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春待つ人たち
何年か前、地方の酒蔵や工務店や土建業が消費の低迷や過当競争から、異分野参入で「きのjこ」業界に参入が流行ったことがありました。もちろん原木きのこではなく、施設で作る栽培で、酒蔵は菌の取り扱いには慣れてる土建業は施設を作るのはお手もののと言うような理由で、余剰労働力の受け皿のもくろみもあったようです。

まずは、安易に参入するのは「失敗」「撤退」と相場が決まっていて、いまも残っているところなど数えるほどです(少なくとも私は知りません)。農家よりは、少なくとも企業体質で取り組むので競争力があるはずだと考えたのでしょうが、さらに強固な企業体質をもった「きのこ産業」の敵ではありませんでした。ここで競争力を見せつけ一気に全国ブランドにのし上がったのが「雪国まいたけ」「ホクトのしめじ」等々。

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価値組みの「雪国まいたけ」は今会社が揺れているようです。大塚家具ほどではないにしろ「経済誌」で企業の支配権の争奪が取りざたされています。いつまでもカリスマの影響力で企業を維持発展させることは難しいようです。

きのこ関係者からは、「雪国まいたけの舞茸など本当の舞茸ではない」、とずいぶん言われましたが、低コスト量産量販でスーパーにある舞茸は「雪国まいたけ」。一般的な消費者は、「舞茸=雪国まいたけ」だと思ってしまいます。


2月も最終日、雪の吾妻連邦にはまだ冬の厳しさ、雪で覆われていますが、先日も書いたように麓では春待つ農作業も進んできました。

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枝を切り揃えた桃園では、春の陽気で芽が膨らむのを待っています。農家に言わせれば「あと1.2回は雪がある」と言う予想。もっとも雪の少ない「暖冬」だと、その夏は「冷夏」になると言う傾向があって、寒いときは寒くあってくれと言う農家の願望かも知れません。リンゴは主産地が青森や長野、寒冷地と言うことでもわかるように比較的寒さに強いのですが、夏の桃は寒くては商売になりません。

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廃園も目立つ果樹園ですが、秋のうちに耕うんを終え、春を待つ水田もあれば、放棄によって茅が茂る水田(?)もまだら模様です。
さらなる米価の下落でこの先どうなるか想像がつきません。なんとも、複雑な春もそこまで来ています。」



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経済県都
滋賀県が、イメージアップのために「近江県」に名称を変えたいとか。遠方から見ると琵琶湖県などの方がもっとわかりやすいのですが。
各県ともいろいろ事情があるようで、隣県の宮城・山形などは、それぞれ行政や経済が仙台市や山形市に1局集中で、それ以外の地域の活性化が望まれているようです。

福島は以前から多極分散で、行政機構が福島、経済が郡山、人口集積や産業がいわき、歴史や観光が会津若松とそれぞれ特徴を持った機能が分散していました。

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今日は、先日参加した商談会事業「スーパーマーケットトレードショー」の事後研修のために郡山まで。福島の中央部、交通の要衝でいわきと会津若松を経て新潟に抜ける国道49号線と、東北の大動脈国道4号線が交差するのも郡山です。

因みに福島市から4号線を分岐して山形・秋田に至るのが国道13号線。福島の道は、4とか49とか13とか数字が良くないとは言われていましたが、現在は道路の長距離移動は高速道路、国道〇号線の表現も少なくなりました。

今日の郡山は地吹雪模様、大荒れです。それこそ49号線沿い五百淵公園の公園の池も大荒れです。郡山は開成山なども含めて池の多い街、福島なら郊外の十六沼くらいしか思い当たらないのですが。
明治以降猪苗代湖からの疎水で発展してきた歴史からか、溜池が多いのでしょうか。

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会場はコンベンションホール、ビックパレットの会議室。駐車場からの通路も含めて「近未来」を意識した建造物ですが、震災直後は避難所になりかなり悲惨な光景でした。コンクリートフロアにシート敷き衝立代わりの段ボール、構造物が近代的だと食うや食わずの生活とのギャップが一層衝撃的です。

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その前の道路もお決まりの「除染中」、近隣には仮設住宅もあり、「何を今さら」と思わないこともないのですが、これも行政の役割なのでしょう。
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また、しつこく東電のこと
2月も残すところ2.3日。それでなくとも短い月ですが、その下旬ともなれば「季節の変わり目」があちこちで顔を出します。
果樹園の枝整理も進み、今年の収穫に期待を寄せる人、そしてその果樹園に別れを告げる人。

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春を待つ準備が進む果樹園の一方で、木を伐り残枝を燃やす人。やはり、遠くから写真を撮るのが精一杯で顔見知りでも挨拶には行けませんでした。

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普段は気さくな人でも、会えば言葉に詰まる場合もあります。

ここから前回に続き今回も東電の汚染水の問題。福島第1原発廃炉カンパニーの代表者が、経産省を訪れ副大臣に謝罪したとのこと。謝罪の相手が少々違うのではないかと言う気がするのですが、前日福島県知事が公表の遅れに「遺憾の意」を表していたことで、福島には来難かったのか。
そこでまた県民は怒るわけです。外洋流出を公開してこなかったことに「漁業関係者は信頼関係が崩れた」と発言したようですが、ここ4年の動向を見ると、そもそも信頼関係があったかどうか疑わしいものです。
昨今の農業情勢からすると全部をそこに持って行くことに無理はあるでしょうが、大雑把に言えばこの廃園も[原発事故の影響大」と言えるものです。不幸の連鎖はまだ残念ながら止みそうにありません。
ちょいと「東電」、漁業だけの問題ではない
「汚染雨水が外洋流出」との報道がテレビ・新聞で駆け抜けました。これでまた、風評被害の解決が遅れると漁業関係者の怒りのコメントも同時に報道されます。

ところが問題は、その週出もなることながら東電は昨年4月に事実を把握しながら公表してこなかったこと。考えてみれば4年前の事故以来ダダ漏れ状態だった汚染水、いまさや2号機の雨水云々は全体量から見れば大した量ではありませんが、東電によると「原因究明、対策を優先させた」と言いつつ、要は「また隠ぺいか」と思わせる事実が明らかになったこと。

つまり、漁業・農業・食品産業等が「いわゆる風評被害」の払拭ということで、懸命の努力の最中に事故加害者たる東京電力の隠蔽体質が見え隠れすると、事故被害者の自助自立に向けた努力が「吹き飛ぶ」と言うことになります。

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汚染水が内陸の農業とどう関連があるのかと言うことになるのですが、「東電は都合の悪いことは隠す」と言う体質が明らかになると「もっと隠している可能性ががありますよね」と一般の人が思うのは当然です。
どこから財源が出ているのかわかりませんが、お米の「天のつぶ」はじめ福島県産の農産物のさかんなPR活動すら逆に消費者懸念を煽ることにもなりかねません。

事故前はめったに見かけなかった果樹園の廃業も目につきます。果樹農家が永年かけて培ってきた「果実の個人販売」の回復がはかばかしくないと聞きます。
永年のお付き合いで「おいしいのは分かっているが」福島産を他人に贈るのはどうも、と言う消費者心理が「東電の隠蔽」が輪をかけます。

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抜かれた果樹の根、切られた果樹の幹が至る所に見られる様になりました。重機で抜根しチェンソーで輪切りにするのは1日で済む仕事でも、何年もかけた苦労の農作業の全てがそこで終わります。
ちょいと東京電力、魚業関係者にだけ謝れば済む話ではない。県も形式的なクレームばかりでは済まない、もっとも新知事は事故直後放射線量の放出データを出さなかった人ではありましたが。

除染の後
早春と厳冬が交錯する時期になりました。2月の下旬ではそう春は感じませんが、春待つ気配は伝わってきます。
面的除染と言って、道路、公園等公共の場所は各所轄でで除染するとして、私有地はブロック分けをしてブロックことに一斉に除染します。空家の例外ではなく、持ち主を探し出して除染して行きます。
ところが宅地や店舗に比して広大な農地は位置づけが少々違うらしく、いくら住宅地の中にあっても地目が農地であれば対象外です。

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ところが、家庭菜園等の農業利用をしていても地目が雑種地であれば除染対象になるらしく、勤務地の関係で長らく放っておいた土地で菜園を始めることになって知り合いがいます。雑種地であったため除染の対象になったのですが、表土をはがれ砂を入れられ農地としては1から出発です。

相談を受けたので、「先ずは堆肥」と先月雪解けの合間を縫って何とか搬入は終えていました。初までには全面に撒いてうない込んで(土に混入すること)下さいとお願いしていたのですが、久しぶりに行ってみると無事にうない込みが終了していました。

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堆肥の発酵は進めてあるので、このように高い密度でも大丈夫。土の団粒化も進みます、土が固まらなくて、水や空気が入りやすい構造を団粒化と言います。
この状態だと、直ぐにでも作付出来ますが外気温や地温の関係もあるので、凍害の影響もあるので、あとひと月待ってジャガイモの植え付け辺りからが無難でしょうか。
作物はなくとも、土の中で有機物と微生物はしっかり仕事を始めています。この夏・秋までには、表土を剥いで砂を入れた土地とは思えない、豊穣の実りをお約束します。
国家権力
農家などに伺うときには、仕事で家を出ている時間を避けてお昼の時間帯、昼食を済ませたころに伺うことがあります。
具体的には、12:30~40分頃、「ご飯は?」と聞かれ「コンビニで済ませた」と答えるのが常ですが。で、茶の間で懇談1時ころから本題になるのですが、そこのところで点いているのがNHKの朝ドラの再放送。世間話には格好の「ネタ」になります。

昨今、一昨年の「あまちゃん」あたりからはヒットが続き、新聞やネットでも話題になるので、普段見ていなくともなんとなく話題にはついてゆけるのですが。

さて、これも好評とういう「マッサン」これを出先で見ているとドラマは戦時下の模様、スコットランド人のヒロインが特高に言いがかりをつけられ連行される様子。松の廊下に至る吉良上野介の「嫌がらせ」ではないですが、これを見ている視聴者はかつての国家権力の理不尽さに怒り心頭でしょう。

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さて、現代の福島。ここも相当な理不尽がまかり通っています。さすがに強面の特高警察は居ませんが、黒を白と言いくるめるような不可解な人たちがいます。原発事故の全容は明らかにならないうちから収束宣言を出したり、汚染水がダダ漏れしている報道が相次ぐなか「コントロールされている」と発言したり、またどう考えても現実的な被害が発生していても「中間指針」をたてに賠償を拒んだり、その中間指針をもとに出た和解案を拒絶したり、相当の理不尽さの中に福島はあります。町の中にこともなげに除染で出たごみを入れる「フレコンバック」、誰も気にせず日常生活、それがいいのか悪いのか不明ですが理不尽慣れだけは避けたいものです。

雨水
19日は二十四節季のひとつ「雨水」、この頃から雪が雨に変わります。とはいえ昨年の今頃は記録的な大雪で、残雪の中で生活をしていました。

さすがに今年はそのような残雪もなく、雨水に似つかわしく「みぞれ」、徒歩で歩くには少々難儀ですが。

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プランターの黄色い花は朝方の雪とそれに代わるみぞれに打たれで、雪の中に咲く花のようです。三寒四温にはまだ早いのですが少しずる春の色も見えてきました。

通りがかった学校もなぜかグランド整備、多くな大会がある季節でもないのですが、木製のトンボで整地をしています。

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以前は公立学校は「地域に開かれた」を合言葉に、道路から素通しのように学校の様子が見渡せたのですが、個人情報保護や犯罪に巻き込まれるリスクの低減などで、外から遮断されたような塀やブラインドで中身が隠されるようになりました。
元気に走り回る子供を見るだけで、その地域も元気になるように思えたのですが。親も子もそして地域も窮屈になってきたのかもしれません。

不気味な予兆
地震が続きます、震源地も大きな揺れも青森方面で、南東北は「揺れました」程度なのですが、広い意味で「東日本大震災の余震」などと言われると、やはりいい気がしません。

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先月末から吾妻山の噴火予知の警戒レベルが上がりました。と言っても「火口付近で小規模な噴火の可能性」と言ったもので、日常生活に自由・不自由と言う類ではありません。
幸か不幸か雪に閉ざられる季節で、これが行楽シーズンともなれば昨年の御嶽山の記憶から、二の足を踏む人たちも出て切るかも知れませんが。
この写真の中央部、一切経と言われるところから噴煙が上がるのですが、雪と雲とで肉眼では確認できません。このまままた深い眠りについてもらいたいのですが。

福島盆地、福島駅の西側からの撮影です。レンズを少し南側に振るとビルの工事現場です。

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おそらくは、この前新聞記事になっていたビジネスホテルチェーン。全国的に有名、いつも帽子の女社長が有名なところです。
震災以前からですが、駅周辺も随分ビジネスホテルが経ちました。あおりで地元資本の商人宿上がりのホテルはほとんど姿を消しました。火山活動はともかく経済活動は活発です、廃業したホテルは更地になって新興企業や賃貸住宅になりました。熱い企業活動は地域を救うか、極寒と灼熱の間に心地よい「春」が見えてこないのが気になります。
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もう一方隣は「なめこ」専業業者、山林に自生するきのこではなく購入したおがくず等に菌をまぶして(表現が適当でないかもしてませんが)発生させます。もちろん冬は加温の必要があるので封鎖空間です。

絶対かどうかは分かりませんが、常識的には放射能の影響など受けようない生産方式。しかし福島県と付けば地域・方式に関係なくあるのが「いわゆる風評被害」。しかも東電の賠償は足かけ2年遅れ、「JA」を通す方法と「県の外郭団体」を通す方法と2種類あるそうです。「賠償があるだけいいですよ」と声を駆けたのですが慰めになったかどうかは定かでありません、資金繰りなど大変だと思います。

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その中で商品開発もしてました。逆に構図がわかりやすいのでローカル局の取材も入っていました。

さて、当ブースでは「ほうれんそう」のボイルの試食。ボイルと言っても熱湯で湯がくだけ、絞って切って終わりです。
調味料も一切なし、野菜本来のおいしさのみの勝負です。

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写真に写る、電気釜、タッパーは他の出展者の「用品」、味付け無の試食はこの広い会場でも例のないものだと思います。
「甘い」[おいしい」試食者からは判で捺したような回答が来ます。しかし、それでも福島産と言うだけで販路が出来ません。ある中食事業者の話「うちの業界のお客さまは産地を選べないのですよ」、つまり〇〇産という選択肢はなくて中食業者つまにケータリングの××(株)という看板でお弁当なりセットメニューを契約すると言うもの。その中の食材で契約者(顧客)の意に反する産地があると、クレームや契約解除の対象になるのだそうです。おいしんですけどね、と本当に気の毒そうにこちらを見る試食者、「いえいえ決して御社のせいではありません」と声を絞り出してお礼を言います。

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スーパーマーケット・トレードショーは国内最大級の商談イベントですが、会場内は原則撮影禁止。大手を振って写真を撮れるのはPRESSの赤い腕章をした関係者のみ、どうみてもPRESSと思えないような人もいますが、何かの理由で事務局が許可したのでしょう。

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ですから、出展者と言え写真を撮れるのは「記録用」の名目で自社ブースかせいぜいその周辺、知り合いのブースに行って「参考のため」と言えば撮れますが、開催規定からいうと微妙なところ。

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両隣は「きのこ」関係、やはり風評被害がきびしい業種です。業種毎、出展者毎にいろいろなドラマがあります。途中開かれたレセプション、「関東地方では風評被害が緩和されつつありますよね」発言の主を見れば経産省関係者。出展者の怒りに火が付き「何の根拠だ」「少なくとも私は気にしません」「だったらお前が全部食えよ」不毛な論争だと思いますが、事故被害者たる出展者の怒りも分からないではありません。出展の3日間当ブースでも「お宅が福島じゃなかったら」との声をいくつか聞きました。
今年も行ってきました
国内最大級の商談イベント「スーパーマーケット・トレードショー」。東北3県復興枠に今回も採択され出展しました。

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東北3県と言うものの、先の大震災の被災3県。上の写真左のオレンジのゾーンが「宮城県」ブルーのゾーンが「福島県」。暗い色を割り当てられるのは原子力災害があるせいか?福島県からの出展者同士の会話です、ちなみにわたしは聞いていただけですが。
となれば、具体的に異なる被害を被っている福島と、自然災害だけの(それはそれで悲惨な津波でしたが)他2県と異なる対応をすべきとも思うのですが、他県の関係者に聞いても「我々も風評被害はあります」とのこと。全く深刻です。


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復興支援イベントで「顔見知りが増えた」というのも、何とも情けない話でもあるのですが、情報交換と言うメリットもあります。中堅企業は東京に事務所を設けての営業活動、今は千葉県民ですと言う知り合いもいます。同じ福島でも「会津」となると新幹線からの乗継があるので大変です。隣のブースはいわき市から、いわきも上野から特急スーパーひたちでのJR利用です。今回のイベントで元気が良かったのは北陸石川、ちょうど北陸新幹線の金沢延伸とタイミングが合いました。

日本各地、地場産品の売り込みに相当な費用をかけて躍起です。相当なハンデを背負った福島、頑張らねば!




立春が過ぎました
「立春」が過ぎると今月の24節季は19日の「雨水」。雨水は雪が雨に変わる頃と言われますが、雨を含んだ重い雪は生活には大敵。雪の重みで建造物が壊れます。ちょうど1年前の大雪のビニールハウスの倒壊、畜舎・堆肥者の被害はまだ残っています。

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とはいえ、立春が過ぎると温度計上の気温は変わらなくとも、日脚のせいか何か春めいてくるのも事実、晴天の土曜日通りがかりにネコヤナギを見つけました。極寒期の「春の兆し」は、雑木林の「まんさく」の花か庭先の福寿草なのですが、ことにはこのネコヤナギが最初です。

面識のない旧家風の屋敷の門柱先だったので、少し離れて「望遠で撮影」させていただいたのですが、隣の家でまた無粋な作業中。ワゴンや動力装置の積んだトラックが止まっていつと思えば「除染中」。居住者にしてみれま、「やっと順番が来た除染」なのでしょうが、間もなく4年経過の年月を考えるとやはり複雑なものがあります。

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27年度の福島県の予算も「風評被害」と合わせて「風化対策」、この情況を忘れるなという情報発信も力を入れるようです。忘れてくれと言ったり、忘れるなと言ったり微妙な舵取りになるわけですが、「コンサルタント会社」「広告代理店」のカモになら無いようにお願いしたいものです。
果樹園の最後
果樹は永年作物。毎年種をまいたり、苗を植えるわけではありません。
その代り、木が育つまで相当な年数を要します。マッサンのウヰスキー造りではありませんが、相当期間資金が寝るわけです。

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ですから、果樹園の木を切るということは「廃業」「離農」と同義語とも言えます。永年育て、管理してきた木を切るのは「忍びない」「わが身を切るよう」と言う農家心理は決して誇張ではありません。
そのような現場に出会わすと、知らない人の果樹園であっても、悲しみが伝わってくるようです。

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いつも通った場所であっても、木が無くなると見えなかったものも見えてきます。そして永年育てた果樹の整理をする農家の方は「泣いている」ようにも見えます。
一時期畜産は販売額が必要経費、平たく言えば「エサ代」に食われて「倒産」「離農」が相次ぎました。いまは需要の低迷から「稲作」が不振です。比較的安定していると思われた果樹経営。やはり、福島をおそった「風評被害」は深刻かつ強烈でした。
2月の声を聞くと
相変らず寒さは厳しいものの、ずいぶん日足が伸びてきました。冬至の前後は4時を過ぎると薄暗かったものが、5時でもまだ明るさが残るようになりました。
今時分、果樹農家の顔を見ると見事に日焼けをしています、雪焼けです。冬場は果樹の枝の剪定と決まっていても、雪がなく土が見えると、剪定より堆肥散布や枯れ根の掘り起こしなど、土の上の仕事をしてしまいがちですが、雪で覆われたとなると、その上でもできる選定作業になって真っ黒な顔に「マスク」や「サングラス」の跡を残すことになります。

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「脚立」と呼ばれるアルミの梯子に乗って余分な枝を切り払います。少し前はゴンドラのようなものに乗って高い部分を落としていましたが、最近はあまり見かけません。安全で楽なものの機動性が落ちるからでしょうか。

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また、3月になって雪が消えると、土の上の仕事が待っています。剪定作業は落葉後はいつでも始められますが、暮れ正月は別な意味で多忙でもあり、本格作業は1月半ばからになります。
遅くとも3月前半には枝の片づけを含めて終えたいので、カレンダー上のこととはいえ2月の声を聞くとなんとなく気忙しくなります。
おいしい果物作りは冬場の土壌管理と剪定作業から始まります。