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名残の桜
本日午後は郡山市の磐梯熱海温泉に事業のヒアリングへ。ここは郡山と言っても会津寄り、観光地らしく言えば「奥座敷」、国道49号線で進めば中山峠を越えて猪苗代に出て、猪苗代湖沿いを進めば会津盆地に至ります。

磐梯熱海から福島に戻るには、49号線を郡山方向に向かい途中で郡山の北部本宮市に出て国道4号線を北上するか、磐梯熱海から真っすぐ北上し、母成を経て猪苗代町の東北部、横向温泉に出て国道115号線で土湯トンネルを経て福島に着くコース。

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一般的には平坦部を通る本宮経由ですが、今日はたまたま土湯越えを選びました。トンネル近くまで上ると春を惜しむように名残の桜が満開から散り始め。今年は3月末に東京で咲き始めの桜を見てから、約1月間の観桜でした。

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印象に残った桜も多くありますが、例年より早い開花に、桜祭りの予定の前に咲いてしまい、見る人も少ない中で咲いた見事な桜か。同じ見る人もない中で咲いた桜でも、全村避難の飯舘村の桜は切なさが募ります。





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GWに入りました
大型連休初日の4/29。.昔流にいえば天皇誕生日、みどりの日を経て現在はみどりの日とやら。名称やいわれはともかく、カレンダーに赤い字を増やした思惑で色んな休日が増えました。海の日に続く山の日、そのうち「昭和」の日があって「明治」「大正」がないのは不公平だと言う意見が出てきそうです。

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連休初日から東北新幹線が架線のトラブルで不通になり、混乱しました。こちらは第三セクターの無人駅。何の影響もなく日増しに濃くなる新緑の中に静かにたたずんでいます。東日本大震災ではここも大きな被害がありましたが、約2か月で復旧。津波、壊滅状態、あまちゃんフーバー、復活のルートをたどった三陸鉄道ほどのドラマティックな要素はありませんが、阿武隈川と渓谷を縫うように走るこの路線も住民の悲喜こもごもを祖せて走ります。

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庭先は「つつじ」の季節、「つつじ」「さつき」の違いも定かではありませんが、以前は「あか」「しろ」とバリエーションが限られていたような気がする花も、気がつけば色とりどりです。土手から下がる山吹も景色を黄色に染めています。新緑の未だ淡い緑に山吹の黄色が爽やかに映ります。世に言う「山吹色」は、もっと人間臭く意味深長なのですが。

新緑へ
早い季節の到来に驚いていたら、今度は初夏を通り越して夏のような気温になりました。
全国的に最高気温は「浪江町」の32度、まだネットでは「この浪江の高温は原発事故の影響か」などの書き込みがあるかも知れません。浪江は放射能の影響を受けすっかり有名になりましたが、もともとは原発立地はしておらず3度の水蒸気爆発の、何回目かでたまたま風下、あるいは放射能を含んだ気流の通過時に雨で落下した、などの要因で被災した最近使われている言葉で言えば「もらい事故」のようなもの。

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浪江を通り国道六号線に抜ける「福浪線」が放射線量の関係で不通になっていることもあって、急ピッチで建設は進む高規格道路「除染廃棄物運搬道路」と揶揄されてはいますが、ここでは「復興の大動脈」と書いておきましょう。
掘ったトンネルも改めて見ればいつの間にか新緑のなかです、さすがに山桜も散り終えたようです。

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福島盆地から見て東側が太平洋、つまり原発立地地帯で甚大な津波被害もあったエリア。西が会津方面、原発事故現場からするとからり離れていて、しかも2つの山地・山脈を挟むため線量も上がりませんでした。しかし、米どころにして観光地風評被害の方が甚大です。ここの食品メーカーの社長が要人を前にして「あんたら水俣湾の魚を喜んで食うか」と風評被害を表現した話は有名です。
福島盆地と会津を隔てる吾妻山、吾妻小富士の残雪「雪うさぎ」も、このところの高温の影響でずいぶん痩せてきました。やがて、首と胴が分かれ山肌に消えると本当の初夏が来ます。

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果樹の花の最後を飾る「さくらんぼ」ももう終わり、ただし「実」の方は近在の果樹ではさくらんぼか最も早い収穫です。こちらも根強い風評被害、市場に出さず「個人ブランド」「差別化」で売ってきた農家ほど影響が深刻です。

飯舘村の桜 2
福島と南相馬を結ぶ県道は事故以前より多そうな交通量ですが、側道や迂回路に入ると車にもすれ違うことが稀になります。もちろん全村避難なので歩行者もいません。

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道路沿いの満開の桜を見る人もいません、まさに白昼夢の世界。思えば不思議な光景です。その桜の下では緋毛氈ならぬ黒のフレコンバックが佇みます。

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仮置き場に運ぶ前の仮仮置き場、もしかしたらもう一つ仮が付くかもしれません。
もう少し行くとやっと人の気配、運搬車両の到着待ちか大小のバックホーと2人の作業員の動く影がありました。これでようやく白昼夢から現実の世界に戻ります、何とも切ない現実ですが。

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飯舘の桜
平野部は桃も散り、りんごの花が盛りです。高原の方は、まだ桜の季節。今日は南相馬に所用、福島から南相馬に抜けるのは主要道路は2本。そのうち、川俣町の山木屋地区から浪江町の津島経由で南相馬市小高区に通じる道路は津島地区の高線量で閉鎖、津島は日テレの鉄腕DASHで知られていたところです。
何とか通れるのは飯館村経由、今日は久しぶりに飯舘村に足を踏み入れました。

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全村避難で広く全国に知られた村ですが、このところ全国ネットではあまり見ません。では、問題なく収束の方向に進んでいるのかと言ううとそうではなく、何とも珍妙な光景が続いています。

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人の住まない場所に、住んでいた時より多いような交通量。通過車両と除染関係の車両、村内のパトロール。富よりパトカーとすれ違いました、ナンバーは大分、ここでは非常事態がまだ続いています。歴代首相は根拠に乏しい収束宣言やら安全宣言を繰り返しています、ドローンを飛ばしたくなく気持ちも分からなくはありません、被災地にとっては迷惑な話ではありますが。

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村内各地には仮置き場、フェンスで周囲を囲うでもなく村の主役とばかり黒のフレコンが並びます。

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そして見る人もない場所に艶やかに咲く桜。震災前ならば、平場の桜に飽き足らない人がわざわざ見に来たであろう桜が妍を競うように咲いています。桜の周囲は雑草や雑木が茂ってきましたが、沽券を示すように凛と咲く桜が何とも哀れです。



初夏の陽気
初夏の陽気です。待ちわびていた果樹の開花も順調で、前倒しの農作業に追われています。
ところが、早い季節変動を好まない品目もあります。四季を通じて生産・出荷はありますが、どちらかと言うと冬の野菜に属するニラ。ニラは高温になると生育が早まる反面、葉が薄くなり品質が落ちます。

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ところがこの季節でも、肉厚のおいしいニラを生産している農家があります。空調で温度を下げることは理論上可能ですが、膨大なコストがかかり経営的に成立しません。土の管理、成分管理だけだはなく、有機質や微生物の投与によって生育は早まっても十分な栄養補給によって理想的な品質を維持することは可能です。

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平飼い養鶏の採卵業、もちろん専業のビジネスとしては成立しませんが、堆肥の循環によって野菜農家も救われます。ところがそんなことをしてもマーケットが反応しません、消費者が欲しがるものを流通できない仕組みが我が国には存在します。「既得権を持つことが悪玉の代表のように言われた」「現在の政府は勉強不足」と全中(全国農業協同組合連合会)の会長は最近発売の週刊誌で語っていますが、近くでJA事業を見ているとたしかに悪玉です。ところがそれの上を行く悪玉も、また存在しているのですが。

例年より1週間は早い
桃の花から入れ替わるようにリンゴの花が咲きました。桃の花は、早咲いている気を探すのに苦労するほど。

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福島盆地のシンボルのようなものなので、早く散ってしまうのもさびしいような気がします。摘花、受粉など花が咲いていないと仕方がない作業もあるので、現地では目の回る忙しさ。
農家にお邪魔して状況を聞くと、天候不順で生育が遅れるよりは「気分的には楽」なのだそうです、個人差はありでしょうか。

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追いかけるようにリンゴの花が咲きました。以前も書いたようにリンゴは葉が花の先に来ます。桜や桃と同じ「バラ科」ですが、思わね違いがあるものです。もっとも山桜も葉が花より前に来ると言いますが。

生育が順調でもどこか喜べないのが福島県の農業、先ほどの果樹農家も連日のように報道される東電福島第1原発の事故収束のもたつきに怒りも露わでした。ロボットが2台とも回収できず、またポンプが止まっていて汚染水の海洋流出「ポンプが8台とも止まるのはどういうことか」、これは東電事故現場ではないものの、首相官邸への無人飛行機にもセシウムとなると「首相と言うより原子力行政に対する嫌がらせ」。気持ちは何となくわかりますが、国民の原子力に対する不安をかけたて、またそれが被災地福島に跳ね返ってきます。
桃と梨
例年より、少し早い桜を気にいしていたら、福島盆地は「桃」と「梨」の花の時期になっていました。花より葉が先に出る「りんご」も間もなくです。

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春の嵐と言われていた低気圧の影響もさほどではなく、順調な開花に程よいお湿り。雨や曇天の時は「凍害」の心配はなく果樹農家はかえって気が休まります。一昨年でしたか、白い梨の花の上に雪が降り驚かされたことがありました。ともあれ、順調な春です。

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どうも順調でないのが、福島原発事故現場、格納容器に投入した2台目ロボも回収断念とのこと。別に映像を送ってもらえれば格納容器内のモノを取ってくるわけではないので、回収できなくとも実害はないのですが、事故の複雑さと深刻さを物語ります。東電は「容器の内部がわかった」「大きな損傷はなかった」と太平楽なコメントを残していますが、そもそも事故直後にはメルトダウンも認めず、順調に冷えてますと空々しいウソをつき続けていた会社なので、どうも信用が出来ません。カメラを積んだロボットすら回収できないのが収束作業などとても出来ようもないと思うのですが如何でしょうか。




切支丹の里
宮城県の最南端、丸森町筆甫。この時期桜が満開です、ですから仙台より南でも桜の時期は仙台とほぼ一緒か。この福島県境の地域が先頃いきなりクローズアップされました。福島県に近く原子炉の水蒸気爆発に伴う放射能の拡散ルートにあたったため、比較的線量が高いとされる地区です。

伊達藩の最南端、宿敵相馬藩と隣接するこの地は、歴史的にさまざまなドラマがありましたが、今は林業も畜産も衰退し、静かな過疎の村でした。

過疎を逆手に取った有機農業を推進していた丸森町、東電も宮城県も福島県外の汚染の実態をあまり公表したくない、色んな思惑が交錯した地域でもありました。その辺の実情は語る立場ではありませんが、やはり原発事故は深刻な実情をもたらしたようです。

相馬市市玉野の取引農場から本社に戻る途中に、近道をすれば通る地域でもあります。

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地区中心部の分岐路近くにある観音堂、茅葺きの屋根以外特に変哲のないお堂ですが、マリア観音と言います。キリスト教信者がマリア様を祀ったいわば教会です。説明書きを見れば慶長年間、関が原から江戸幕府成立の頃。この時代の切支丹を「隠れ切支丹」と呼ぶのかどうかわかりませんが、いろいろ経緯のうえこの地の信者も伊達藩の手によって処刑されたようです。

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神仏混淆ならぬ神仏キリスト教混淆、一神教でわが神絶対でさらに偶像崇拝を否定するイスラム過激派が見れば悶絶するような祀り方ですが、神仏とともにマリア様とおぼしき像も祀ってありました。
もっとも多くの神仏を崇拝すると言うより御上の目を逃れる手立てだったのかもしれません。このような歴史をたたえた静かな山村の暮らしも、遥か太平洋岸のしかも他県の原子力発電所事故により一変しました。
2月に東京で開かれた被災三県の商談会、「福島以外は地震と津波に被害で被災三県と言う括りは商談会には馴染まないのでは」と言うと、「本県も原発に関わる風評は深刻です」と、宮城県の担当者が絞り出すような声で発した声が忘れられません。



ふたたび、今年の桜 2
今までは行きすがら見つけた桜の写真をアップしていたのですが、この桜はちょっと知れた名木だそうです。

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農家のヒアリングから戻る途中、節柄あちこちで何とか桜の立札がありますが、ここは20キロ近く先まで桜の名所の表示があるもの、名前だけは知っていましたが、花の節に通りがかるのは初めて、高台の駐車場から写真だけ撮りました。

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「合戦場」の桜と言って、八幡太郎義家と安倍氏との合戦の場所だったらしいのですが、いまから1000年の昔。史実の方は分かりません。もっとも隣接の東和町には追い込まれた義家の籠った山に雪が降り、木についた雪を源氏の白旗と見た敵が退散したとの伝承もあるので、このあたりで征夷大将軍と東北の勢力との攻防があったのでしょう。
平泉の藤原氏の隆盛のさらに前の話で、都の天皇中心の歴史書の中で敵国と位置付けられた地方のことで、敗者から見れば言いたいとも多々あるのでしょう。

1000年前の合戦と言っても、桜の樹齢は推定170年くらい。安倍氏の怨念を鎮めるために江戸時代の人が植えたのか。まわりの桜も一緒に咲き誇っていました。
ふたたび、今年の桜。
昨日まで東京でした。東京は葉桜、そして至るところで福島のポスター「福が満開福のしま」転写の電車の車内広告にのぼり。東京滞在中のトップニュースは「福井の原発再稼働の差止め」、担当裁判官の個性を色々言う向きもありますが、まずは妥当か。ケインズではないですが「神の手」と言うのは確かにあって、科学技術や規制によってリスクは下げられますが、人に手が及ばない領域と言うのもたしかに存在します。
そこに挑戦するのも人類の果たす役割ですが、その動機が原発関連は「目先の金儲け」にしか見えません。

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金儲けが悪いのではなく、儲けるのは勝手だが「人に迷惑かけるな」「かけたら贖え」。人の道もわきまえないのが人類の未来など語るな、と言いたいことが山ほどあるのですがここまでにしましょう。この話題になると福島県民はつい熱くなります。

昨日戻ったら、大気が不安定とのことで豪雨に遭遇しました。散り初めの桜が雨に打たれ地面にたたきつけられるように落ちて行きます。咲く桜も桜なら散る桜も桜、この無常感がまた桜が日本人に愛されてきた所以でしょうか。

ところが、福島でも平地を離れ郊外に行くとまだまだ桜の最盛期。伊達と相馬の境の桜と相馬民謡に唄われた玉野の桜などまだつぼみ。まだまだ桜を楽しめる福島です。

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塚の桜、桜の根元にはお地蔵様が鎮座しています。土着信仰と桜の組み合わせもよく見かけるところです。

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こちらは木の陰に隠れていますが、小ぶりながら立派なお堂が見えます。この様子なら今週末まで花は持ちそうです、きっとこの集落の花見が行われるのでしょう。震災から5回目の春、無為か有意か5年の重みはやはり重いです。土地の人に聞くとこの5年で小学生が半減したそうです。


祭りの夜
11日は「震災の日」とでもいうように、3月11日に限らず毎月11日は震災関連の特集記事になります。風化も困りますが再生に水を差すような報道も困ります。
またタンクから高濃度汚染水が漏れたのに対して「タンクの結露だと思っていた」などと東電も、突っ込みどころ満載のコメントを返してくるので記事には事欠きません。このような会社に原発など危険極まりない施設のオペレーションを託していたかと思うと背筋が寒くなります。「東電と言えば世界最大の民営発電事業者」東電で制御できなかったのならば、誰も原発を制御できない。と言うのならば、やはり原子力発電は現代の人類には荷が重かった技術なのでしょう。
とは言え起きてしまった事故については、「原発を任せた方も任された方も尻拭い」だけはしっかりやって欲しいものです。

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尻拭いの一環、と言えば言葉は悪いのですが、福島に観光客を呼び込もうとするJR東日本や県などが主導する「ディストネーションキャンペーン」のひとつとして福島県北部の祭りの山車を一堂に会して、福島市の中心部の国道などを止めて山車で練り歩くイベントが開かれました。一堂に会すと言っても全部集めたら予算も場所もとんでもないことになるので、趣旨に賛同し主催者のメガネに適った有志とでもいうものですが。

風評被害の払拭が福島の復興の決まり文句ですが、事故現場では融け落ちた燃料棒を調査するためのロボットが調査の途中で動かなくなって回収も出来ないなどと、情けない報道が相次ぎ、事故現場の収束がこのようなお寒い状況な中で寒いに中頑張ってお祭りをしても、風評の被害の払拭よりも「焼け石に水」の状況ですが、とりあえず祭りは当事者を元気づけます。

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夜に映える提灯祭り系の山車が多く集められました。もちろん主催者から費用や謝礼は出ますが、山車を会場まで運ぶトレーラー代や荷物の輸送費かかかるため、赤字を抱えての祭り好きの競演になります。まつり好きと言っても正味3時間程度の出場なので堪能は出来ません。復興にに向けての使命感が支えです。

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これが当方の山車、提灯や太鼓の山車ではなく飾り屋台、前方に武者人形、後方にはこのようなキャラクターもの今日の飾りは「妖怪ウォッチ」子供はこちらの方を喜びます。汚染水と血税を垂れ流す事故現場をしり目に自腹を切りつつの復興への試行が続きます。


今年の桜 7
桜前線も福島を過ぎて宮城・山形へ。テレビの桜の報道も東北が多くなります。思わぬ早い到来でどこも慌てている様子。
東北の最後は弘前城の桜と言う名所が控えています。

福島も三春の滝桜と言う大御所があって、ソメイヨシノより開花が遅いためこれからが見ごろです。滝桜は「ベニヒガンザクラ」と言う品種で樹齢約1000年と、今朝もテレビの取材が出ていました。
そのせいかやはり枝垂桜が身の回りにも多く見受けられます。

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多分品種は違うのでしょう、柳のように垂れているもの、枝が横に伸びるもの、共通するのは花の色はソメイヨシノより濃い目でしょうか。

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柳のように風になびく桜も風情があります。
観光の復興を願ってJR東日本がディストネーション・キャンペーンと銘打って集中企画が4月1日から始まっています。今週末は福島の花見山に行く観光客が多いでしょう、散り行くソメイヨシノの時期です。それに合わせるように福島駅前では福島県北部の祭りの山車が集められます。私もそれに参加の予定です。

今年の桜 6
福島市中心部のソメイヨシノは満開から散り初め、週末は花吹雪か。
例年になく駆け足だやってきた今年の桜、「遅いよりは早い方が」と言えなくもないのですが、やはり少々のずれでも「笑う話」になってしまいます。ここが少々の気象変動でも「時期」がずれることによってプランニングが台無しになる農業との共通点。
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近燐の神社の桜の木、ここは福島の中心部からは7.8km離れているので「もう直ぐ満開」の状況、週末見頃かと思えば恒例の花見祭りとそれに合わせた例大祭は翌週とのこと。奥まった場所で住宅団地の陰に隠れてしまい、遠くからは見えません。近くの人たちが「知る人ぞ知る」と言う隠れた名所。細やかな細やかな「地元商店街」が設置した赤灯篭も所在なささげです。

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神社前では例大祭に向けての準備中。それにしても「間が悪い」神社関係者のため息が聞こえそうです。

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参道整備のバックホーも桜を散らさぬようにと気をつけながらの作業、団地の住民も「寒いときにやっておけば」と言いながら通りがかりますが、文字通り「あとの祭り」。
このような事を繰り返しながら、人間と自然との折り合いが続きます。今年の例大祭は葉桜かも知れませんが、それも一興、桜が散ると「もも」「梨」「りんご」そして新緑です。

今年の桜 5
相変わらずの花冷えですが、今年の桜はいたる所で満開です。低温で花のもち良いようで、週末まで咲いているか。でないと今年の花も見ごろはウィークデーで、週末は咲き始めと散り初めになりそうです。ま、パッと散るのも桜らしと言えば言えるのです。

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桜の名所に出かけるわけでもなく、でもいたる所に「見頃の桜」があるので、道すがら楽しんでいます。花曇りでどんよりしたくもの下の桜も良いのですが、雲の切れ間の青空の桜。作業を委託している福祉施設の桜ですが、下から青空を写せば背景の心配はいりません。

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これもよく通りがかる公園の桜、手前の像と池、橋と桜でその背後に新幹線の高架。これだけ被写体が揃うと本来は、通りがかりの車の窓から、とはいかなくなります。将来、原子力災害でも落ち着いて時間が出来てから、ゆっくり半日かけての撮影をしたいものです。
原発事故現場のプール水温が異常上昇したなどまだネットで話題になっていました。新設したモニタリングポストの異常に高い数値と関連付ける向きもあります。設置した県では、器具の不具合で実際の線量の上昇ではないとしています。もちろんそう願いたいのですが、わが県には「SPEEDI」での前科があるのでそのことをつかれると県民としては弱いところです。

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その桜の後ろにいる「もも」もほころび始めました。寒の戻りと言いながら厳冬期の平均気温が高かったからか、「もも」も開花を急いでいます。なし、りんご、さくらんぼとこれから一気に咲き乱れるのですが、平年より少々早いのが気になります。遅霜そして冷夏懸念、天候上の心配は杞憂で終わりますように。


今年の桜 4
花冷えの一日、そして小雨模様。福島も開花から4日の異例の速さで満開になりました。
満開の桜と言っても、ソメイヨシノの標準木の話、場所によって品種によって咲き方はまちまちです。

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郊外に行くと、「マイさくら」とも言うように、農家の庭や背後に桜の木が植えられ妍を競っているようです。しだれ系が多いのは三春の滝桜の影響でしょうか。桜などは種から増やすのではなく、挿し木や接ぎ木、了解を得きれいな桜の枝を頂いて来ればクローンはいくらでも増やせます。

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ビニールハウス越しのしだれ桜、花の色や枝の垂れ具合から三春滝桜系のようです。

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こちらは吉野系か、この近隣はまだソメイヨシノは咲いていないのでソメイヨシノではなさそうです。土に落ちて目を出した実生でも、偶然きれいな桜が咲くこともなくはありません、由来など調べようもない古木も土手を守っています。

農家の際先や周囲の土手もそうですが、マイさくらはビルの屋上にもありました。福島駅前のホテルと百貨店が入る複合ビル、これはソメイヨシノでしょう。このビルが出来てかれこれ40年、福島駅前を見守ってきました。

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4年前の3月13日は日曜日、このホテルでパーティーの予定があって、一応私も主賓の一人でした。前々日の大震災でパーティキャンセルの連絡の前にホテルから水道が止まり料理が出来ないとの連絡。前日12には早くも1号機の水蒸気爆発があり、苦悩の日々が始まりました。


今年の桜 3
今年は4月4日が土曜日にあたったため、小中とも公立は6日が入学式。
式が2日遅れたのと、例年より桜が早かったので桜の下の入学式になりました。以前は入学式の桜など、東京以西の出来事かと思ったら東北福島でも、状況が会えば桜の下の入学式も可能だと言うこと。これも温暖化の影響か、何せいまや石狩平野が穀倉地帯です。

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8分咲きの校庭の桜、背後の温室はきゅうりの定植が終わり、ここでは春を通り越して夏を待っています。

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新一年生は型通り真新しい制服に黄色の帽子、紫のランドセルは自分の好みか親の趣味か。親の意向を素直に聞くのもこの頃まで。

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中学生になるといろいろ自我も出てきます、学校指定のカバンを背負うにも1年生に入学当初、やがて色とりどりのリックに変わります。もっとも、最近の中・高生が学校の行き帰り背負うのは、DAY PACKと言うのだそうで、RUCK SACKとは別物のようです。
長男の中学入学時は震災の直後、3.11から3週間余り。登下校はマスクを義務付けられた戒厳状態の式でした。外の部活は制限が付き、新入生はインドアのスポーツを志向しました。教室の机を片付けてソフトボールのバッティング練習が夕方のニュースで流れました。野球部は甲子園のDVDばかり見せられたとのこと、駒大岩見沢と早実の決勝戦はボールカウントまでそらんじられたとのこと。顧問も青空の下でノックバットを振りたがったに違いありません。

今年の桜 2
東北の桜らしく「花冷え」になりました。
この夜桜は、花の名所でも何でもない工場の正面玄関前、私がよく通りがかる道路です。ここの工場は春には桜のライトアップ、夏は提灯を下げて季節を彩ります。消費財メーカーでもないので宣伝活動と言うより地元貢献、今年も桜の開花に合わせてライトアップが始まりました。

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夕暮れ時の3分咲きの桜、奥羽本線の踏切を渡ると緩やかな下り坂、ここの道も旧道でそう交通量が多い道ではないものの流石に夕方は赤いテールランプが続きます。

2時間ほどの所用を終えた帰路は、すっかり暗くなっていて3分咲きの桜に投光器の光が当たります。昨年の暮れ、東京の目黒駅から待ち合わせ場所に行く途中目黒川沿いを通りました。特に変哲のない住宅地とも商店街ともオフィス街ともかない場所との印象でしたが、先頃てテレビで見ると東京有数の桜の名所とか。桜は街の表情をその季節には一変させます。

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たまたまこの夜は皆既月蝕。咲きかけの桜と月蝕のアングルを探しましたが方向が逆、それはあきらめました。あと1週間その間何度この道を通るかわかりませんが、工場の住民サービスを楽しみたいと思います。

今年の桜
福島でも週末に合わせるように桜が咲きました。10日頃かと思っていたので1週間くらい早めです。桜もビジネスも(と言えるほどの実績もないのですが)その時の状況で、なかなか花が咲かなかったり、たちまち花が咲いたりします。
今年の桜は一気に咲いたケース、あやかってこのあと何回か桜の話題です。こちらのビジネスが不調なのは、「全て東電が引き起こした放射能災害のせい」ビジネス含めて遠慮なく満開の話を書いて・・・と、有り難い助言もありました。ビジネスはともかく、5年目の福島の桜を描きます。

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まずは我が家の庭の桜。桜の木が2本あります。こちらはソメイヨシノ、長女が高校の合格祝いに植えました、その娘は今日大学の入学式、それを祝うように咲いてくれました。
普段親しくしている友人は2人の愛娘が初年と今年大学入学、入学式は?と聞くと「付添は高校まで、大学は親がついて行くとこではない」と言う見解。
なるほどと思って、こちらも遠くから記念の桜を見ながら祝っています。

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こちらは長男の小学校の入学の時に植えたもの。桜を植える時期としては遅れたので、ホームセンターで売れ残りのような苗木を買ったものの、桜だけはすくすく伸びました。「雅桜」と言う品種、後で調べたら皇太子妃の成婚祝いに「雅」の字を入れた由緒正しき命名の品種、艶やかな濃いピンクの花をつけます。
ちなみに長女の中学の入学祝には柚子を、長男の高校入学のときは桃を植えまし、折があればご紹介したいと思います。


有機農業
農家をお訪ねすると、いろいろな苦労話を聞くことが出来ます。先日NHKのローカルで、農業の先進事例として取り上げていたJAのある須賀川市。農家に聞けば「さほどでも」と素気無い対応でしたが。

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冬野菜の収穫を終え、温室内を整地してこれからの作付を始めようとするところ、地面の上になりやら転がっています。聞くと「木くず」、確かに大工さんが掛けた鉋(かんな)屑のよう。
これから温室を閉め切って、密封性を高め(もともと相当の密封空間ですが)木くずを燻して煙を充満させるとのこと。それによって土の害虫を退治する目的だそうです。燻蒸防虫剤と言うのはありますが、鉋屑で防虫するというのは初めて見ました。温室内は害虫が寒さでで凍死することがないので、春以降爆発的に増えることがあります。
考えてみれば究極の「低コスト」そして「無農薬」農業は色々な創意工夫のうえで成り立ちます。たしかに、農薬を売りたいJAでは教えてくれません。

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近隣の別の生産者、これまで私設の直売所を開いていました。鮮度で遠くからの買い物客も集めていましたが原発事故以来、地元産の農産物を買い控える人が多く売上が回復せず閉店。農家のお手伝いをしながら再起を期しているそうです。原発事故から4年たっても悲喜こもごもの状態が続きます。
先ほどの害虫燻蒸の農家も、有機減農薬を求める客層ほど「福島産を避ける」ことが明白になる現状で、ひたすら遠い春を待ちわびています。
稲荷神社の春
高名な宗教研究者の著作によると「火事喧嘩、稲荷伊勢屋に、犬の糞」という言葉があるそうで、これは昔の江戸の町にどこでもあったものの例えだそうです。火事・喧嘩は江戸にはつきもの、商標など無い時代「伊勢屋」とういう屋号の店もどこかしこに有って、商売にご利益があるとされる「稲荷神社」も、どこ其処に祀られていたということです。
銀座の街だけでも、あちこちに小さな祠がありその多くが「稲荷神社」であるそうです。銀座に限らず、ビルの谷間に赤い鳥居を見かけることはよくあります。

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3月31日は旧暦の初午(はつうま)、実家近所の稲荷神社はこの日が春の祭礼です。と言っても何があるわけでもなく、30軒足らずの氏子が掃除をして赤飯とお神酒を供えるだけ。
銀座のビルの谷間(ビルによっては屋上にもあるそうですが)の赤鳥居のようなきれいなものではありませんが、氏子手作りの朽ち果てそうな鳥居越しには「田舎の春」がよく見えます。

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平日でも学校は春休み、川向こうの土手では子供たちが何かをを始めるようです。ゆっくりと、まったりと流れる時間のなかで時間が許して、あるいは祭礼の当番で集まった氏子は、地域の行政のこと最近亡くなった地区民のこと、転任した学校の先生のこと、とめどのない話で一時を過ごします。メディアやネットでは得られない貴重な情報でもあります。

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相当に狂いが生じて、戸の立てつけも悪くなったに社には、祖父が生まれてきた孫の健やかな成長を願って奉納した五色の旗が飾られています。奉納した祖父も既に逝き、孫もこの春巣立ちました。
一見寂しいようで、この上なく豊かにも見えるこのような「春」の存在も、だんだん少なくなりました。