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秋の会津路
所用で会津へ、まだ「錦秋」とは言えませんが、峠越えでは紅葉も見られます。

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会津地方の「稲刈り」は始まったばかりと見受けられます、中通は約半分近くが終わったと言うところでしょうか。「やや遅れている」と言っても、考えてみればまだ9月、今年の中通の刈取りが異様に早いと言うべきでしょうか。

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「磐梯山を借景に一面の稲穂」と言うのも絵になるものですが、やはり米の需要低迷と基準価格の下落は特に経営規模が大きくなるほど深刻です。

数値化されたデータを見るまでもなく、農作業を見るだけでも、コンバインや輸送車両も大型で「コメの産地」であることが理解できます。
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このまま、さらなる大型化に進むのか、差別化・高付加価値化に舵を取るのか、厳然としてある「福島産米」の風評被害下でそれがどこまで可能なのか、他県の産地にもまして苦悩は深いようです。

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観光会津も先ごろの「あいづ祭」で盛り上がったようですが、特別ゲストは「綾瀬はるか」大河ドラマの話題性も、もう今年あたりが限度、そろそろニューヒーロー・ヒロインの登場が待たれます。

時ならぬ「御嶽山」の噴火が惨劇を読んでいますが、こちらは静かに会津盆地と猪苗代湖を見守る「会津磐梯山」。小学生の頃、社会科で登場した「活火山」「休火山」「死火山」の区別は現在は使われいないと言います。
自然の時系列と人間の記録や記憶が並び立つはずはなく、記録が途絶えて久しいから「今後もないはずだ」という予測がが、逆に非科学的であったというのが、今回の大震災と原発事故でもありました。

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原発事故の方は「予測不可」というより、「見て見ぬふりをした」「都合よく解釈をした」「リスクより利益を優先させた」と言うべきかも知れません。科学者からは「サイエンスではなく経営判断」と言われるかもしれませんが。

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稲刈の季節
福島が「稲刈」の最盛期を迎えつつあります。9月に稲刈の最盛期とは、温暖化の影響か栽培技術の進歩か、10年前からすると俄かに信じられません。

青森にリンゴが定着したのは寒冷地で「米」が採れなかったから、長野も同様で高原地帯が多くて米作が適さなかったからと言われていますが、いまや北海道石狩平野まで米どころ。福島のコシヒカリが風評被害で需要が落ち込んで、相当数の米マーケットを北海道産米にとってかわられたと聞いています。

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5月6月が不安定な天候で心配されましたが、7月8月に例の「エルニーニョ」が(幸い)やって来ず、日照十分で高温、東日本が台風の影響も少なかったので、福島の作況指数は「104」のやや豊作。

ところが基準価格の低下と先の風評被害で、米余りに「やや豊作」。県内農業にとっては、2月の大雪に加えての打撃になりました。
JA全農も県に緊急融資の要請等対応を要請しましたが、「原発事故とその後の不手際によるに人災の色彩が強い風評被害」「自然現象による大雪での施設倒壊」「需要減少による需給バランスの不均衡ての販売不振」要因も対応も、全く異なる事象について「困った困った」と言っているだけでははじまりません。

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阿武隈山系、山間の集落に今や珍しくなった「はせ」。稲の自然乾燥です。文化財になったような農作業の風景に思わずカメラを向けました。
量や経済効率を追うのか、量と経済効率で国際競争に太刀打ちできるのか。「モノ」から「コト」、「質や文化」で消費者の理解を生むのか。そもそも、消費者理解などとは決別し自給経済など「異なる価値観」の世界で生きるのか。

放射能災害の影響ははあまりにも大きく、日本全国に先駆け「農業における構造の転換」を求められてしまった福島。諸手を上げて喜べない収穫の秋です。


金木犀
「暑さ寒さも彼岸まで」とは、よく言ったものです。この地方では彼岸を過ぎると「金木犀」の花が咲きます。
この花は、花を見るというよりまず匂い。独特の甘酸っぱい匂いが漂うと、初秋から仲秋へ、秋が深まります。

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金木犀の木の周り、オレンジ色の絨毯を敷き詰めたように細かい花が落ちるまでの約1週間のお楽しみ、放射能災害の苦悩をよそに、ささやかな楽しみが今年もやってきました。

秋と言えばコスモス、街道沿いのコスモスも今が見ごろです。コスモスは直ぐに散る訳ではないので、晩秋にかけて道沿いなど長閑に彩ります。福島は間もなく知事選、自民党がガチンコを避けたためこちらも長閑な選挙戦になりそうです。

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秋の花と言えば「菊」が定番でしたが、コスモスにとってかわられたはいつ頃からでしょうか。大輪の菊でなければ秋の花に非ず、と言う考えもあるでしょう、なにせ天皇家の紋ですので。
その皇族も、学習院を中退しICUを受験する時代になりました。

9月になってから、ゆかりの方々の訃報が続きました。今日もその葬儀・告別式、百歳まで間もない、枯れ木が折れるような大往生でした。翁が六十代のころお世話になりました、余生は短歌を詠むことで過ごされたそうです。大震災以降の世相はどう映ったか、この地域のりんご栽培の草分けでもありました。

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葬列を見送るように咲く「曼珠沙華」、時代とともに変わるもの変わらないもの、変わらなければいけないもの、変わってはいけないもの。斎場の手馴れた進行は裏腹は歌の一首ほども故人の残像も残しません。ついでながら、東電の謝罪や説明など、とても心に残りません。
原発再稼働と風評被害
経産省系の震災復興支援プログラム「みちのくいいもんうまいもん」の事業説明会が開かれました。

事業事務局は昨年のH社に代わってD社。事務局決定にあたって事業プレゼンがあるのか、最低でも入札で請負事業者が決まるのでしょうが、いずれにせよ大手広告代理店の持ち合割の様相です。昨年のH社は事務局を赤坂の本社内に置きましたが、今年は事務局は築地ではなく芝に開設したようです。ここからして既に下請でしょうか。

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とは言え、さすがが大手。質問にあたふたすることはありましたが、アドバイザーの人選の等は手慣れたものです。福島の風評被害はまだまだひどい、「特に鮮魚と有機農産物が」と明確に分析していました。

県担当者も、あいさつや事業説明も枕詞は「深刻な風評被害にさらされている本県○○」。他県と同じ努力をしても、売れ行きに格段の差が生じる実態は深刻の度を増しています。

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これも震災後に広告代理店に相当額で依頼して、コピーやロゴを制作したのでしょうが、説明会場入り口の「のぼり」も何となく元気がありません。
どこの自治体の物産振興に、一定額の予算をつけて強化を図っている中で、原子力災害・風評被害の逆風は、業種によって異なるものの、まさに成す術もない「かつて経験したことのない」超強風です。

環境相が国際原子力機関の年次総会で「原発再稼働」を表明したとのこと。先に審査の終わった九電川内原発を念頭に置いたものでしょう(多地域では兆しも見えないので)、福島事故も4号機の使用済核燃料の取り出しも年内に終わることで順調な収束作業が続いていることを強調したようですが、汚染水やがれきからの飛散など国内のニュースに接しているとかなりの疑問符が付きます。

もともと、大震災に際して4号機は運転しておらず、3号機の水蒸気等が流入して建屋が吹き飛んだもの、原子炉損傷の本丸ではなく、そんなとこを片づけても収束とは言えないレベルのもの。

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さて、事業説明会に話を戻します。耳にタコができるほど聞いてきた「食の安心」ですが、説明会の資料でおさらいしてみると(これは一般論で、放射能災害の風評に限定したものではありませんが)、食品についての安心と安全の関係は、安全(科学的な客観情報)×信頼(情報発信・お墨付き)=安心(あくまでも主観)と言うことになるのですが、放射能災害に限定すると、「科学技術に対する信頼性が揺らいでいる×どうも再稼働に前のめり=別に率先して買わなくとも」という負のスパイラルが回っていて、これが時期が経つほど強固になっています。つまり、生産・流通現場以外のところで「いわゆる風評被害」が進んでいます。
この負のスパイラルから脱却を目指して、日々奮闘はしているのですが。
家庭菜園にも実りの秋
収穫の秋、実りの秋。大して喜べない「秋」も続きますが、やはり空気が澄んできて食べ物もおいしい季節です。

実りの秋は「農家」の専有物ではなく、等しく家庭菜園にも訪れます。

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福島市の西部、萱場地区。文字通り萱野で、農業に不向きだったやせ地ですが良質な堆肥を多投して、見違えるような菜園になりました。
福島市の家庭菜園の実践教室から巣立った有志の皆さんで運営する「わくわく体験農場」学校給食用のジャガイモの供用も行っています。

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運営リーダーの佐藤さん、同じ市内の東北部から約20分かけて通います。
「種がこぼれて勝手に生えた」と、笑いながら紹介してくれた「瓜」もこんな大きさ、プロ顔負けの生産技術です。プロの農家が出来ない真似と言えば、なかなか商品作物にはならないような「珍品」の栽培。

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例えばこの唐辛子、ナス料理などと合わせれば主役のおいしさを引き出します。いまや、農地など「ただ同然」で借り受けられます。周囲の果樹園も廃園が多くみられ、何ともさびしい限りですが、農業好きにとってはここはパラダイス、お金を掛けずに体を動かし、新鮮でおいしい農産物が山ほど手に入ります。

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新しい人間関係も築けて、「動きたいとき動く」人間本来の姿を実践と、集まる有志の意気の上がること。10月5日は郡山市の同行の志と交歓会を兼ねた収穫祭を開くとのこと。そのチラシもいただきました、来賓としてお名前を使っていますとお断りいただきました、来賓でも何でも構いませんが私の名前に「先生」とつけるのだけはご勘弁を。
稲作と朝日新聞の劣化
米つくりも朝日新聞も、ある意味「日本の象徴」のような時期もありましたが、双方の劣化が気になります。

福島はコメの出荷額では、かつて国内ベストテンの中位あたりにいたのですが、多分原発事故によって順位を落としているのではないかと思います。
いずれにせよ、コメの主産地であることには違いありません。福島県の稲作経営の特徴は、大規模面積で栽培する大型稲作が会津地方に集中し、中・浜通り地域は野菜や果樹、あるいは畜産と同時に経営する複合経営が主になります。
専業農家でも比較的稲作依存が少ないのが、会津地方以外の特徴です。

最近、原発事故で作付を制限している浜通りはともかく、中通りの水田を見ていても「荒れ」が気になります。
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写真ではわかり難いのですが、実る稲穂の上に黒く被さるように見えるのが稗(ヒエ)、イネ科雑草です。もともと粟や稗の「稗」ですので、五穀の一つには違いがないのですが、水田に生えるのは紛れもなく稲の成長を阻害する雑草です。

今年もコメの価格の下落、そしてTPPの影響も受けやすく、福島に限れば「風評被害」の影響もあり、決して将来的に割のいい生産物ではなくなっています。
しかし、有機農業を進める立場で決して推奨はしませんが、昨今手抜きをするつもりならは、除草剤も化学肥料も一発型と呼ばれる「一度の処理で十分」というものもあり、手抜きさえ手抜きをして行い「儲からないものには手をかけない」と言う風潮かと思います。

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農業経営や経済合理性からいって「儲からないものには手をかけない」というのが、農業生産者の経営意識の向上なのか退潮なのか議論の分かれるところですが、水田は収入の主軸でなくとも「その農家の顔」のようなところがあって「荒れても仕方がない」というのは「意識の変化」と言う点では間違いなさそうです。

さて、「朝日新聞」同じ吉田関連でも「従軍慰安婦」と「原発事故」では、問題の根源が異なるように思うのですが。誤報とでっち上げと他のメディアは叩いています、ゴシップ報道で裁判で賠償をよく命じられる週刊誌に「国賊」「国辱」呼ばわりをされています。たしかに上から目線の論調は気にならないではないですが、もっと上から目線で被災地を見下すような「東電」に対する姿勢はそれなりに評価をしていたのですが。
「従軍慰安婦」は、それ以前の問題が複雑なので下手な感想は避けますが、朝日新聞の威光をかさに視野の狭い科学評論をする自称サイエンスライターの狭義の科学的知見もとにした、「結論ありき」の情報発信も「現場の人間」としては思わず笑ってしまいます。

復興商談会
呼び方はさまざまですが、復興・復旧に関する「見本市」「商談会」は震災以降、折りにふれてに開催されます。

昨日は郡山市のコンベンションホールで、フードフェアが開かれました。県内食品産業の振興を目的にして、震災以前からカタチを変えて行われていましたが,震災以降、分かりやすく言えば原発事故以降、もっと端的に言えば「いわゆる風評被害以降」このようのイベントに予算は付くものの、原子力災害の爪痕により、以前の熱気と言うか、売り込む迫力に欠けるような気がします。

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「風評」と言う食品には、絶対に不利な条件下で、全国に存在する競合者と「少子高齢化=人口減少」と言う収縮する市場で対抗するものであって、参加業者も品目を問わず悲壮な戦いになってしまいます。

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今回は福島県内での開催で、直截的な声はあまり聞かれませんが、全国的ななイベントでは「県内の学校給食でも使わないものを売りに来るのか」と言われる始末。

今回のフェアは、県、地方銀行、全農と連携して行われたのですが、参加者ブースに広いスペースを取りましたと言うことが、逆に閑散としたイメージになりました。テレビ取材も現場では殆どで見かけない外国人バイヤーを見つけ出しては「国際色」を強調していますが、とても輸出強化戦略といえる雰囲気でもありません、今回はジェトロは絡まなかったのか。

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しかし、逆風でも競争激化でも、産業の芽を育てないと、また最悪でも維持しないと、地域経済は崩壊して人口減少に拍車がかかります。
ですから、どの企業も個別の営業成績などと言う次元でなく、取引先の確保に躍起になります。

このような「いわゆる風評被害」の元凶になっている東京電力は、損害賠償の公平性などの理由をつけて「被災企業に売り上げの付替えはないか」とかと被災企業等に一方的な電話を入れているようで、被災者の怒りに油を注いでいます。
報道によると、東京のNPOが被災をうたって賠償をだまし取るような詐欺も発生しているようですが、現場の悲惨な状況とは無縁のもの。公正な捜査や正確な状況把握が求められます。


9月の青空
今回もニューヨークの写真家、マグダレナ・ソーレさんを案内した南相馬の話題。9月の空の青さが印象的でした。
ずいぶん前に、1度だけ行ったことのあるNY。メトロポリタン美術館のことを話したら、ソーレさんのご自宅は美術館から5分のところとのこと。徒歩か自動車かメトロでかは聞き洩らしましたが、いずれにしても至近距離。東京で言えば山手線の内側にお住まいという雰囲気でしょうか。因みに夫君は医師とのこと。

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そして、敬虔な仏教徒と通訳の方に教えて頂きました。ですから避難区域内の人気のないお寺に関心があるようで、小高区の中心部、この地域有数の(たぶん)古刹なのでしょう。人気はないものの、参拝できるように山門は空いていました。

本堂の両脇には、恵比寿天と大黒天が祀ってあります。「お寺に神様を祀る」神仏習合の名残でしょうが、そこまで外国人に説明する語学力、それ以前に日本の宗教についての知識もないので特に説明は避けましたが。

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海に目を向ければ、太平洋は何もなかったように、海の青をたたえています。津波で崩壊した防波堤からは相変らずの太平洋。古文書にはこの地域には古来何度か津波があり、寺社仏閣は津波の来ない高台や内陸に祀っていたのに関わらず、杜撰な調査と御用学者の太鼓判で、原発立地をして今回の惨劇がありました。

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かつて、水田だっただろう跡地に車のスクラップ。他の津波被災地域だあったなら、とっくに片付けであった被災車両も、草に巻かれて朽ち果てています。背景の3年半後の青空も、何とも痛々しく背景を飾っています。

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小高い丘に阻まれて、なんとか津波の直撃を免れた集落、外れの墓地は津波で潰されたのか。放射能災害で戻れぬ住民が制限つき戻った度に寄せ集めたのか、幼く逝った子供を弔うお地蔵様が首の欠けたまま祀ってありました。
うろ覚えの「般若心経」を唱えられずにはいきませんでした。






3年半の歳月
ニューヨークの写真家マグダレナ・ソーレ女史を原発事故の避難地域に案内しました。南相馬市小高区、除染作業者、警備の車両だけが人気のない街を走り、たまに掃除や片付けの避難者が居るだけです。
この地で農業が出来ていたころの契約農家宅に案内しましたが、よく整備されていた畑は4回目の夏を過ぎ,雑草だけが繁茂しています。ビニールハウスの天井が抜け、そこからまた湧き出るように雑草が抜き出て、ビニールか被さったままのハウスは、その時に植えてあった野菜が成長しきって、それがドライフラワーのように枯れ落ちでいます。

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蜘蛛の巣の張った倉庫には、避難以前に活躍したトラクターが置いてあります。中古農機の買付業者も入ってきているのですが、かつての相棒を手放せない農家心情もよくわかります。

そして3軒目、思いがけない出会いがありました。野菜農家、ジャガイモなどの作付をお願いしていた高田さん。なんと、たまたま戻ってきていて自宅の整理中。
ここは出入りは可能なものの、宿泊はできない区域。3月12日の夜に避難後各地を転々、翌月に県内に戻り、6月には市内の借上げアパートに入居。会社が休みの土日にはこうして戻って、整理や簡単な農作業をしているとのこと。

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大震災後、被災地の画像をカメラに収めているマグダレナさんも、情報としては知っていても、「避難所」を転々とし、「家があっても戻れない」話は初めての様子。興奮気味に話をお聞きでした。聞くところによるとマクダレナさんはここ10年は写真を撮っていますが、それ以前はドキュメンタリーの短編などの映像を取られていたそうで、アカデミー賞もとったことがあると言うドキュメントリーの巨匠。福島の現状をどのように表現なさるのか、非常に楽しみです。

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気にしても仕方がないので、ホールボディ・カウンターは受けていません。あと2.3年後ここが避難解除になれば戻ってきてここに住みたいという高田さんご夫妻、「この福島の人たちの強さは何処から来るのでしょう」マグダレナさんの言葉が印象的でした。
ただし、子や孫、近所の人も戻らない公算が強い。やってくるのは震災前は居なかった「猿」「イノシシ」、道を歩けば「イノシシ追突注意」の標識。

思えば、震災の前の週、つまり2011年3月上旬、ようやく春めいた日に「春ですね、今年もジャガイモなどよろしく」とご挨拶に来てそれ以来の再会でした。ご主人の髪が白くなっていた以外は変わらぬ笑顔、懐かしさとご無事でお元気と言うことに安堵した再会でした。
あの日はここから、浪江町津島、川俣町山木屋を通り福島市に戻りました。その道は、まだ封鎖されたままです。
写真家を撮る
毎月11日には、大震災から何年何ヶ月と地元紙は特集を組みます。地震当日の3.11、ついで半年単位の9.11がとりわけ原発事故関連のメディア露出が多くなります。
特に今回の9.11は朝日新聞の「吉田調書誤報」が重なり、何とも異様な報道ぶりでした。その裏には朝日の従軍慰安婦問題もあり、メディア同士の叩き合いの様相もあって、何とも凄惨な状況でした。
確かに、報道の正確性もさることながら、終わったことに対する検証同様に、「これからどうする」という論調を期待したいのですが。

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「撤退の意思はなかった」と事故調書で当時の吉田所長は述べていますが、それ以前の杜撰な立地調査やトラブル隠しは間違いない事実として存在しており、汚染水の処理や廃炉工程の困難性はその後も指摘され続け、二進も三進もいかなく見える「東電」ですが、「汚名を晴らした」と喜ぶよりも「汚染物質を何とかしろ」というのが被害者の気持ちでしょう。

東日本大震災以降、再々ニューーヨークから来て被災地の写真を撮っている、マグダレーナ・ソーレさんを福島の農場ににご案内しました。
待ち合わせのホテルロビーで、東日本大震災と東電原発事故は違う災害と考えるべきもの、被災地福島は「心理」「経済」「健康不安」と、ビジュアル的には直接表現できない事態が深刻であることを説明しました。

そんな中、要望で放射能災害下の「農地」をご案内してとりあえず撮影をしました。一流写真家,が見えない放射能をどのように表現するのか、興味が尽きないところです。

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86歳のおばあさんにインタビュー、菊畑の除草中でした。イネ科雑草「メヒシバ」の草刈りならぬ草抜きを「妹」「息子の配偶者、日本的に言えば嫁」の女性3人でしていました。

放射能災害後、降りかかる苦難の中で笑顔を絶やさず働くすがた、[合理性と訴訟の国]から来た写真家もいたく感動をされていました。「農産品の検査費用は負担するが、結果の広報費用(その事実を知らせるコピー代など)は被害者持ち」の主張など東電の対応には「Unbelievable」を連発しつつ、ほとんど海外には報道されていない事態に、驚きを隠せませんでした。

3年半が経過した初秋の福島から
秋めいて来ました。仮設住宅の土手も秋の草花です。この仮設住宅は開発中の土地区画がたまたま空いていて急きょ土盛りして建てたもの。この土手の反対側はイオンの大規模なショッピングモールです。

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避難者の園芸愛好家が、というより農地から離れた農民が何もなかった土手に草花を植えていたのでしょう。こんもりと茂った土手に3年半と言う月日を感じます。

幾何学的なプレハブの列に、このような癒しの空間を作り出したのは、「知恵」か「意地」か。
3.11から3年半、政府は避難者をもとの土地に戻したいのでしょうし、避難者もプレハブの土手を緑に彩るくらいなので帰還したいのはやまやまですが、仕事は、インフラは、健康被害は、と考えると、飛んで帰るとはとても言えないようです。

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稲穂も頭を垂れてきました、あと半月ほどで稲刈りも始まるでしょうか。もちろん最盛期は来月ですが。「いわゆる風評被害」によって、豊作を喜ぶ気分には到底なれません。コメになるまで八十八の手が掛かるとされてている稲作も、田植え前のカリ散布から収穫後の全袋検査まで余計な仕事の連続で、その心労たるや「生きた心地がしないと農家は口をそろえます。



りんご園から
少々赤い色を差し始めた「青いりんご」を紹介しました。
今の最盛期は梨、間もなくぶどうの巨峰と言う時期ですが、もう少しりんごの話題を続けます。

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以前も書きましたが、昨年無農薬でのリンゴ栽培を題材にした「奇跡のリンゴ」と言う映画が結構当たりました。それ以前に無農薬リンゴ栽培を成し遂げた木村秋則氏はNHKの「プロフェッショナル」にも登場し、それなりに知られた存在でした。

リンゴをはじめ、果樹の無農薬栽培が難しいのは、病気と害虫対策。コメと違って雑草は刈ればいいので大きな障害にはなりません。
山の木は「農薬を使いませんよね」と言いますが、栽培されている果樹は(野菜もそうですが)、植物としてはかなり異形。つまり、収穫量や食味を重視して選抜を重ねてきたので植物としては並外れて「変わった存在」です。

であるため、病気や害虫に弱くて、農薬を散布しないと、まず葉っぱが落ちてしまいます。葉がないと光合成ができないので果実(樹木ののものもですが)は育たなくて、炭酸同化も出来ず当然甘さも出てきません。

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かと言って、農薬を最低限まで減らして栽培したいのが(私どものお付き合いする)農家の心理。農薬がすべて害だとは言いませんが、薬は使わずに済ませるのは人間も同じ。

リンゴ園で少し縮れた葉を見たので、農家の方と確認したら「ハモグリバエの1種」。成虫になると害は及ばしませんが幼虫時に葉を傷めます。
最低限どのような処理が必要か、「果樹を保全しつつ薬剤依存を落として行く」現場の試行錯誤はどこまでも続きます。
バラ科植物
「現場まわりブログ」と銘打ったブログで、農業の生産現場、時により流通や販売、あるいはもっと源流の堆肥つくりなどを三々五々に紹介し、時々の時局などを織り込んで・・・・と言うのが当初の方針でした。

ところが、ご承知の3.11以来、福島県の農業生産は混乱を極め、また放射能災害と言う歴史上稀有な出来事に遭遇したためブログの内容も変わってきました。
「愚痴」や「東電批判」のオンパレードにもなりがちで、少々申し訳ないと思っています。しかし、これも「現場まわり」の一つで,まさか日本を代表する大企業、公益事業を戦後一貫して行い、日本の発展に寄与してきた「東京電力株式会社」ともあろう大会社がそんな「非道な」ことはするまい。と、思いきやこれが(広い意味での)被災者を、現状に即せず、ないがしろにしている実態(少なくとも私はそうです)が多くみられます。まず,私怨(?)はともかく、折に触れて人為的な逆風も含めて再生に臨む現場の様子をこれからも書きたいと思います。

さて、今回のブログは原点の「はたけ」の様子。

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残暑と、朝夕の肌寒さが交錯する時期になると「りんご」も色付いて来ます。晩秋の収穫物「ふじ」もほんのり赤みを差します。果物の代表格「りんご」ですが、消費の方は伸び悩んできました。消費者がりんごを好まなくなった理由は「皮むきが面倒だから」と言われたのはずいぶん昔です。簡単に手でむける「温州ミカン」がある時期から劇的に消費量を落としてきたところを見ると、もっと構造的な果物離れが起きています。

とはいえ、重要な生産物には違いはないのですが、りんごは「日常的に食べる」ものから「贈答用」という非日常的な品物へとシフトが変わってきました。そので「ふじ」という、食味が高く、日持ちがして、比較的大玉、収穫時期が暮れの贈答シーズンに近い品種が、がぜん注目を集めます。
ですから、りんご生産量のなかで「ふじ」のシェアが非常に高くなりました。一時産地では「ふじ」なら間違いなく売れるという信仰が生まれ、そう言っていた営農指導員もいまやJAの大幹部です。

それはともかく、一種の特殊需要なので当然頭打ちになります。「ふじ」は生食は美味しいのですが、アップルパイなど料理・加工には向きません。

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ですので、多様な品種、目的に応じた供給が必要になってきます。いつでも書くように、現行の農産物の生産・流通の仕組みは、国民が腹を空かしていた時期に成立したもので、むろん時期に応じで変更はされてきましたが、基本的なところは変わっていません、換言すれば「利権」の保全を図る勢力がまだ強いということでしょう。

先の写真はもう真っ赤になっている「早生種」のりんごです。

話を戻せば、暮れの贈答用に比重を上げてきたりんごの産地が、原子力災害による「いわゆる風評被害」に直面した時の「痛手」は相当大きかったとは容易に差しられます。「自分は食べてもいいけど、人様にはちょっと」という心理は誰にも止められません。

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一度、供給ソース失ってからの再生は至難の業です。東電ならずとも幾多の大企業も販路の再建が出来ず、時代の中で消えていきました。
などと考えながら、りんご畑を見ると足元に「バラの花」が。ご承知の通り、主要果実「もも」「なし」「りんご」ともバラ科植物。
低コストでCO2を出さない「夢のエネルギー」にはとんでもない「棘」がありました。小渕「アンパンマン」大臣も福島第一原発の事故処理の視察に訪れ、現場職員を拍手で励ました様子、これから薩摩川内の九電原発の再稼働にを進めて行くこと。棘の実態も、不幸にして刺さった後の対処ももう一つ(以上に)不明確です。
原発ゼロで凌いだことにの夏の分析や説明もまだありません。先週末、為替が対米ドル105円台になって火力発電燃料がまた上がることが、棘を隠す要因なのかもしれませんが。





洋ナシのこと
洋ナシの代表格「ラ・フランス」。山形のイメージが強いのですが福島でも果樹農家の補完的な生産物として栽培されています。
果樹農家は不作や気象災害があったとしても、何せ永年作物ですのでその年はやり直しがききません。そこで作業体系に合わせて複数の品目を栽培するケースがほとんどです。作業時間の平準化の意味もあります。

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初秋からの梨、ぶどうと晩秋、初冬のりんごの「ふじ」をつなぐ頃に出てくるのが洋ナシの主力「ラ・フランス」ですから収穫まではまだ1月以上あります。

洋ナシでラ・スランスと言うくらいなので、フランスをはじめ欧州で栽培されてさぞや人気のフルーツなのだろうと思うとフランスデ開発されたものの、気候が合わずほとんど普及しなかったとのこと。受粉樹として持ち込まれた日本で比較的気候に順応したことから、日本での洋ナシの代表品種になりました。

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今年ある宅配系の販売会社と試験的にラ・フランスの販売をすることを検討しています。洋ナシは日本梨のように直ぐにでも食べるわけではなく、追熟と言って採ってから何日か(ひと月近く)置いて食べます。食べる時期をどう分かりやすく表示するか、品目ならではの課題があります。
梨園
梨園(りえん)ではなく梨園(なしえん)の話題。
昨日も書いたように梨の早生品種「幸水」から「豊水」へ。これから「秋月」「新高」晩生種の「王秋」などと続きます。王秋は収穫後一定期間は保存できます(寒い時期ですが)常温で2月末か。

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例年、食品の見本市、販促イベントが続く2月、私も東京や大阪に出展していました。折り悪く、今年の2月は大雪が2回。物流機関がマヒで、生鮮野菜の物流が滞りました。また、ビニールハウスも出入りが出来ないような状態、出展してもサンプルに事欠く有様。

そこで登場したのが梨の晩生品種、最近クール・ジャパンとやらで食品や農産物も輸出産業化を図る時代。そのような販促イベントにもジェトロなどの企画で外国人バイヤーが来ています。
野菜を持ち込めず、苦肉の策として昨秋収穫した梨を展示試食をしていたのですが、東南アジア、西アジア系のバイヤーが驚いて質問攻めにあいました。

アジアでの富裕層の分布は、中国本土は別にしてドバイ・シンガポール・香港あたりと見聞きしていましたが、話をするとインドやクアラルンプールなど東南アジアの中核都市にも存在するとのこと。

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これらの消費層は、食味はもちろんですが「見た目」を重視するそうです。桃なども輸出再開や新規開拓でニュースになりますが、よく数字を見ると4、5人いれば手荷物として持ち込める程度の量。
このような報道も、プロパガンダなのかビジネスなのか、クールに見ていかなければなりません。

農家の軒先
安倍改造内閣の発足です。アベノミクス効果を地方まで浸透させるとか、経産相は福島の経済復興を優先するとか各自抱負や方針を発表していますが、ぜひともその方針で何とかして欲しいものです。

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地方経済がなかなか上昇気流に乗らない、特に原発事故の福島の経済再建を図ると小渕アンパンマン大臣が第一声で述べたようで、裏を返せばそれだけ福島の現状は厳しいと言えます。

初秋の福島は桃から梨へ「幸水」の収穫が最盛期で、週末から「豊水」の収穫でしょうか。黄緑かかった幸水から褐色の豊水へ、写真は収穫を待つ豊水です。「こうすい」と「ほうすい」おとで聴くと紛らわしいので、豊水を「ゆたか」と呼ぶ習慣があります。

果樹農家は、収穫時期が限られるのでその時の天候次第「1発勝負」のところがあります、ですからよほどの大規模農家でない限り「コメ」「野菜」も組み合わせた複合経営になります。

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花屋の店先ではありません、農家の軒先「お盆」に間に合わなかった花か、秋彼岸用の花が先に咲いたのか、仏花用の花がバケツに差してありました。

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このあたりも、野菜より風評被害の少ない花を作る傾向にあります。もっとも、花とて無限の需要があるわけではなし、盆・彼岸の需要期を外すと農家の軒先を彩ることになります。トラクターで土に混込まれるよりはましか。

今回の改造で退任した森少子化担当相、消費者担当も兼ねた立場から「風評被害」対策の遅れを反省していました。原発事故に関する消費行動等の低迷を「風評被害」と表現していいのかどうかは別として、消費者に正しい知識を伝える専門員の養成遅れのを指摘していましたが、(海外を含む)消費者が脳裏に刷り込まれた「放射能情報不信」が簡単に取り除けるかどうか。
喜んで食べていたはずの農産物の代わりに作った花が軒先を彩る。「いわゆる風評被害」の先行きを案じています。


9月です
今年もあっという間に9月です。11日にはアメリカで起きた自爆テロ9.11ならぬ、3.11から3年と半年の9.11で、またいろいろなニュースが出て来る事でしょう。
今回の目玉は吉田調書の行方でしょうか?「撤退しろ」と言った言わない、大手新聞同士のスクープから始まって元総理やらはては、あの新聞は従軍慰安婦で国益を損ねたと、まるで原発事故とは関係ない出来事も入り乱れる混戦模様。言論の自由を保障されている国と前向きでとらえましょう。でもないとやり切れません。

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しかし、3年前の「ひまわり」ブームはなんだったのかと思います。放射能の特効薬とばかりに「ひまわり」が喧伝され、やがてセシウム吸着に効果なし、と見向きもされなくなりました。

もともと、ひまわりには何の落ち度もなく、勝手に持ち上げて「効果なし」とされた、考えてみれば気の毒な立場です。そのひまわりも翌年から例年のペースで栽培され、夏を彩っています。
今年は役目を終えて、次なる主役にバトンタッチ。しかしコスモスは「まだ早い」とばかり、咲き始めと言ったところ。[コスモス街道」になるのは、月末も金木犀の頃でしょうか。

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震災の前年、ある施設での会議に出席中、休憩時間にテレビの前に人だかり、沖縄の基地問題などでミソをつけた鳩山首相の後継を巡って、菅氏と小沢氏の総裁選挙の様子でした。
剛腕小沢氏も往時の勢いがなく、市民運動家上がりの菅氏の軍門に下るのですが、その後の2人の有為転変はまるでドラマのようです。
今年の役目を終えたひまわりと、風になびくコスモスを見ながら、たった4年前を想い出しました。