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幕田武広

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大晦日
暖冬と思いきや、早々と積雪がありました。そして迎えた大晦日は「雨」、明日からの正月三が日も冷え込むとのことです。数日前、古い友人が交通事故に遇ったという新聞記事を見つけました。対向車線で交通事故があり、飛び出してきた事故車両に正面からぶつかった様です。
彼と共通の友人からの情報によると、大学病院の集中治療室とのこと。建設関係の仕事で「軽ワゴン運転中」生命に係る心配はないが「両足骨折」、彼の仕事を考えると後遺障害など無ければいいがと願うのみです。

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いつも12月30日とか暮れも押し詰まって、一般の忘年会も少なくなってから「忘年会」をしていて彼が万年幹事でした。それも震災の年から休止になっていました、ちょっと落ち着いたらと気にはしていたのですが。

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暮れの買い物で混雑するスーパーと、30日までの窓口営業でATMのみ動いている反対側の銀行。対照的な大晦日です。銀行のこの支店にも今年は大変お世話になりました。
来年こそは、原子力災害に負けない「飛躍の年」と思いながら今年最後のブログを書き始めると、Yhooニュースで「福島第一原発のがれき撤去作業中に、放射性物質を含んだ粉じんが飛ばないようにする飛散防止剤をメーカーの推奨する濃度より10倍以上に薄め、散布回数も大幅に減らすよう東京電力が指示していたことが分かった」(原文ママ)。
1013年の出来事が、原子力規制庁の指導やメーカーの「この濃度なら水を播くのと変わりない」という、なんともトホホなコメントまでつく有様で、文字通り来年の希望にも水を差されるような事態になりました。

起きたことを嘆いても始まらないので、悪い話は旧年中に出た、「来年は希望を持って頑張りましょう」これで今年を締めくくりましょう。良いお年をお迎えください。
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先に見るのは「絶望」か「希望」か
雪の果樹園、りんごのふじの出荷もほぼ終わり、気の早い農家では「剪定」作業も始まります。木が休眠中の肥料散布もあるのですが、思いもよらず早い雪に、雪上でもできる「剪定」作業に日程のシフトがされて行きます。

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剪定とは今シーズン(木の伸長期)に伸びた枝を切り揃える事、しかし植木屋さんのそれとは違い、「見てくれ」を良くするわけではありません。木の幹に果実はならないので、枝の部分を平均的に残し、それが四方にまんべんなく残るように、そして日当たりや残す量も考えなければなりません。寒さのなか、以前のように「鋏」を人力で動かすというより太い枝の切れるよう電動式の鋏を使うことも多くなりましたが、反面バッテリーを腰に下げなければなりません。

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福島の果樹地帯は、経済連(農協の県組織)が強くて巧みなマーケティングを行ってきた長野県経済連(現全農長野)などとは違い、個人販売で収入を得てきた産地。ですから、対個人の人間関係や信頼感で売る分「原理力災害」の痛手はとてつもなく大きいものがあります。
今日も道すがら、果樹を切り倒す現場を通りがかりました。このまま廃業なのか、新たに植え直すのか、知る術はありませんが、前者の確率が相当高いように思います。果樹は植えても収穫まで相当の年数を要します。
季節の冬は時期が来れば春になりますが、農業経営の春はただ待っていてもおいそれとはやって来ません。


仮設住宅の年越し
仮設の年越しも4回目、もはや仮設と言う言い方も当っているのかわかりませんが。
歯の抜けるように仮設を出た跡があり、また生活の臭いがあり、100家族に原子力災害の100の脱出劇があったように、紆余曲折の末、辿り着いた仮設住宅からの転居もまた100の物語があります。

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雪の残る仮設住宅も、寒風と底冷えで往来の人もまばら、隣では復興住宅の建設も始まりました。幾何学的に並ぶプレハブにはとって付けたような雪囲いがあります。一応入居当時は、「物置がない」「網戸がない」など、生活に不自由なことがあれば速やかな対応があったようですが、この様子だと生活支援のレベルも相当低下しているように見えます。

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いつまでも甘えてはいられないと、避難者や関係者は言いますが、もともといわれのない災難に巻き込まれて、交通事故の自賠責賠償に準じた「慰謝料」で困難な生活を余儀なくされているわけで、「なんでこんな目に」と言うのが、合いも変わらぬ入居者の本音でしょう。

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まずは、大人は「理不尽だ」「どうしてくれる」と事故加害者に対して声は出せますが(どれだけ真剣に向き合ってくるかはとにかく)、住宅に置かれた遊具などを見ると、何とも言えない気持ちになります。
子供にとって故郷は「仮設住宅なのか」。ここから出ても新しいコミュニティを一から作らねばなりません。また、政府や自治体が進める「帰還」となると、まさに有為転変「流浪の民」と言って差し支えなくなります。

避難だけをとらえて、原子力災害の被災者と言いたがる風潮もありますが、新聞報道でも福島県内の畜産農家は「円安によるエサ代の上昇」「風評による販売価格の低迷」のダブルパンチと言う記事がありました。もちろん円安は県内に限ったわけではありませんが、福島は原発事故の影響が付いてまわります。
多くの課題を積み残して今年も暮れます。

冬晴れの日に
曇天に雪かみぞれの多い季節も、よく晴れるにも時にあります。永年付き合いのあったトマト農家にご不幸があって、葬儀のために出向きました。
震災以来需要が縮小し、いまでは地場の直売所に出す程度になりましたが、甘いうえに日持ちがすると「人気商品」なのだそうです。

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この絵はがきのような建造物は「二本松ふるさと村」、謡曲などに名高い鬼婆伝説の安達が原の「黒塚」です。いつもは当目から見るだけですが、今日の出張は葬儀参列のみで、喪服で他の場所に立ち寄るのもはばかられるので少し近くまで寄ってみました。実際の寺に隣接か境内の中に立っています、山門脇には「墓地分譲中」と言う張り紙もあって、「観光」「信仰」「現世」が一緒くたになる辺りが日本の宗教らしさと言うところでしょうか。

今回他界された方は、享年103歳。数え年でしょうが長寿を全うされました。

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雪の兆しか、東に目をやると安達太良山に雪雲が掛かってきます。こちらは高村光太郎の「智恵子抄」ゆかりの山。鬼婆伝説と脳を病み早逝した高村智恵子の物語が近隣のあるのもなにか奇妙ですが、それぞれ根強いファンがいて物語を後世に伝えています。

ここから郡山方面にしばらく行ったところに、人取橋の古戦場があります。若き日の伊達正宗が会津の芦名家を攻めた際の合戦上。劣勢の伊達軍の中で、伊達家の老将鬼庭左月が芦名の軍勢を引き付けるため、目立つ黄色の頭巾で奮戦し伊達軍の窮地を救って戦死した故事があります。年末になるとNHKでは来年の大河ドラマの番宣が始まります、例年のごとく豪華キャストですが、大河ドラマ史上最高視聴率の「独眼竜正宗」では、この老臣鬼庭左月を今は亡き「いかりや長介」が演じていました。
健さんも菅原文太も逝った年の暮、そんなことを思い出していました。
「里山資本主義」と「限界集落株式会社」
本日第3次阿部内閣の組閣だそうです。安倍さんは運のいい政治家で、株高はともかく円安と原油安に遭遇しました、これで景気が良くなかったら逆に変です。株高はアベノミクスの成果と言うところでしょうが、これはNY市場の株高の恩恵も相当あるので、割引く必要はあるようです。
ところが、輸出産業などは好景気ですが、「中小」「地方」はその恩恵がまだ及んでいません。先の衆院選でも首相自ら認めていました。

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恒例の暮れのあいさつ回り、目にするのは荒れた「桑畑」「取り残しの柿」、まさに衰退の象徴のような里山の光景です。先週の積雪の残りが背景になって、水墨画のようです。
柿は放射能災害の影響もあって福島特有の問題かもしれませんが。今年は森林資源等を利用したバイオマスの活用によるエネルギーの自給を模索した「里山資本主義」と言う本が売れました。となると、「そんな上手く行く話ではない」という反対論の書籍まで発行される事態で、里山はともかく話題便乗の出版業界資本主義は健在です。

「限界集落株式会社」と言う小説が来月からNHKの地上波で放送されるようです。この本は初版で買いました、丸の内の丸善でしたが帰りの新幹線で相当読み進みました。限界集落で生産した農産品を売る話、市役所の担当は「既存の流通手段」にこだわり、協力をしてくれないところ等「さもありなん」と言う印象でしたが、途中でストーリーにリアリティがなくなり最後まで読まなかったのではないかと思います。NHKが物語をどう捌くかが楽しみです。

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冬の使者「白鳥」。川や湖に浮かんで、エサのパンを待つのが見慣れた白鳥の姿でしたが、最近も出現した「鳥インフルエンザ」が渡り鳥による媒介の可能性があるとし、餌付けが禁止になりました。
ですので、川面ならぬ水田で休む白鳥です。その後ろには、これまた取り残した柿のオレンジ色が見えます。ほんの数年前には思いも寄らなかった白とオレンジの師走の色です。

教育委員長と接骨院
福島県の地方紙、福島民報の「風評被害」の連載記事がなかなか赤裸々に「被害の実態」を表しています。
生産の目処が立たないシイタケ農家、次は避難を余儀なくされ、他の地で開業した歯科医。いずれも事業としての成立は困難で慰謝料を食い潰しながら何とか生活を維持していると言うこと。
中間貯蔵施設、自主的避難など原発事故に関する被害者の苦難は多く報道されてきましたが、風評被害による生活の困難や困窮はあまり聞きませんでした。司法による具体的な救済方法の確立が待たれます。

さて、今回はそれとは別な「弁護士」先生の話題です。
もう5年近く前になります、交通事故受傷の話。このブログでも何度か書きました、道路工事で狭くなっている個所で対向車線からセンターラインをオーバーしてきた車に運転車両の前右側にぶつかってこられました。折り悪く当時の愛車「ランクル」ではなく普通乗用車もっと正確に言えばカリーナED。また相手方は大型のワゴン車、工事路線なのでスピードは出ていないんものの正面での衝突なので、2台分のスピードが加算され襲撃が大きく体が振られて「頸椎捻挫」いわゆるムチウチの一種。

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側に逃げようがない道路で正面からのセンターラインのオーバー、当然過失割合は10:0で病院の治療(投薬、湿布、理学療法)を受けつつ、相手方の保険会社の許可を取って近所の接骨院で治療をしてもらっていました、歩いてゆける距離で助かりました。
たまたま乗っていた自動車の保険に「弁護士特約」があったので保険会社の顧問弁護士に交渉は任せていました。相手方(加害者側)の保険会社も弁護士を立てて交渉が始まったものの、争点が変な方向に。
治療方針が変だと言うことらしく、病院の症状固定の時期にいちゃもん。綜合病院でしたが「これだから保険屋は」と、粛々と治療を続けてくれました。

今度は接骨院が休院日も治療をしているとの指摘。だいたい個人で行っている接骨院など休みが決まっていていないようなもの「往診随時」で、突然行けば院長がいないなどと言うこともあり得ます。
もっともそれで、夜間しか行けない患者や動けない人も救われる仕組み、まさに臨機応変のサービスで総合病院でできないような対応で、近所から重宝がられています。地域との共存共栄で零細治療機関が生きる途でもあります。

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この鉄柱に接骨院の電光サインボードが掛けておりました。私の治療が終了してから設置したものですが、相手方の弁護士が2年も過ぎたころから、このサインボードを勝手に写真を撮りその他なんのウラもとらずにこれだけを根拠に治療に実態無しととんでもない言いがかりをつけてきました。

裁判所も当方や接骨院の意向の通りの和解案を示して、事故処理は終了しているのですが、どの弁護士に聞いても「常軌を逸した相手方弁護士の対応」と首をに捻ります、医者もしかり。
山本周五郎の「赤ひげ」医者のごとき接骨院もサインボードを降ろしてしまい、いまや鉄柱のみ。
まずは、依頼主のために最善を尽くすのが弁護士の務め、とは言えモラルとか倫理とか社会通念と言うモノがあるだろう、片田舎の弁護士もアメリカ並の告訴社会でも目指すのかと思ったものでした、それについてもお粗末な弁護でした。忘れていたこのことを思い出したのは最近の新聞記事。
なんとこの弁護士事務所長が教育委員長になるというのです。もちろん、大手損保の走狗になってやたら結論を先送りした挙句あっさり「敗訴」したのは、イソ弁いわゆる居候弁護士ですが、教育委員殿が名を連ねていたのも事実。教育しなければならないのは、わが事務所員では?


冠雪の国道13号線
雪の1週間が終わりました。委託事業の関係で米沢の大学へ、このような時に限って師走の大雪。先々月は紅葉の栗子峠越えでしたが、今回は雪の峠越えです。

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福島・山形の県境にある「栗子国際スキー場」すっかり雪に覆われていますが「平日」の日中、リㇷトも動いていませんでした。
バブル期のスキー場を知っている者にとっては「そんなもんか」と言った印象、雪を待ちかねて平日でも長蛇の列と言うのは「今は昔」か。

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逆に突然の雪で難儀するのが土木工事。高速道路の陸橋、トンネルは出来ても取りつけ道路が未だの様子で、ここから先の工事は春まで「しおずけ」ならぬ「氷漬け」か。

こちらも雪の中の検体採取。検体を持っての米沢行き、正確には国立大学法人山形大学大学院理工学研究科事業終了の来年夏まで続きます。

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更に更に雪で閉ざされ、木の芽が芽吹いて新緑、そして盛夏の頃にはどのようなデータベースが出来ているか、今のところはせいぜい気をつけながら峠を越えて行きましょう。


そして、また雪
昨日今日大荒れの天候です。昨今、ハザード情報を軽視して被害にあう例が多いせいか、報道のことさら大げさに気象災害の可能性を言い立てます。実際に被害にあうより「とり越し苦労」の方がいいに決まっているので、そんなものかと聞き流しますが「オオカミ少年」になってしまう危険もはらみます。
とりあえず北海道東部は数年に一度の吹雪だそうです。[不要不急の外出は控えてください」と言う事なので、決して不要ではないのですが山形出張もキャンセルになりました。

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雪の中に赤い椿の花、さらさらしたた雪ではなく湿った雪でもない、しかし粘土が高く椿の木に積もった雪が外気温の低さもあって白い花のように気に貼り付いています。

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白い雪、赤い花、常緑樹の緑のコントラストの鮮やかさが凍える身体を癒します。3月前庭の主役だった金木犀は椿の前で肩身が狭そうです、1本だけある柚子は実をつけたでしょうか。
明日こそ山形です、栗子峠の天候やいかに。
福島初冬
12月も半ばを過ぎると「厳冬」と言ってもいいのでしょうが、月初めまでの暖冬気配から一転寒い冬になりました。
爆弾低気圧とやらで北海道も大変な様子、先日の徳島といい「雪」には悩まされますが、さすが北海道となると寒さや雪の抗生は西南暖地より強いはずです。

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郊外では果樹園の枯草、枯枝を燃やす作業、煙がどこまでも冬空にたなびきます。水田の秋耕も終えているようで、通常ならば「正月を待つばかり」と言った時期ですが、稲作に関してはとても豊作を喜ぶような状況にはありません。

こちらは福島の中心部、駅西口にある複合ビル「コラッセふくしま」の最上階から撮った新幹線。

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「はやぶさ」か「こまち」の新型車両か、冬の澄んだ空気とは言えガラス越しの撮影少し霞んでいて申し訳ありません。このビルに用件がふたつあり、場所を移動していると、ここには戦い済んだ人と廊下ですれ違い。女性政治家ですが彼女は参議院議員、先ごろまで閣僚であったため先の衆院選は立候補者の後方支援で忙しかったのでしょう、今日はそのあいさつ回りか。
またまた、毎日新聞の記者の書いた原発事故の処理状況を「被災者支援」などの側面から書いた本を読んでいたいた最中で、昨年話題になった復興庁キャリア官僚がツイッターで暴言を発信していた件、その当時閣僚をしていたこの女性議員も登場していて「虚言癖」とツイートされていたことを思い出して、笑いをこらえるのに精一杯。先方から挨拶してきました、誠に失礼しました。
国家官僚、参事官の暴言ツイッターも遠い昔のようでまだ去年の話。復興が積み残されたまま月日だけが足早です。




雪の12月14日
衆院選当日、予報では列島大荒れと言う事でしたが、福島では夕方になって小雪が舞い始めました。
解散の理由がないという声もありましたが、「勝てるタイミング」と言うのも解散理由で、時の総理はそう決断したまで。それを国民はどう見るかです。前政権への落胆を国民はまだ忘れていないというのも早い時期の解散に繋がったのでは。大震災当時の「総理」「官房長官」「経産大臣」は皆苦戦の模様、「さもありなん」と言うのが福島県民の大方の声でしょう。

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さくらんぼ畑の雨よけパイプハウスにも雪が舞い落ちます。これから剪定(枝落し、小枝の整理)、ちょうど半年後の収穫に備えます。
討ち入って「殿の御印頂戴したい」と園主は嘆いていました。12月14日は赤穂浪士討ち入りの日、今年はテレビでも見かけませんが。相手が政治家ならば「選挙」がありますが、相手が民間企業や官僚となると、そうそう声を届ける術はありません。

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午前中、雪が降る前の画像。熟し切った柿が、朽ち落ちるのを待つばかり。今年も寒々とした光景が続きます。干し柿生産再開の区域も広がりましたが、検査など余計な手間と休止期間に入りこんだ他産地との競合は激しさを増します。
かつて「あんぽ柿」として日本一を誇った干し柿産地は、後塵を拝しながら2重3重のハンデを負ってしまいました。

民間企業の方は、漁業者に対して「汚染水を処理して計測して、基準値以下なら海に放出させろ」と交渉しています。漁業者は風評被害の拡大を危惧して首を縦に振りません。
農業者に言わせれば「当然のこと、測っているから安心と言う消費者は多くない」、何十年かけて培ってきた顧客が戻らない苦境が言わせる言葉は説得力があります。


水田農業の危機
今年のコメの売渡し価格が急落して、稲作農家が苦境に立っています。
少子高齢化による消費マーケットの縮小、パン食の増加など趣向の変化は今さら言うまでもないのですが、さほどの豊作と言った年でもないのにも拘らず、在庫の増大のため26年産米の新米価格の低落になりました。

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永年にわたり、伝説的な名品扱いをされていた「魚沼産コシヒカリ」でさえ価格の低迷、一般的なコメさらには風評被害を被っている福島産米などは文字通り「二束三文」の扱いです。
奥羽山脈から流れ出る清流で丹精込めた「コシヒカリ」も、農家が再生産を躊躇うような状況です。もっとも、躊躇ったところで打切れる農家はまだ幸い、設備投資や農地の賃貸契約などによって、状況はどうあれ来春には作付をしなければならない農家も多くあります。

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もっとも、水田は水路の確保によって文字通り「水稲」が栽培できます。途中で水路が切れるようなことがあれば、その下の多くの農家に迷惑が掛かります。日本の稲作は「契約」や「協定」はなくても多くの関係者の共同作業で維持されます。

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歴史的ともいえる水田農業の転換期、昨今の「ぺヤング」のゴキブリ混入騒動を見るまでもなく「安心」が大前提で、その上経営的な「業務の維持」が必要になってきます。業務の維持とは事業競争力の強化、価格競争に走れるようなコストの余裕はありません、大規模経営ほど事業赤字が出るような実態。
せすから、品質による差別化を図りコストも下げるような方法が必要になります。[方法が必要になります」と言う表現ではなくイノベーションが無ければ、日本の水田農業が維持できないような状況とも言えます。

ここで難しいのは、多数の農業経営が同じ方法を採れば「差別化」「競争力」にならなくなること。ここに肥大化したJAの問題点も凝縮されます。

「補償」と「賠償」
「安全」と「安心」と言う言葉があります。ともに[安]はつきますが意味合いは相当違うようです。安全は客観情報によりに判断すること、「安心」とは主観。安全の証明書とは言いますが安心の証明書とは言いません。

主観より客観的な事例の方が「優位」かと思いきや、例えば買い物はあくまでの買い手の主観で、「対価」つまりお金を支払います。

福島で問題になっている「風評被害」、これは買い手(消費者)の主観の問題です。検査結果を添付しても販売が回復しない現状を分析すると、購入者の主観的な安心感がまだまだ不足しているようです。

元凶をたどるとやはり「東京電力」、言葉巧みに責任回避をしていることが、まわりまわって自らの発言の信頼性を損じているように見えます。
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例えば、東京電力が福島市内に設置しているこの看板「東京電力株式会社補償センター相談窓口」。焦点は「賠償」とは言わず「補償」と言っていること、辞書で引けば補償も賠償も似たようなものですが、現実的には補償は合法的にかけた損失の補填、例えば「道路拡張によって用地を買収した対価」。賠償の方は例えば「過失によって交通事故を起こした際支払う慰謝料や治療費・修理代」。
本件事故(東日本大震災による東電福島島第1原子力発電所事故に関わる放射能災害)は、補償か賠償か。東電や原子力関係者でもなければ「賠償」と言うでしょう。

あくまでも東京電力のスタンスは、本件事故で被害に合われた皆様へのお支払いは「無過失であっても損失を補てんする原子力賠償法」の法律に沿って行っているので、過失を認めたものではないと言う事。

このような無理筋を通す言動が収まらない限り、国民の主観的な安心感など望むべくもありません。
雪の師走
あわただしさの12月。雨の師走の入りから早1週間、今度は雪です。思いがけなくもと言ってもそこは「東北」、サタットレスも履き替えが進んでおり四国の雪のようなパニックや混乱はさすがにありません。

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今年は暖冬と思いきや、早い雪の到来が師走の慌ただしさに拍車を掛けます。「あの日の雪」もこんなだったと思いだす雪もあります。平成23年3月14か15日、震災の11日は晴れ12日からの水素爆発も晴天の空に爆発の白い水蒸気が映っています。震災の翌日に停電は解消しました。上水道は4~5日かかりました、復旧の情報は入りましたが、ところが蛇口から水が出ません。考えられるのは引き込んだ宅地内での断水、水道工事店に連絡しても、早くて行けるのは1週間とか10日後と言う連絡。もっとも当たり前の話で、福島市内全く同じ条件、断水中のところをまだまだ多く給水車Bの手当てもしながらで、人手など間に合うはずがありません。

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絶望的な気持ちでいると、震災の何か月か前に台所の給水管事故で1度だけお願いした業者さんが、何とか翌日来てくれました。それも工事担当ではなく、通常内勤をしている事務担当者、しかし餅は餅屋で事務担当とは言え現場で図面やら見積りやらを担当している立場上、なんとなくトラブルの見当はつきます。庭の一角、断水場所の目星ををつけて掘り起しを行ったのもこんな雪の中でした。

3月中旬の午前中、雪の中の水道管探し、あと少しずれていて犬走りのコンクリートの下だったらば重機の世界、それこそ10日後の復旧になっていたことでしょう。水道屋さんも「お客様にすみません」と何度も頭を下げてもらいながらの作業でしたが、こちらも「無理言ってすみません」と感謝の気持ちのお手伝い。

色んな方々の好意で何とが生活が保てました。そこへ行くと、震災の復興を阻害迷走させている元凶の「東電」その対応はいただけません。次回のブログはそこに触れたいと思います。
雨の師走
今日から12月、終日の雨でした。週末を避けてのタイヤ交換、朝のうちに手早くと考えていたところ、1本に空気漏れを発見、溝に隠れて錆釘が刺さっていました。

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終日の雨で本来なら収穫最盛期の「ふじ」の収穫が出来ません。倉庫に設置した選果機でりんごの選別作業、JAの共同選果に頼らない生産者の工夫とたくましさがあります。

伊達市では手抜き除染が問題化、市長の遺憾の意に担当した業者も何か言い分はあるようですが、とりあえず事業組合を通じて事業費の返還を求める模様。何かよくわかりませんが。

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伊達市の特徴は、早くから専門家を招き独自の放射能対応を模索したこと。ところが、専門家がどちらかと言うと「御用学者」タイプで「この程度の放射能は心配ないですよ」派。もちろんそれなりの論拠もあるのですが、これだけ報道が多岐にわたり、ネット等で情報交換もできる世ではそう簡単に住民は納得しません。
ですので写真のような看板が出ることになります。いわゆる「煽り派」「御用学者派」人口5.6万の県境の街も何とも騒々しい年の瀬です。