしたのですが、「震災直後のガソリンのない中タクシーをチャーターして線量を測りまくった」という、大学の研究者のあまり意味のない自慢話にかき消されました。ガソリンがないのにタクシーが走るのは燃料がプロパンガスでストックがあり欠乏しなかったと言うのがオチなのですが。

さて、東電などの失態に次ぐ失態が国民の不信感を呼び、放射能災害に関る風評被害もこれほど重大かつ長期化になるとは当時は思いも寄らなかったのですが、そちらの対応に追われているうちTPPも着実に進んできました。

「鉢巻きや看板を作る業者に利するだけ」と一応反対のポーズだけではないかと言われた反対運動や、国会での可決、条約批准と「担当大臣の直前の引責辞任」代わりに調印出向いた副大臣のパフォーマンスへのバッシングと、あまり品」のよろしくないトピックを挟みつつTPPも迫ってきました。ここにきて、日本に参加を迫っていた米国の大統領候補がそれに難色を示しているようですが、前任者との違いを見せたい予定の行動のようで、あちらでひっくり返ることはなさそうです。もちろんトランプ氏が当選すれば別ですが。

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突然TPPの話題を持ち出したのは、国内の無策ぶり。大変だ、とんでもないことになる、国内の農業は崩壊だと騒いでいたJAのデラックスな大型倉庫、そこにうず高く積まれた化学肥料。デラックスな倉庫とて○○対策事業で建てられたもの。維持コストを考えずに補助金で建設、維持費を稼ぎ出すため資材を販売、そこで儲けるのは構はないのですが化学肥料を販売するような経済活動が、販売・購買活動を通じて何か競争力になるのか、と言う点が気になります。

農業関係者以外に、販売・購買と言う用語を使うとわかり難いのですが、「販売」というのは農産物を市場送り出すこと、購買と言うのはJAから肥料・農薬または組合員(原則として農家)の生活用品などを買うこと。つまり生産資材を売るし生産物を売る、ダブルの儲けを出せるビジネスモデルで○○補助金も貰えて地域ではほぼ独占的な立場。しかし(だから)外国の農産物が来るとお手上げ、とうのはやはり「変」と言うか体質が脆弱。
戦略があまりにもなかったと言うか、鉢巻きを締めての反対行動が戦略と勘違いしたか。

本日は知り合いの畜産農家を訪ねました。

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バター・チーズは関税がなくなると価格が70%下がると言われています。規模では到底酪農大国にはかなわない日本。
しかし、組織に頼らない一匹狼たちは秘策を練っている様子、その効果が表れるのを楽しみに見てています。

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彼らの戦略と夢を聞くうち、パンダ模様の仔牛と目が合いました。中国進出でも考えているのか。
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開花
冷たい風も止んで、晴天時は気温も上がり、桜もほころび始めました。

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皇太子の成婚を記念して名付けられたと言う品種「雅(みやび)さくら)」。濃いピンクと下向きに咲く花が特徴です。「下向き」と言うと何か後退的な印象になりますが、地表に向いてとか地上に向って咲くとかと言うと、なにか皇族方もお喜びになりそうな表現になります。

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ソメイヨシノも咲き始めました、例年より1週間~10日は早い咲き始めです。これから4月上旬桜は楽しめますが、皮肉な言い方をすれば、事前に日程の決めてある「桜祭り」は散る桜や葉桜を見ながらになります。それも風情ですが。

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福島もまだこのような「無粋」な看板も立っています。無粋と言ってしまうと、作業員の皆さんや順番がようやく回ってきた地域の皆さんに大変失礼になるのですが、この看板が取れても中間保管施設か運搬の問題が横たわっています。
中間保管施設の先の最終保管場所に至っては、議論の緒にもついていません。あと何度、桜が咲けば解決されるのか。

集落道路
北海道新幹線が開通しました。遥か以前、東北新幹線が工事中だったころのような「土木工事」の繁忙のようです。津波の復旧に加えて除染や先日伝えた、福島市から東西の高速道路工事。
公共事業はやがて終わり、建設や土木工事の中心はしばらくすると首都圏、東京オリンピック関連に移るのでしょうが。

人口の減少・少子高齢化の中で、経済成長時代の「地場産業は土木工事」と割り切ったような地域振興策は打てるはずもありません。多少のリスクはあってもジリ貧の地域経済のため「背に腹は変えられぬ」と、半農半漁村地帯の原子力発電所誘致は少なくとも福島では大やけど、「安全神話に騙された」と嘆いても後の祭りです。

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多少を不便でも大した産業はなくとも、とにかく[住めば都」と生活するのもまた良し、利便性だけを求めて大都市に人口移動すると、過疎と過密が一気に進み大きなひずみが生じます。
先日書いた、小さな復興部落総出の道路工事。農道をコンクリートで舗装をした「型枠」はずしと舗装未舗装の境目をズリとよばれる砂利混ざりの土で補強します。

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昨年9月の水害で、氾濫した堀もセットで改修しました。

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上り坂も、何とか2トン社程度は通れるくらいになりました。イノシシの専用道路になっては困ります、後は知恵を出してTPPに負けないような農業生産基盤を作りましょう。

日差しは春ですが。2
震災から6度目の春も、うららかと言えないまでもずいぶん春らしくなってきました。そういえば「雨」の少ない春です。

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震災で道路が陥没にマンホールが浮き上がり、コンクリートの電柱が左右に傾き、まるで「ゴジラの通った後」と表現した通りは、一応整備されて、何もなかったような佇まいです。あのころからさらに伸長した街路樹の根元には、近所の住人が植えたらしい黄色スイセンの花が、まだ冷たさの残る風によそいでいます。花の時期からするとセイヨウスイセンか。

ところが、その道の先に進み、住宅地から果樹園に抜ける辺りでは工事中。無粋な交通規制と言ってしまうと作業員の方に失礼です。ここは「復興住宅」、被災地に戻れない避難者の新たな生活の場となれば多少の不便さに文句を言う筋合いはありません。

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ある意味、最もシンボリックに被災を象徴する工事かも知れません。こちらの工事も無地に順調に進んでほしいものです、完成は今年の秋と聞きます。高層の団地ではなく分譲や建売形式のよう、となれば避難者の方の執着地がようやく見えた場所か。ここに落ち着くことに、また葛藤もあるのでしょうが。
日差しは春ですが。
春彼岸も過ぎて、日差しはすっかり春のもの。しかし、連日の強風で、外に出るとなかなかコードが離せません。

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春の日差しで、雪どけ水の河川も日光に反射してここだけ切り取れば春の装いですが、川面を渡る風はまだ冷たく近日中には花の名所になる堤防の桜も、まだ莟を閉じたままです。

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散歩の犬の長い毛が、風になびく様を撮りたかったのですが、なかなか都合がよく犬も動いてくれません。犬を引く女性の上着の厚さで体感温度を感じで頂きましょう。

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日暮れて「おぼろ月夜」でもとりたいと思ったのですが、漆黒に浮かぶ「月」。それなりの風情はありますが、これでは季節感はあまり出ません。
「菜の花畑に入日薄れ」の「菜の花」でもと思うのですが、この時期の菜の花には「トラウマ」のような苦い印象があります。5年前のこの時期、原発事故から約半月経過。収穫するはずだった「蕪」「コマツナ」「キャベツ」等のアブラナ科つまり菜の花類の野菜が収穫期の後も成長し、トウが立って花が咲き、そこかしこに「菜の花畑」が出現したこと。
食べる人がいない野菜の一面黄色の畑は、なんとも残念で残忍。いまも脳裏から離れません。
復興への道筋 2
大型の土木工事が続いています。福島から米沢・山形に至る東北中央道は、米沢市近辺は既に開通していて付け根部分の福島からの分岐と県境、栗子越えが急ピッチです。急ピッチと画えば反対側の東北自動車道以東、太平洋側に行く高速道路、これは相馬で常磐道に合流するのでしょうが、こちらも急ピッチ、トンネルが抜けたの橋が架かったのと「景気のよい」ニュースが続きます。こちら側は計画はあったものの、経済効果から急な実現は難しいとされていた道路ですが、東日本大震災に関わる復興工事として、他県の被災地と合わせて予算が付き工事が行われています。
他県と違うところは、除染廃棄物等の運搬等に有用なこと「貯蔵施設」へのピストン輸送にフル活用されそうですが、肝心の貯蔵施設が用地取得が儘ならないようです。

大型土木建築プロジェクトや「イノベーションコースト」「ロボット産業集積」「洋上風力発電」など華々しい(く聞こえる)プロジェックトをよそに、部落総出の道路工事。

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もともと、昨年9月に北関東と東北を襲った豪雨と水害。栃木から増水した河川で茨城南部で堤防が決壊し、常総などが水害に遭ったことは記憶に新しいところ。宮城でも被害がありました、こちらは北部栗駒など。
当然中に挟まれた福島でも被害はあったわけですが、茨城や宮城が激甚災害に指定され復旧工事のための予算が付いたのに対し、福島の激甚災害は農地のみ。
つまり、道路や河川は自前の予算で復旧しろとのこと。

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したがって、少ない予算を有効に使う「建築資材は市で持つが、労力は受益者」と言う何ともつつましい復旧工事になりました。
決壊した用水にU字溝を入れ、型を組んだ道路に生コンを流し込んで上を均す作業。通っても2トン車までの道路なのですが、念を入れて鉄筋も入れこみます。
公道だろうと言う声も上がりますが、市の音沙汰を持っていたのではいつ通れるかわかりません。このような地域コミュニティの復興もあります。

復興の道筋
日本の年度末の「風物詩」、土木工事。公共事業の予算消化枠に合わせて、今の時期はどこでも「工事中」の看板が見えてきます。

これは、単年度で終わるような工事ではない高速道路「東北中央自動車道」のインターチェンジあたり。水田や果樹園の真ん中で土盛りの上に重機が工事中。

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福島から米沢を経由して山形に至る高速道路、昔で言うなら「出羽路」ということになります。東北自動車道を福島市内のジャンクションで分岐し最初のインターチェンジがこの辺。開通すれば人の流れや商業施設も変わるでしょう。

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マクロで見れば公共事業が及ぼす影響と言うのは、一時的・限定的と言うのが定説ですが、このような大規模工事まして道路とそのアクセスの存在は、その経済エリアにとっては影響が大きく、場合によっては人の一生を左右する地場企業であれば会社の存続にも影響する事になりかねません。

良くも悪くも、この水田や果樹園が工事の完成後も農地であり続けることはないでしょうが、これらの土地が人の一生を狂わさずに有効に使われることを願ってやみません。
土地の買い上げや賠償が多くの人の生活に大きな影響を与えてしまった事例を、震災後の福島は多く見てしまいました。

春まだ浅い東北 2
咲けば見事な古寺の桜も「つぼみ膨らむ」といったところか、日差しは春ながら風まだ冷たい福島です。


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福島県も三春の滝桜、鶴ヶ城の桜など桜も名所は多く、人知れず咲く「隠れ名所」も数あるのですが、避難地域にある「夜ノ森の桜」も代表的な名所。双葉郡富岡町にあって、常磐線夜ノ森駅はツツジの名所でもあります。

かつて、原発事故以前に常磐線を通る特急「スーパーひたち」が、各駅停車しか止まらない夜ノ森駅を経過する際、ツツジを見せるため減速して通ると長閑なローカルニュースが毎年判で押したように放送されていましたが、その常磐線もさらに南の竜田駅以北は普通で、さくらもツツジも除染作業員のために咲くようなものになっています。

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廃業したラーメン屋の家屋を借り入れた(おそらく)、富岡町さくらサロンと言う施設もありますが、最近は出入りする人も見かけません。震災から丸5年経過すれば避難者各々の事情も変わってくるのでしょうが、さくらにかかわる望郷の念は察するに余りあります。


春まだ浅い東北
東京では桜の開花とのことですが、季節の節目になっている3.11を過ぎて春の彼岸、日差しは春ですが風はまだ幾分冷たく「春本番」とは行きません。

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名所の桜も蕾が未だ固く、来週あたりに、「ぼんぼり」や「灯籠」が立って咲くのは再来週か。皮肉なものでもう1.2週あとに桜祭りを企画するのが通例なので、散る桜や葉桜を見ながら桜祭りということが起こります。こうなると、暖冬と言うものも考えものです。もっとも人が考えても仕方のないのが自然現象ですが。

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まだ色のない街にアクセントをつけているのが紅梅、手入れされているのでよく目立ちます。東北はまだ梅の時期です。

公園のブランコでも子供をスマホに収める若い母親。手前の線量を示すボードも昨年秋から更新されず、福島も日常生活は震災以前に戻りつつある6回目の春。

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甲状腺がんの患者数を巡って見解が分かれています。確かにチェルブイリから見ると放射線量は相当少ないようですが、ボードの0.15をここまで下がったと見るか、影響を受けなかった地域より一桁高いと見るか、これも正解のない自己判断になります。



呉越同舟
事の善し悪しはともかく、見解の幅が大きく全くまとまりが着かない原子力政策と原発事故対応。
春分の日の福島の地方紙の1面トップは、「栽培ワラビの出荷解禁」。出荷が解禁になったことは「慶事」には違いないものの、その経済規模とや波及効果からすると、社会面のトピック程度かと思うのですが堂々の1面記事。「事故矮小化への配慮」と疑われかねないような取扱いです。

年中重大事件ばかりあるわけではなく、少しでもセシウムの影響が低下していることの例えとして「県人事より好ましい1面記事」と、何とも複雑な表現をした友人もいますが。

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伊達市と相馬市の境の付近、全村避難の「飯舘村」とも近い場所でADRに慰謝料を申し立てている地域。ここも住む子供はなく、避難先から小学校に子供を連れてくるなりの苦労があるそうです。
集落の片隅にあるモニタリングポストはそう高い値ではありません。これが、飯館村の住民などの怒るところなのですが、線量計で住宅周囲を測るとまだ高い線量が出てくるそうです。
ところがモニタリングポストは、意図的に線量が低い場所に設置し、公表もその数値。テレビでの発表も「原子力規制委員会の発表による」として、それらの数値を使用するため、現実と異なる数値が独り歩きして「被害の矮小化の意図を感じる」と相当怒っている人たちもいます。
事故収束発表の下準備かと勘繰る向きもありますが、よくしたもので、原発事故当事者の東京電力が事故マニュアルの存在を見落とし、「炉心溶融」を「炉心損傷」と一定期間偽っていたなどと、原子力なる危険極まりない技術を扱う事業者とは思えないような杜撰な対応が表ざたになるなど、事故の幕引きなどとてもできない状況ではあります。

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このような混乱の中で、「左が反対右が賛成」と言うような単純な構図ではなく、ここの市の行政の「線量が低いエリアの除染はしない」と言う方針に反対する幟や看板の前に、原発再稼働を目指す自民党のポスターがあったりしています。
もっとも自民党としても、世界一厳しい基準を課しての安全に十分配慮しての再稼働と、原発の事故処理には一線を引いていますが、「安全神話」の舞台裏を見てしまえば、福井の大飯ならずとも「そうですね」とは、とても言いかねてしまいます。

春霞
急に気温が上がりました。もっとも彼岸の入り「暑さ寒さも彼岸まで」の春の彼岸の入り、暖かくなるのがあたりまえの時期になったのですが。


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天気のいい日に、山の向うに見える「蔵王」も霞んで見えています。神々しいような雪の白さが際立つ「遠景の蔵王」ですが、中央部あたりに黒く言えるのは地肌か。

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安達太良の方に目を転じても、春の「もや」で頂きの雪しかよく見えません。

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近景を撮影すると、さすがに「霞まず」青空と青みががる地表の対比が春近しを表しています。
果樹園の剪定が終わり、気の早い園地ではスピードスプレヤー(通称SS)の薬剤散布が始まりました。当然、葉も花もない時期なので木の幹に貼り付いた害虫の駆除になります。
ことには(も?)暖冬で、凍死するはずの害虫が残っている可能性があります。はやめに駆除しないと収穫間際に薬剤散布をすることになったりします。早めの駆除と言うのも「減農薬」の鉄則です。

修行中
つい先般と言うより、情報化社会の中ではもはや旧聞か。ホリエモンが寿司職人の修行何年と言うのは無駄!といって、銀座の有名寿司店久兵衛の店主からの反論を受けていました。

さて、「野菜のおいしさ」の件でプロの調理人とお会いします。有名ホテルの厨房、若い料理人が総料理長から出汁の取り方について仕込まれている最中。
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この手の場面に立ち会うと、古い古いテレビ番組「前略おふくろ様」を思い出すのですが、駆け出しの板前が「萩原健一」ですからそれは古い。
テレビはともかく、このような修行はやはり「料理学校」とも違う、野菜のその日のコンディション、客の入り、宴会の規模等々、いろいろな要素の総合判断ですのでカリキュラムでは教えきれないことも多いのでしょう。
いまどき拳骨はないにしても、「修行」が無意味ということもなさそうです。

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ここの総料理長の自慢の汁(つゆ)。鰹だし以外は動物性は使わないと言うこだわりは化学調味料に慣れてしまった我々一般人にも奥の深さが分かります。
野菜がおいしくないと話にならないと言うこだわりは、野菜生産にも励みになります。
磐越東線
雪を貼り付け走る冬の「磐越西線」のことは以前に書きました。
磐城と越後を結ぶ鉄道ですが、奥州道の交通の要衝、郡山を挟んで東側(太平洋側)が磐越東線、西側(日本海側)が磐越西線。
県内の主要都市会津若松とその喜多方を経て新潟に至り、会津若松までは特急も走る西線に対して、阿武隈山系に点在する中小都市を結んでいわき市平に至る東線は、まさにローカル線です。

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高崎線の送電設備から出火し、首都圏の列車網が混乱したのとは裏腹に、こちらはディーゼルで走るいわゆる気動車。春めいた野山を各駅停車で走ります。
この辺りはいわき駅を発った郡山行が、田村市から滝桜で有名な三春町に入る辺り。

その田村方面から、郡山に向かう途中に正面に見える安達太良山も、二本松や福島方面から見るのとまだ山の形が変化します。

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どの方面から見ても変わらないのは残雪の少なさ、今年の暖冬ぶりが伺われます。
震災以降六度目の春も、そこまで来ています。


春彼岸
嵐のような3.11の関連報道もようやく峠を越えました。
正鵠を突いたものから全く的外れまで、それこそ津波のような報道です。岡山大学の教授が福島県の甲状腺がんの発生割合を「異常な数値」であり、「原発事故の影響とは考えにくい」という関係機関の発表は理解できないと言う趣旨の発表をしていました。
それに対して福島県立医科大学の学長は、専門知識を持った者からすると岡山大学の見解は全く意味を持たないと反論。ただし、専門知識=研究者が学会で研究成果を発表したり論文を書いたりしても、一般の生活者には届かず岡山大学の「週刊誌報道」の圧倒的な広報力には歯が立たないことも反省として上げていました。

かく言う福島県立医大も、長崎大から招いた副学長が直接的に被害者に「安心情報」を伝えようたしたため、逆に反発を招いたトラウマでもあるのか「奥歯に物が挟まった」ような表現ばかりになっていました。
「懸念がある」も「心配には及ばない」も、もっとわかりやすい土俵の上で論じてもらいたいものだと思います。


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さて、3.11の騒動やセレモニーやら過ぎてみるともう過ぐ春彼岸。東電元役員の強制起訴など生々しい話題も減ってはいませんが、「悠々の時」からこの5年を振り返る良い機会かもしれません。
もっとも山門前の墓地も、先の震災で「石塔が倒れた」と5年前の記憶に結びついてしまうところが「人間の性」なのですが。

囲碁対決
グーグルの開発した人工知能「アルファ碁」がプロ棋士を下した話が話題になっています。チェスと将棋と碁の人間とコンピューターの対決が、どのように違うのか分かりませんが、とりあえず「未来が駆け足で来た」と、碁ではまだ人間の方が上だろうと言う予想が外れて、プログラミングの関係者は喜んでいるようです。
一般人は複雑な心境でしょうが、これまで想定されるケースをいちいちプログラミングをしないと、コンピューターは反応してくれません出したが、プログラムを組まなくとも無数にあるケースを、画像解析で取り込んで自己学習してプログラムが勝手に積み上がって来るような解説がありました。
もちろん専門家の解説を聞いてもすぐに理解できるようなものではありませんが。

さて、昨今は「画像解析」が多方面で技術開発のキイワードになっているようで、検索するとそれこそ無数の研究や実例が出てきます。もちろん状況をいちいちキーボードでインプットするのも限度があるので、画像を認識して記憶や分析してくれれば、情報の集積量が飛躍的に高まることは理解できます。

http://lp-tech.net/archives/1925

なにやら、画像処理情報の専門サイト。経産省の発表や新聞報道をもとに、当方の技術が掲載されていました。紹介内容にもあるように「画像解析を中心事業としてやってきた訳ではない」ので、何ともこそばゆいのと、並列でハーバード大の研究成果も載っているので場違いな印象もありますが、当方も「個体情報を画像解析によってデジタル化して、有益な情報に変換する一連の技術体系」。画像だけではなく複数の専門性が高い研究によって成り立つ複合的なシステム構築には違いありません、気後れせずにまいりましょう。
自分の専門分野以外は知らん!とも、言っていられない時代になりました。

6回目の3月12日
毎年のことながら、3月11日近辺になると「嵐のような」3.11特集。今年は丸5年ということで例年にも増してメディアが特集を組みました。当該地域に住んでいるとカーボンコピーのような焼き直しと思えないことはないのですが、被災地の実態を知ってもらえるのは悪いことではないのですが。
しかし、毎回思うのですが、天災である地震・津波と人災である原発事故関連は別の事件として取り扱うべきだと思います。

5年前の震災の翌日は福島市の一部に電気が通りました。余震の続く中テレビを見ると悲惨な津波などの実態が現れました、たしか新聞も届きました。号外のような薄くて大地震の大文字が躍っていました、逆に言えばあの渦中で、編集・印刷と配送・配達を行えたことは驚くばかりです。
原発のリスクはまだ表面化していませんでした。確か東北電力の女川原発の放射能検知装置が異常な数値を確認したと言うニュースがあり、しかし女川原発は津波の被害も損傷もなく冷温停止に向かっていて、周囲の住民が避難に来るくらいの状態で福島原発の放射能漏れの影響ではないかということでした。

いくらなんでも、と思いながら続報を聞くうち、福島原発が「放射能漏」どころの騒ぎでなくなるのを知るのに時間は掛からなかったのですが。

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それでも、事故レベル3から4などと言って政府発表を聞くうち12日に1号機が水素爆発、そして3号機や運転中止中の4号機まで建屋に流入した水素で建屋が吹き飛びました。
その前の週東京の得意先をまわり、順調に生育する春野菜をアピール、「今季もよろしくお願いします」「期待しています」と言葉を交わしていたのが嘘のような、悪夢が始まります。

もっとも住む場所を追われた皆さんからすれば「春野菜」程度の話は何だ、と言うことになるのでしょうが。
一流デパートの地下売り場に「アスパラガス」を納品していた生産農家の方は地震と津波で避難され、東電事故で戻れなくなりました。野菜は大手メーカーのナショナルブランドと違って、何年もかけて信頼関係を作って、売り場の「定番」として認められます。崩れ去るのは一瞬です。

6回目の3月12日もいつものように生活を続ける仮設住宅、1号機の爆発時刻も通常通り過ぎてゆきました。押し寄せる津波に九死に一生を得た被害者談話もまた取りざたされますが、見えない放射能に翻弄され、原子力政策に翻弄され続ける被害者もまだまだ大勢居ますと言うより本質的な解決は何もされていないのが現状。

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仮設住宅の向こうに見える「イオン」は、何もないようにまた盛んに営業しています。ショッピングモールに何の落ち度も罪もないのですが、このギャップが原発被害の被災地をなにより雄弁に物語っています。
3月11日金曜日
まったくお恥ずかしい話です。半月ほど本ブログの更新が出来ませんでした。
「東電から圧力でも!」というご連絡も結構頂きました。そんなことはありません、ブログのIDが使用の形式では使えないと言う誘導に沿って変更をしているうちに、どうしてもログインできなくなった・・・・・という恥ずかしい話。

仮にも「ICTを利用した・・・」と言うふれ込みのプロジェクトを立ち上げた人間のする事とは思えない「体たらく」に、我がことながら情けない限り。もっとも言い訳をすればAI(人工知能)ならば専門家にプログラミングを依頼して、指示だけ出せばいいのですがプライベートのブログは専門家に指示を出す訳にも行かず、ひとりで何とか復旧させました。と言ってもパスワードとIDがヒットしただけの話ですが。

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そのブログの再開の日が、震災から五年目の3月11日、そして五年前と同じ金曜日。五年前の今頃(夕方)は停電でした、取引先から安否を尋ねる連絡、「停電だが、おそらく大丈夫」と答えました。この日から再開する予定の東京行きの野菜便が気掛かりでしたが、運送会社に連絡を取っても状況がつまめませんと言う返事、心配しても始まらないと納入先にも連絡を入れましたがその携帯は繋がりませんでした。東京もパニックだったとのことを後で知りました。電柱が傾きマンホールは浮いていました、幹線道路は交通に支障がなく、ただ信号がつかないため交差点は譲り合っての徐行。「さすが日本、災害時のマナーが良い」と変な関心をしていました。

電気が来ないということはPCが使えず、ラジオで情報を取りながら早めの就眠、身の回りでは人的被害もなく先々に思いを馳せて「これからが大変」とは思いましたが、その時間に原発では冷却装置が機能不全で、メルトダウンが始まっていることなどは到底知る由もありません。


そこから、水蒸気爆発、セシウムの飛散、風評被害と雪崩を打つような地域崩壊が始まります。

2年経った今でも、家庭の軒先に除染廃棄物が仮保管。嵐のような騒動はまだ収束が見えません。」
5年前の3月12日は確か晴れ、午前中に電気が通りました。電気は通ればガソリンスタンドは開いているだろうと思い、行けば給油可能で満タン給油、まだ補給が止まったゆえの例のパニックは始まっていませんでした。
翌々の日曜日は確か雪、朝の情報番組を見ていると、映像が福島原発に切り替わり水蒸気爆発の白い噴煙が立ちました。コメンテーターは口々の大事件を訴えていましたが、これほどの大事故とは当時は予想できませんでした。

3月13日は駅前のホテルでパーティーの予定、主賓扱いでしたが当然中止。ただならぬ惨事の気配が覆い始めていました。