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今年も半分終わります
ついこの前、年が明けたばかりだと思ったら、もう6月が終わります。
震災の後は、なおさら月日の進みが早く感じられるようになりました。

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公園は比較的早く、除染が行われましたが、空間線量はそのようには下がりませんででした。周囲の住宅などを含めた面的除染でようやく下がってきました。
欲を言えばきりはありませんが、とりあえずの目標値0.23を下回るようになりました。さらに小数点の下にもう一個0が付くようになればよいのですが。
もっとも原発事故さえなければ、気にする必要がない話で、まったく余計な心配、苦労です。専門家と称する人たちが年間20μSv/hでも100μSv/hでもさほど心配ないと言いますが、そもそもそのようなことを報道するマスコミが、福島への駐在日数に制限をかけているのでは話になりません。

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住人を失った庭は荒れ放題、無人の家も除染は入りました。庭土も剥がしたものの、高温多雨の季節になると残った草木でジャングルのようです。

反面、住宅難と建設ラッシュ。このような活況はバブル期以来と建設関係。資材の入手もままならないようです。要因は避難区域からの避難者が帰還を諦めて、住居の取得を始めたこと。
今の高校1年生が小6の卒業式直前の震災、離れ離れに逃げて中学・高校と小学校時代の友達とは一緒に過ごせませんでした。

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「住めば都」というものの、突然見知らぬ土地での生活は子供の心には重い負担です。震災と原発事故」から3年、ようやく馴染んだ第2の故郷、さらにここも去るのは忍びないと、「清水の舞台から飛び降りるような思い」で土地を取得し家を建てはじめます。
土曜日の宴席、たまたま隣に座った方がその立場。古い家は当然査定額が低い、建てたばかりなら2重ローンになってしまう。そもそも帰還困難区域以外は、「戻って来ないのは皆さんの勝手」ということで補償の対象から外される可能性もあります。
父祖伝来の土地の戻りたいのはやまやまでも、子供の心理や教育。仕事や生活インフラなど困難は山積です。人口が減少したところで小売業を再開ても採算が合わず、今度は店舗がないと日常生活に支障が出ます。

26年度の災害復旧事業の採択が決まったとのこと、しかし地震津波の物理的破壊と放射能の医学的、心理的な問題。何度も書いていますが、問題の本質が違います。もちろん、どちらが重要とかそういいわけではありませんが。
「震災からもう3年もたったので」と、何か区切りをつけたいような事を言う人もいますが、問題の本質は変わっていないというか、逆に色々な亀裂が広がっているような気がします。



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東電の言い分も,わからないではないですが
先日書きかけた、慰謝料に関する温度差について、決して調査研究をしたものではないのですが、各地の住む知人友人の話とマスコミ報道を総合した私の見方です。

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放射能災害のドキュメント放送を見ていたら、事故現場周囲の環境を調査している地元のボランティアが「東京電力(株)」を「東電さん」と親しみを込めて呼んでいました。原発に対するリスクは以前から指摘されていましたが、リスクの指摘は承知で、いわば原発の立地城下町、街づくりやら雇用やら原発とともに歩んできた事が推測されます。

原発事故後「それみたことか」という声も有りますが、あの地域の産業集積や歴史、地理を見て行くと、半農半漁で経済成長から取り残されたような地域でもありました。同じ福島の豪雪地帯で、住環境ではもっと厳しいものがある「奥会津」、戦後のある時期活況を呈します。いわゆる電源立地、流域に水力発電所を建設し電力の供給源になること、その地方出身の元新聞記者に聞くと、全国から集まる建設労働者で「コロシ(殺人)はあるしツッコミ(強姦)は出るし」と影はあるものの、投資と人が集まれば地域経済は活性化し電力の立地交付金は地方財政を潤します。

それらを見てきて、双葉地方の原発受入れをどれだけ責められるのと思うのですが。
いま、記録をたどると東電も建設から発電まで、相当ずさんな運転管理をしてきたのですが、地元との関係はそれほど悪くなかったようです。
双葉郡の中央部に町をまたいで2つの原発が稼働してきて、福島第一の方でシビリアンアクシデント(過酷事故)になりました。

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浪江町という自治体が、ADRに慰謝料増額の申し立てをして・ある程度の増額が認められた和解案を東電が拒否した件(町が窓口になって町民多数が申し立てをしたというもの)ですが、浪江町は双葉郡の北端、原発は立地していません。ですから、極端に言えばよ「その事故のとばっちり」、しかも放射能の拡散情報公表の不手際から、集団移動先は最も放射性ヨウ素の多い場所という辛酸をなめました。
地域を代表してか首長の個性なのか、ここの町長の怒りはボルテージが違うように見受けられます。もっともさらに北部の南相馬市、飯舘村(ここは相馬郡)、川俣町もとばっちりの自治体で、いま中間貯蔵施設と例の「金目でしょ」で視線が事故現場周辺に向いていますが、事故被害の本質はそこばかりではありません。

さて東京電力の言い分、概要は「被害者の個々の事情を考慮して賠償を進めるので、集団での金額提示は本件事故賠償にはなじまない」と、これはこれで的を得ているともいえます。
しかし、現実的な作業としてそれが個別的な算定というものが可能か、それでなくとも「踏み倒し」にかかっているような実態が指摘される東電の賠償。まずは、今回の場合200億円とも言われる増額分の負担を嫌い、さらに他の町村に波及することを恐れての措置でしょうが、建前にしても「ADRの仲裁案の尊重」「最後のおひとりまで誠意をを持った対応」等々言ってきた東電にしてみれば、背に腹は代えられずついに決裂、ルビコン川を渡ったということでしょうか。

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今回は、慰謝料という形のないものへの償いですが、今後財物、営業損害等生々しいモノの交渉になってきます。東電が主張した被害者個々の問題で、行政単位の申し立ては今回の原子力災害損害賠償の趣旨にそぐわないという主張、逆に東電に向う逆風になる気がします。過払い請求ならぬ新たなビジネスチャンスに、他地域の弁護士も押し寄せてきそうです。

今回は、事故の被害範囲領域があまりにも広く、仮にも「地域活性化」と「企業の利益」ともに2人3脚で歩んできた、対象地域と異なるところにも被災が及んできていています。とりあえずは、お互い主張すべきところは主張し、法と世論の動向を見るしかないのですが。







きゅうりの白い根
先月から出てきたハウスきゅうりに加えて、露地きゅうりも出荷時期になりました。
乾燥防止のために畝間に敷き込んだ稲わら、そして栽培終了後のこ稲わらはトラクターで畑の土に混ぜ込みます。

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稲わらの持つ肥料成分などは知れたものですが、有機物を混入することによって(概念的な言い方ですが)土が豊かになります。微生物や小動物の住処になって、また土に小さな隙間を作り、根に酸素の供給しやすい状態や根が張りやすく、肥料成分が雨などで一気に流れて行かない状態を作ります。

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しかし、やみくもに稲わらなどの有機物を入れればいいというものでなく、稲わらやもみ殻のように「生」に近い有機物は、発酵分解の過程で窒素を多く必要とします。農産物などの植物も成長のために窒素が必要になるので、植物(の根)と有機質との間で窒素の取り合いが起きます。
植物の成長には、窒素が不可欠ですが、多すぎても病気や品質低下の原因になります。ですからわざと土壌の過剰な窒素を消費するために、ある種の有機物を入れたりすることもあります。紙一重というか、かなりの高等テクニックなので誰にでもお薦めはしません。

葉の色、枝葉の伸長を見ながら有機物だけで、畑の栄養管理を設計します。この敷いた藁を剥いでみると、黒い土に真っ白いきゅうりの根が伸びてきています。その様子できゅうり、そしてこの畑の「健康状態」がわかります。

今日もNHKの東北ローカルで、TPP等に備える植物工場等先端農業の放送がありました。昨今の流行は「農業の先進国オランダに学べ」、しかし国情の違う国の上辺だけを真似しても始まりません。

国際競争力も含めて、この白い根の張りがポイントになってくるような気がします(ハードだけではなく植物生理にも目を向けろということです)。晴れやかに津波の土地に作った植物工場で将来の夢を語る若き農業者、NHK的な画面はいいとして、設備投資など資本の勝負に持ち込むと、それで利益のとれる面々が舌なめずりをしているようで、画の背後がどうも気になります。

梅雨のあとさき
6月も末、梅雨真っ只中ですが、あまり雨がありません。真夏並みの最高気温が続きます。大雨や降雹のニュースは聞きますが、福島は天候については穏やかです。もっとも、天候くらいは穏やかでないと堪りませんが。
エルニーニョによって冷夏、と言われていましたが、ここにきて平年並みの予報。冷夏よりは平年並みの方が望ましのですが「何のための長期予報」と思えなくもありません。
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とりあえず季節がら、街の至る所に「アジサイ」です。日の長さとアジサイ、雨はなくとも日本の初夏です。
新年度から3か月、中学1年生も何となく中学生らしくなってきました。中体連の地区大会も終わり、そろそろ「玉拾い」「声だし」「応援」から少しずつ実践練習に入れてもらえる様になり、ここいらで「ホープ組」「挫折組」が色分けされます。

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「補欠でもやり遂げることが大切」などとは、ずいぶん後から言える事。ゆとり教育、順位をつけない小学生から、ちょっと大人になって味わう苦労は苦くもあり切なくもあり。

東京都議会の「セクハラやじ」も、ネズミ1匹で幕引きの様子。そのおかげで「金目でしょ」も、うやむやになりました。そこに最新のニュースADR(原子力災害紛争解決センター)が、浪江町民が要求していた慰謝料の上乗せを認めたものの、東電が和解案を拒否、というニュース。
「やはり金目の話題」と見えますが、地元からするとそんな単純なものではありません。電発立地の双葉郡といっても、原発が有った自治体、「火の粉」ならぬ放射能だけかぶってしまった自治体、帰還困難区域を抱えたところ、中間貯蔵施設の候補地と住民の思いは様々です。順を追って、そのあたりをこれから書こうと思います。

風評被害の実態
支援需要に隠れて、または品薄時は「背に腹は代えられず」福島産を表示しないような業務需要もあり、どうも風評被害の実態は明らかではありません。
復興庁は、いわゆる風評被害を「根強くある」として、払拭に向けて対策を講じるとのこと。その内容はと見れば食品の購入に関しては「経団連会員企業」に需要を呼び掛けるというものなどです。

結局、一種の支援需要を組織的に行うだけで、風評被害払拭というより「需要の落ち込み緩和」。どうも本質的な風評被害払拭とは「似て非なるもの」に思われます。まさに、いつか来た道。

風評被害による(本人たちは信念で食べないということですが)、福島産(および北関東等)を忌諱する消費者層の需要を回復させるのは、「モスリムに豚肉を食わせるようとするようなもの」と称した人がいますが、まさにそれに近い感じがします。

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経団連とは、大企業の互助組織のようなもの。産業競争力の強化のために安いエネルギーを欲しがるのは当然の事、また大手金融は東電に相当の融資金額があり、事業に行き詰まられれば困ったことになります。ですから、風評被害の払拭やら、ひいては原発の再稼働に前のめりになります。

風評被害に直接かかわる食品流通現場の話、首相が「安心でおいしい福島産、私もいつも食べています」と発言すると、風評がたちまち巻き起こり、「発言には裏があるに違いない」という見タテで風評被害が加速すると言います。
一国の総理がそのような見方をされることも問題で、「総理2年大臣1年の使い捨て」と揶揄されたのもはるか以前で、総理すら持って1年の実態が何代か続きました。首相発言に信頼性が乏しいというのは、現首相の責任ばかりではないのでしょうが、なんとも手の打ちようがないというのが現場の意見です。

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手を尽くしても知恵を絞っても、売れ残る農産物。ため息しか出ないというか、ため息も出ない日々がもう3年余り。いつまで続くかわからぬ泥濘の中で、復興庁の肝いりで支援をする団体に指名されたのが「経団連」、不法行為のために加害企業になった東電を支援する団体に支援してもらう「摩訶不思議」さ、問題の解決を一層複雑にしています。
青果市場の黄昏
ローソンの新浪会長がサントリーの社長になるニュース。サントリーと言えば洋酒というのは大昔の話、お茶の伊右衛門に缶コーヒーのBOSS、ペプシコーラの日本法人がサントリーの傘下に入ったのは知っていましたが、最近CMでよく見るフランスの国民的飲料「オランジーナ」もサントリーであったという話には驚きました。洋酒屋時代から変わらないのは「西のサントリー東の資生堂」と言われた宣伝上手か。

それにしても食品メーカーたるサントリーが流通出身の新浪さんを社長に持ってくるあたり、やはり売ってナンボの世界か。サントリーの主なリテールは自販機とコンビニでしょうが、それにしてもローソンとは。
サントリーの創業者は「やってみなはれ」の鳥居信治郎氏、やはり伝説の創業者本田宗一朗氏などが聞いたら「作ったことのねえのが社長かよ」とか言いそうです。まずは時代です。

さてさて本題、その時代にのれない業種・業態。
「青果市場」という存在は、誰でもあることは知っていて、社会の教科書にも登場するのですが、実態はよく知られていません。

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先日、フードシステムを研究している研究者を案内して青果市場へ行きました。行くたびに雰囲気が暗くなっていま。研究者の持参した取扱い金額の推移表を見ると、如実に実態がわかります。右肩上がりならぬ右高下がり。そんなと言葉はないのですが、うなぎ登りならぬ「うなぎ下り」。

現行の青果流通システムの中で、はないと困る機能なのですが、それにしても衰退ぶりは目を覆うばかりです。
暮れ・正月になると、止市だ初荷だと普段やってもいない「セリ」をして見せて、季節の話題として、存在感をアピールして見せていますが、アマゾンやらの制御された物流機能を見ると、どうしたものかと思ってしまいます。
「何とかの台所」と称して、お約束のようにその時期取り上げてきたメディアもメディアという気がしますが。

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もっとも働いている人たちには知り合いも多く、以前組んだコンソシーアムでもお世話になりました。当時から前途に暗いものは共通認識として感じてはいたのですが、やはり公設市場(説明すると長くなるので割愛しますが)の性質上、半官半民のような状態で思い切った変革が図れなかったのでしょう。

保護するのがいけないのではなく、保護の仕方を間違えた。日本農業の問題点がここでも現れていました。
新しい農業の大変さ
来月、農協改革がテーマのシンポに講演します。詳細は決まり次第書きます。
場所は東京、おそらく丸の内、気鋭の経済学者等に交じっての講演です。もう10年になります、東北農政局の委員を仰せつかって、農協改革を唱えたこともありました。しかし、その頃とは時代が相当移り、農協改革がかなり現実身を帯びてきたので、かつての「農協制度疲労」的な抽象的な表現ではなく、具体的な「処方箋」が必要になります。

一般的に農協なるものは、「前時代の遺物」、「日本の農業は改革が遅れていてそれが証拠に後継者がいなくて高齢化が進む」と、一般論ではよく語られるところです。そして「いわゆる6次産業化」「植物工場」で農業の未来像を示されるのですが、実際の生産流通現場からすると「絵に描いた餅」。実例を挙げるときりがないのですが、現行稼働の植物工場などはプラントメーカーの展示施設のようなもの、農業生産活動で利益が上がるかどうかは、まだまだ未知数です。

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農業の生産・流通の実務の現場から、未来像を作ろうとしている当方から見ると、参考になるのが「養鶏業」。畜産業と一口にまとめられるのですが、ご存じのように「卵」と言うのは物価の優等生。戦後これほど値上がりしない商品もないと言われています。牛肉のような政治力を持たずに、企業化、大型化、合理化で押してきた日本農業では稀有な存在です。

しかしこのところ逆風もあります。鳥インフルエンザなどの病気。一節によると、渡り鳥がウイルスを運んで蔓延させるということ、こうなると防御の手立てがありません。運搬用のトラックをこまめに水で洗浄していますが、空からの来襲には気休め程度か。
為替の円安、ほぼ全ての飼料は輸入によるもの、為替リスクが経営に直結します。そして環境問題、施設が大規模化するほど大量の糞尿が出ます。そしてその臭い対策。

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そのあたりを一気通貫に対応して、さらに他分野にも応用できるような方策。糞尿の悪臭ならぬ、宣伝句作なりますが、現場のソリューションとクラウドに代表される先端技術の融合。そこが私の講演内容になってきます、決して畜産や鶏卵の話ではありませんが。


震災関連死
「震災関連死 自殺止まらず」の新聞見出し。福島県内の50、60代の自殺が増えているようです。「避難等によって適切な治療が受けられなかった」ケースはまずは関連死。それと自殺と一緒にすべきか、震災に起因する自殺と項目を分けるべきだとは思うのですが。
震災関連死と言っても、自殺は宮城・岩手より福島が異常に多いデータからすると、「原発事故の影響による自殺」と特定をした方が問題がはっきりします。
実は、昨日その話題が2件、東京からの来客を紹介したいとのことで知人の社長から招待されて昼食会場へ、そこの女将が私と以前からの知り合いで「世の中狭い」と話をしているうち、近隣の同業の女将の話になりました。私と女将の共通の知り合いであった、その「同業の女将」、実はその人が震災の年に自殺。「明るくてそんなことをする人には見えなかった」といっても、惨事は人を変えます。その後、近所の小中時代の同級生の家で同級生の兄嫁の自殺があったとのこと、いわゆる鬱状態、周囲も気をつけていたようですが、部屋に鍵をして事に及んだため「工作車」も来て一時騒然となったそうです。

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福島駅から飯坂温泉に向かう「福島交通飯坂線」。通称「飯電(いいでん)」、かつてJRが行い広報の大失敗例とされる(国電→E電)とは、もちろん違いいます。
地元住民からすると見慣れた電車ですが、鉄道マニアからすると垂涎の車両らしく、昔は東急の車両として東京西部を走っていたタイプ、しかも当時の技術の粋を集めたアルミ製車両と言うことです。鉄道マニアは語り出したら止まりません。

さて、本題です。以前、福島駅前(西口)を歩いていたら、突然アルバイトの女子学生風に呼び止められて「自殺しないでください」と自殺防止の4文字か書かれたティッシュを貰いました。見渡すとのぼりが立っていて「心配事は近隣の関係機関にご相談をとのこと」。国か県が予算をつけ、人権保護団体とか使って行っている自殺防止キャンペーンの一種なのでしょうが、「対策を施した」というアリバイ作りのようなもので、これで自殺が減るとは到底思えません。
アルバイトとは言え、東リがかりに突然「自殺しないでください」と、ティッシュを渡す方も勇気がいります。

人が死を選ぶ(選ばざるを得ない)状況のなか、「どうせ金目でしょ」とうそぶく大臣もいるご時勢ですが、これはゆゆしき事態だと思わざるを得ません。
先ほどの東急の払下げ車両、東急では池上線を走っていたとのこと。西島三枝子の往年のヒット曲「池上線」の残像を求めて、かの電車を見に来る「ファン」もいるそうです。西島三枝子の池上線のストーリーをたどると、人間は経済的困窮だけでは、そう自殺しないのではないかと思います。


最後は金目でしょ
18日東京ビックサイトのバイオマスシンポに出席、林農相とは1年ぶり。19日は赤坂で打合せの後、知己の国会議員(女性)が時間が空いたとの連絡、国会末期のスケジュールが立て込む中、恐縮しながら議員会館へ。風評被害等のおぞましい実態について説明しました。

そして、問題発言「最後は金目でしょ」の話題へ。野党7党派の不信任案提出も、永田町近辺は至って静か。前回、議員会館来たときはちょうど「秘密保護法」の審議中、デモや抗議で官邸、議事堂近辺は騒然としていたjことと比べれば、まるで平穏。

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福島の除染の現状と復興対策、特に「心」の問題について重点的に意見交換。環境相は「ぶら下がりの公式な話ではないので、撤回の必要なない」との見解でしたが、発言の取り消しと謝罪。撤回するならば「ぶら下がり云々」はなんだったのと言う話。

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これを受けて、候補地自治体では両町長とも態度を軟化させ、復興に空白を生まないようにと「辞職を迫ることには慎重」の姿勢になりました。町長の見識か、または、何れ筋からアドバイスがあったのか。
確かに除染で出た膨大な土などを保管する施設は必要、しかし不用意な発言によって地元住民が感情を害したのもまた事実で、関係省庁もまた新たな重荷を背負うことになりました。
環境省にしてみれば「これは本来経産省の仕事とでしょう」と言う気持ちちがあるのでしょうか。
しかし、生活権の侵害は補償として「お金」で解決しなければならないことも動かし難い事実で大臣の苦し紛れ?の「金で解決しようと思ったことなどない」、というのも現実的ではない話ではあります。また、何ともやりきれない事態になりました。






「暴走中年」の責任論
福島県知事の軽重が問われることがまた起きました。石原環境相の「最後は金目でしょ」発言で、福島県と地元自治体が反発を強めています。まあ、それはそうですよね。

ここ何回か書いた道路建設、要は「放射性物質の中間貯蔵施設へのアクセス確保」と言うことで、異様に急いだ工事を進めているのですが、肝心の[中間貯蔵施設と言う名の実態的に最終処理施設化]を否定できない施設の設置場所が決まりません。そのいら立ちから、ぶら下がり取材で余計なことを言ってしまったという新聞の解説ですが、この大臣何度かの前科があります。
事故現場を第1サティアンなどと茶化していました、実態的に首相が閣僚の首を切ったとしても、トカゲのしっぽ切りで、何か実態が変わるわけではありませんが、やはりこの大臣の首は切ってもらわないと、復旧・復興の体制や姿勢が疑われます。前政権の経産大臣が、(防護服の放射能を)くっつけてやると言った(といわれる)ことで辞職に追い込まれましたが、被災者の尊厳の見地からは今回の方が傷は深いと思っています。
もっとも、辞任の経産大臣の後任には、風評を煽る「直ちに健康被害」云々の前官房長官に出てこられたのには驚きましたが。

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近隣でも、除染作業が続いています。しかし、除染をしてもらっても線量が下がるだけの話で放射能災害がなければ思いもよらなかったこと。例えば「屋根の瓦がずれた」「壁面の塗装が落ちた」「庭の草木が剥がされた」もちろん大規模な破損には保険が適用されますが、除染をしてもらったとしても、住民にはメリットはなく、立会だヒアリングだと余計な手間暇と出費がかさみます。

被災地はゴネてれば「お金が入るのだろう」と言うようなことはなく、全くの泣き寝入り。空前の(絶後にしてもらいたいのですが)国難に対して、出来る限りの協力と忍耐を続けているもので、「最後は金目でしょ」と言うのは「それを言っちゃあお終いよ」の世界になってしまいます。
もちろん詐欺まがいと言うか、まるっきりの詐欺で「賠償」をせしめる犯罪者もいますが、これによって正当な「補償」「賠償」が行われないようでは、それこそ世も末です。

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除染事業で、地元にお金が落ちていることは否定しませんが、どう見ても潤っているのは元請けのゼネコン。せめて現場近くのコンビニで作業員のお弁当が売れている程度の経済効果しか実感しません。

辞職で溜飲を下げるとかその次元の話ではなく、歴史的な困難に挙国一致で臨むような「気概」を見せて貰いたいものですし、失言官僚の「首」も獲れないようでは、県知事の再選も難しいような気がします。

梅雨の晴れ間
梅雨の晴れ間にしては夏のような太陽が降り注ぎます、しかし突然雨がパラパラと落ちてくる様子はまさに梅雨。
雨で散歩が出来ないストレスを晴らすように、この時ばかりはと犬の散歩を見かけます、

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一頃ほどではないにしろ、まだ東京の駅前で震災で行き場のなくした「ワンちゃん」「猫ちゃん」に愛の手を、と募金をしています。どこの被害犬や猫に物資や住居が届くのかわかりませんが、被災地としてはあまりいい気持ちはしません。

前回まで書いていた、峠越えの地域は野生動物が増殖して周囲を困らせています。栗子峠の方は「熊」「ニホンカモシカ」「猿」、境の桜の方面は「イノシシ」そしてやはり「猿」。ことに避難区域の近くは文字通り野生の王国と化し、「イノシシ」は人が避難して放置せざるを得なかった豚と交配し「野生イノブタ」が大繁殖しています。それが当然彼らにま全く関係のない「行政区分」を越えて行きます。
やはり自然の中で人間と共存するためには、ある程度駆除しないと生活に支障が出ます。
自然の中で授かった命を抹殺しなければならない事実、「ワンちゃん猫ちゃんにも命はあります」と言う主張はわかりますが、「猿ちゃんにもイノブタちゃんにも命はあるわけ」で、このような事態を引き起こした根本を見ないで枝葉末節の対応にして、動物愛か自己満足か、新手のビジネス化あるいは宗教か、よくわかりませんが活動の方向性はちょっと違いませんか?と言いたいところです。もっとも後者の2つだと「大きなお世話」と言うことになりますが。

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夏休みの宿題と言うと、定番はアサガオ観察と昆虫採集。私は昆虫採集派で、考えてきみれば殺生を繰り返していました。自然科学に進んだので「無益」であったかどうかはわかりませんが、棺蓋までには結論が出て来るだろうと思います。
通路やエントランスにもアサガオのプランターが目立つようになりました。
海の日のころにはアサガオのパーテーションや日除けが涼をもたらしてくれそうです。自然科学に進んだなどとエラそうなことを言っても、名前もわからない花もたくさんあります。

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除染で根こそぎはぎ取られた草花も、まだ植えられてきました。被災地福島も遅々としながら再生に進んでいます。駅前で募金を集める事だけが再生の手助けではありません。
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地域活性化のカンフル剤として欲しかった公共事業。反面、国の財政収支は巨額の赤字。この構図の中で公共事業抑制や消費増税があったわけですが、ニューディール政策を例にとるまでもなく、新たなお金の流れを作る動きは地域の活性化策としては不可欠になります。

公共事業は麻薬に例えるのも問題なのですが、使い方次第では「一時的なその場しのぎ」だけで終わってしまいます。公共事業がインフラ整備などで地域産業の活性化につながればいいのですが、金太郎飴のような画一的なばらまきで「金の切れ間が縁の切れ目」カンフル剤が効かなくなると、新たなカンフル剤を求めるようになります。

前回書いたように、東北は縦(南北)の動脈は高速道、新幹線等々業のインフラは整備されてきたのですが、人口密度や地理的な条件によって、その恩恵に浴せない地域も多数存在します。その対策の1つとして、原発や放射能再処理施設などいわゆる「嫌悪施設」が生まれてきたわけです。

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放射能は科学技術によって抑制できるふれ込みでしたで、ローコストのエネルギーと言うことになっていましたが、「限りないのが人間の欲望」で、さらなる低コスト化と言うか、要は手抜きによってリスクを増大させてしまいました。あるメディアでは東北電力は古文書から平安時代の地震・津波の研究をしていたが東京電力は、東北電力の研究を通じてそのような手法があることを知った様子である、としています。

東電の原発事故対応もあって、急に公共事業が増えて、浜街道に向かう道路工事現場が「要塞」のようにそびえているさまは、何とも歴史の皮肉としか思えません。

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文字通り「限りないのが人間の欲望」で、エネルギーをふんだんに使う生活からどこまで脱却出来るか、きれいごとの論調は多くありますが、得てきた快適性や工業分野の安い電力で得た富を手放すのか非常に難しいところではあります。

「脱原発」で世論が盛り上がっていながら、選挙では自民党が勝つという捻じれ現象が如実にこの問題の難しさを物語っています。
何を思ってか先を急ぎたがる憲法解釈より、こちらの方を国民的な議論にしなくてはならないことなのでしょうか。

ともあれ、利益を優先にしてリスク管理を後回しにした、津波が真っ先に押し寄せるようなところに非常電源用ディーゼル発電機を並べ、「発電所の電源喪失」という洒落にもならない現実から、多大な生活や経済損失をもたらしてしまった東京電力の責任はもっと厳しく問われるべきだと思っています。

「安易な経済活性化は時として悲劇的な損出を生じさせてしまう」ことを身をもって感じるには、ずいぶん高い授業料を払ってしまいました。
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峠は峠でも国道13号線、いわゆる出羽道の栗子越えではなく今回は国道115号線の中村街道、相馬民謡に「伊達と相馬の境の桜」と唄われたあたり。
中村とは相馬市の中心部、以前から不思議に思っていたのですが自治体名の「相馬」とは地名ではなく治めていた殿様の名前。相馬藩小藩なりとは言えど、江戸期に国替えがなかった稀有の存在、その辺が理由なのかもしれません。

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相馬野馬追は来月、この地方の梅雨明けの目安です。例年より早い梅雨入りでした、エルニーニョによる冷夏が心配される今年、順調な梅雨明けが期待されます。多少過ごしにくくとも、節電が気になろうとも、カッっと照る太陽がやはり健全七つです。

さて、この地域意外な活況です。現在復興支援道路が建設中、急ピッチでトンネル掘削や橋梁建設が行われています。急峻な山岳地帯ではないといっても山間部、文字通り山あり谷ありで、道路1本通すにしても大がかりな土木工事になります。

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もともと、東北は北に向かう幹線はあっても、東西の道路が不足していて、同じ県内でもアクセスに不自由していました。福島・相馬間の道路拡充も長年の懸案でしたが、ここにきて「復興支援道路」としてかなりの予算が付いた模様です。

もっとも、中通り地方以西の除染で出た廃棄物を、建設予定の中間貯蔵施設に運ぶための重要道路、要はこれも原発事故のしりぬぐい。永年道路建設を要望してもどうにもならなかった新線建設の裏にはいろいろな事情があるようです。
もっとも、津波と原発で大打撃を被った相双地区の復旧には欠かせない道路でもありますが。
峠越え 2
先日の栗子峠を越えて「米沢」までいった話の続きです。
目的は山形大学工学部、付き合いの長い研究者を訪ねました。歴史を感じさせる本館が工事中、シートで覆って改修作業です。日光の東照宮でもあるまいしとも思うのですが、もちろん明治以降の建物で東照宮ほど古くはありません。

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わが実家でも、この冬の大雪で瓦がづれたようでこのところの梅雨の雨で雨漏りがしていました。我が家の屋根に山形大学工学部旧本館の瓦を引き合いに出すのも恐縮なのですが。

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福島大学のように「顔パス」とも行かず、守衛室で通行証を受け取り、愛想の良い守衛さんに親切な案内を受けて研究等に向かいました。何度か来ているので構内はある程度知っているのですが、せっかくの守衛さんの案内なのでその通り進むと仰々しいプレートが目につきます。

化石燃料はは燃焼したときに炭素が発生するので有機化学と、頭では分かっているのですが理系でも農学系の悲しさ、どうも有機化学の概念に違和感があります。もちろん有機化学が悪いのではなく当方の浅学ですが。このようなプレートの場所はさっさと素通りするに限ります。

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われわれ学生のころは「地方の国立」というと、ダサさの典型のような学生だったのですが、昨今は「青山の246」はともかく、渋谷・新宿あたりを歩いていてもおかしくないような容姿、風体の学生がほとんどです。個人情報と映像権の関係でアップできないのが残念です。

肝心の研究の話題はまたいづれ。

峠越え 1
梅雨の中休み、朝方の雨も上がり久しぶりに日が差しました。
検体を持って山形大学工学部のある米沢へ。ひところ頻繁に訪れていた米沢市ですが、事業分野の移動によりあまり来なくなりました。
福島から米沢へは国道13号線、栗子峠を越えるルートです。現在の13号線と新規格の道路工事が並行して走っています、豪雪地帯ですが雪のない時期は現在の国道も快適なルートで、新緑が楽しめます。

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米沢盆地の下り口は国道を外れて側道に入りました。こちらの方が直線距離が近くなります。工事道路のガードをくぐると水窪ダム、このところの長雨で満々と水を蓄えています。久しぶりでこの道路も通りましたが、どこかの風景に似ているという気分に。山間のせき止めダムなどどこも似たようなものなのでしょうが、「そういえば浪江町の大柿ダムに似ている」と思いました。

原発事故現場、双葉郡から県庁所在地福島に抜けるルートは概ね二つ、南相馬から飯館、川俣に抜ける道路、もう一つが浪江町からやはり川俣を経由して福島に着く道、これが国道114号。もちろん側道、支線は多数ありますが。

浪江で太平洋にそそぐ請戸川、川沿い国道114号を進むと峠に向かって左手に大柿ダムが現れます。いくつかのトンネルがあって、ダム横には駐車スペースがあって小休止のは格好の場所でした。
このダムを過ぎて峠に向かって進むと浪江町津島地区、峠を越えたところが川俣町山木屋地区。いずれも農業、畜産地帯豊かな自然に恵まれつつも過疎の街です。

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東電事故の何号炉か知りませんが、水蒸気爆発の時の風向きがちょうど114号線方向で、津島も山木屋も高濃度のセシウムが降り注ぎ、特に津島は除染さえもままならぬ濃度になってしまいました。
かつて、津島の住人がそっと自慢していたのがDASH村。震災前まではTV局の方針で所在地が明らかにされていませんでした。

DASH村の農業の達人「明雄さん」亡くなったとのこと、新聞によると告別式は13号線沿いの斎場で行われたようです。私も3.11の数日前、南相馬のアスパラガス農家を訪れて、津島・山木屋を通り帰ってきました。
水を満々とたたえたダムを見ながら、科学技術や経済合理性とやらに踊らされた数奇な運命を考えました。




果樹農家の憂鬱
福島盆地、平坦部は曇天ですがやや高台にあるあづま運動公園は小雨が降りやみません。公園の一角にある陸上競技場では日本陸上選手権が開催されていました。
関東地方も雨模様、国立競技場で開催しても雨の中で行われたはずです。その国立も東京五輪に向けて役目を終え、新競技場の建設に着手とのこと。

梅雨時ですので雨天は仕方のないことながら、くっきりと青空に映える吾妻連峰を国内から集まった精鋭に見てもらいたかったという思いはあります。しかし、勝利者インタビューの中で、福島に来れたことを喜び、復興に役立てればと言う趣旨の発言をする選手がいて、地元福島の人間としてうれしい限りです。

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吾妻山の中腹にある競技場、そのすそ野に広がる果樹園。その果樹農家と話をしました、放射能災害を受難としてとらえてそこからの立ち直りを目指しています。この農家も、より商品価値の高いさくらんぼに経営の軸を移したいと考えています。いままでもJAには頼らず、今後も頼るつもりはないという意向です。東電との賠償交渉もJAからは断られ、個人的に交渉しているとのこと。加害企業にもかかわらず農家を馬鹿にした担当者の物言いに怒り心頭だそうです。「桃の売り上げファイルにどうしてリンゴも入っているのですか」「顧客が桃もリンゴも買い上げてくれたので一緒に管理しているのです」、このようなやり取りが延々と続くのだそうです。税務申告も問題なく済んでいる、つまり国税も理解していることを加害企業がイチャモンをつける姿がにどうしても納得できないようです。ですから、減収分以外はビタ一文要らないからと交渉に臨みます。もっとも、交渉も資料つくりも減収分を補うためであって、いわば余計な仕事。これで事務費が出るわけではありません。東電は社員ですので給料をもらってしている仕事、東電の社員と言っても現場に回されるのは「昨日まで電柱に登っていたりマンホールに潜っていた社員」交渉の決定権などあろうはずがなく、本部の然る筋に決裁を仰ぐ身で、今度は伝言ゲームが延々と続くといいます。

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気が滅入る一方の被害者の方も、一時の安らぎを求めてか見事なバラを咲かせていました。門柱に鮮やかなバラがあったりするとやはり心が和みます。
別に震災があったので花を植えたわけでもないでしょうが、改めてみると福島は四季の花に恵まれています。知れ渡った桃の花の時期でもありませんが、せっかく福島まで来て雨の中で競技を終えたアスリートの目にも届いたでしょうか。

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梅雨の定番、紫陽花も咲き始めました。エルニーニョ現象とやら、長雨や冷夏が心配されますがかっと照る太陽がやって来るよう、果樹農家の皆さんと待ち望んでいます。
除染の様子
報道によると、除染後の許容を放射線量を現行の約2倍にするという案があるとのこと。そもそも年間1ミリシーベルトから割り出した現在の除染目標値が高すぎるという意見は過去にもありました。
当時の民主党政権、細野環境相が発した苦し紛れの公約が一人歩きしたもので、科学的根拠に基づくものではないとの見解ですが。
おそらく環境省か経産省、事によると税制支出を抑えたい財務省あたりの観測気球と見ますが、厳しすぎる数値は復興・帰還の妨げになるとの地元自治体関係者の意見、と言っていますが、まずはあり得ない話。不安があって除染しろと言っているのに緩和するのはまさに逆行、自治体がそんな事を自ら言えば住民からとんでもない反発が来ます。もっとも何かの条件で、「言わされた」と言うことは否定できませんが。

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科学技術や科学的根拠と言っても、これだけ多額の研究費を使いながら、実に脆弱と言うかそれを運用する側のモラルも問われている現状において、一説だけを強調して「安心」「心配するのはとり越し苦労」と言っても、福島県民はじめ国民は信用しません。逆オオカミ少年現象と言いますか、もっともオオカミ少年にしか見えないメディアもありますが。

除染も公共施設、一般住宅から、文化財のようなところに進んでいます。面的除染ですのと当然と言えば当然です。無駄な経費、ということが「科学的根拠」論者の意見でしょうが、このようなコストつまりリスク対応まで含んでの原子力発電コストですので、今後の原子力発電の継続を考えるのであればこのようなリスクコストまでカウントすべきです。

もっとも、ガードをかいくぐって一部明らかになった吉田調書等によると、一つ間違えると首都圏はじめ相当広範囲でこれ以上の放射能が四散した可能性があり、ヘルメットと不織布マスクの作業員が手で土を掻いている除染などで済んでいるのは不幸中の幸いかもしれませんが。

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もっとも世界に科学技術の粋を結集して、世界に類例がない事故処理や廃炉作業を行っているはずの福島第一原発事故現場でも、実は汚染水が堰から溢れていた、タンクから長時間漏れていた汚染水が汲みあげ井戸の流入して数値が上がっただの、なんとも長閑なトピックに満ち溢れています。一足先に天に召された吉田所長、どのような思いで下界を見てますか。現場も梅雨入り、まだ関東以西のような豪雨ではありませんが、水の処理が気にかかります。
4度目の梅雨入り
東北南部も梅雨入り、震災から4度目の入梅です。
地震、津波、放射能災害と当地としてはそれどころではなかったのですが、平成23年は豪雨の年でもありました。西日本で長雨が続き、福島でも会津地方の只見川の洪水、水力発電所や鉄橋の破損などの被甚大な害がありました。

このところの猛暑から一転、例年から早めの梅雨入りになりました。放射能災害の爪痕も癒えないなか、これ以上の災害は全く御免被りたいと思っています。

「東電福島第一原発の事故現場でトラブルが起きるたび風評被害が再燃する」という福島県知事のコメントを紹介した矢先、またも流出があったようです。それも当初東電は、「タンクから漏れた汚染水は堰内で止まっている」発表でしたが、一転「堰外にも流出」と訂正、これで風評の逆風がまた増してきます。

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仮設住宅での孤独死が相次いで出ています。そう高齢でなくとも、非日常の暮らしに疲れは蓄積されているようです。
最長二年の想定の仮設住宅も、すっかり悲しい生活感が出てきました。日々の生活の癒しのはずの草花も、もう住居に根を下ろしている感じがします。プレハブの仮設で、また湿気や暑さとの闘いがはじまります。入居費不要、慰謝料付と揶揄する向きもありますが、金でどうこうと言うものでもないように思います。人間には我慢や辛抱にも限度があります。

梅雨の語源で、梅の実の熟す頃だから「梅雨」と言う説があるのだそうですが、たしかに梅の収穫は6月です。
梅は梅の実に放射能が出続けていました。幸いと言うか、梅は桃やリンゴに比べて出荷量が微々たるものなので、そう大きな影響はありませんでしたが、農家にとっては小なりといえど出荷を目的にした換金作物には変わりません。

ここの農家は、梅の木を伐り「菊」の栽培に切り替えました。お盆用の菊、切り花で時期になるとスーパーやホームセンター時によってはコンビニでも売られます。「食品だと風評被害があるが花だと影響が少ない」と言うことでJAなどの指導のようです。露地栽培なのでコストもそんなにかかりません。

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ところが、問題はかなりのギャンブル性がある品目、天候等の都合で出荷がお盆(旧盆)から外れると商品価値がほぼなくなること。
考えてみても、お盆休みの墓参りに間に合わなかった仏花に商品価値はありません、「丹精こめて栽培した花できれいですよね」は何の意味も持たない特性があります。
モノ余りの日本で、ソースを失ってまた新たなソースを作り事業化することなど容易いことではありません。地域独占の電力事業、監督官庁の顔色を見れいれば安定的な利益が得られた電力会社に、この辺の経済の仕組みを説明するのは大変です。
有機米の水田 2
さて、画期的な装置の話ですが、その前に「有機米の風評被害」の話題。昨日、ある組織(経済団体)の総会があり、来賓の佐藤福島県知事の祝辞。例年、副知事なり出納長の代理出席なのですが今回は自ら御出まし、態度は明らかにしていませんが今秋の知事選、「出馬」と見ましたが、そのことは置きます。
知事も風評被害について、いくらトップセールスで頑張っても東電の事故意現場で何か起き、ニュースが流れると「水泡に帰す」の繰り返と述べました。
知事も、一般論としてここまで言うのですが「有機米」の生産者はもっと深刻です。コメに関わらず有機食材の愛好者は安全安心に敏感、それらを含めた品質に「応分の対価を払う」用意のある人たち。したがって、逆に言うと風評のある福島産を最も避ける人たちです。

ここで、出てくるのが「科学的なデータを示して風評被害の払しょくを図る」と言うお決まりのフレーズなのですが、大体事故当時の総理が、周囲の勧告を無視し視察と称して事故現場に乗り込んだので、対応が遅れて事故を拡大させたという指摘。次の首相は事故から半年程度で「収束宣言」を出したものの、基準値超えの農産物が出現相次ぎ、除染の方針も決められない体たらく。当時野党だった自民党は「収束などほど遠いのに収束宣言」と非難しました。
ところが、政権交代のあと、昨年の東京オリンピック誘致では「事故現場はコントロールされている」と言い切りました。が、汚染水は漏れ続けてさらにALPSは正常に作動せず、でイチかバチかの凍土壁と、話が一向に前に進みません。

ここで、国の安全基準を満たす科学的データと言われても、農作物のデータの信憑性と言うより、まず事故処理とは原子力政策に関する信憑性の問題になってきます。

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「ちゃんと測っている分他産地よりまし」、などと言うネガティブキャンペーンをする訳にも行かず、本当に途方に暮れる福島の有機出荷者です。

そこで、いろいろな企業や組織・団体が「画期的」「福島を救う」と言うふれこみでやってきます。
おコメの話、当事者の一生懸命さはよく伝わったので、あまり技術を特定できないようなあいまいな話になりますが、おコメが獲れる要素は、穂を付ける茎がいくつあるか(有効分けつ)・穂の数(粒数)・穂の中のコメの一粒の重さ(粒重)・そして面積の中で茎の束(株数)が幾つあるか。乱暴に言うと、これらの乗数でしかコメの収獲量は量れません。

技術や機材を持ち込む方や紹介をするコーディネーターに、その技術のどこがそれらの要素にアプローチをして結果が出るのか。一生懸命に聞くのですが「エビデンス」と称して4,5年前の水田の写真と比較データとして品種の平均収量(農水省版)。
いくら肩入れしたくともちょっと無理です。こちらの方面でも農業の夜明けは遠いか。


有機米の水田
化学肥料を使わず栽培する米を有機米と言います。もちろん難しい定義はありますが、それはひとまず措いておきます。
通常の栽培よりかなり手間暇が係ります、その分売価は上乗せできますが、手間暇に見合うかどうかは経営次第です。ところが、TPPなどにより価格競争等の激化が予想される今後のコメ栽培では、とりあえず差別化技術として押さえておきたいワードです。
ところが、化学肥料を有機肥料に置き換えれば直ぐにでも生産手段の移行が可能かと言えばそうでもありません。

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田植えが終了して約20日経つ有機水田、一般の田んぼがすくすくと育ち始めているのに何とも貧弱なまま苗が風にそよいでいます。慣れない農家はここで狼狽し化学肥料を撒きだします。

有機米はここからまだ一月は辛抱が要ります。隣近所は心配して「どうしたの?」と声をかけてきますが耳を傾けてはいけません、イネの生命力を信じてひたすら待ちます。
有機肥料は分解をして根系から吸収される状態になり始めて生育が追いつきます(これも相当乱暴な言い方ですが)、そして追い越します。8月ころには驚くほど繁茂します。ところが有機施肥設計を間違えると、絶対的な成分が足りず青立ちのまま秋を迎えることもあります。

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昨年の春、知り合いのコンサルタントから「東京の公的機関」が画期的な農業資材を認定したので、話だけでも聞いてくれと言う話がありました。確かに都の外郭団体のコーディネーター名刺を持つ担当者が、朴訥とした企業経営者を連れて見えられました。
触れ込みでは、この企業が開発した水の活性化装置を通した「水」を掛けるとコメの品質が上がり、多収になるとのこと「都の認定技術ですよ」とコーディネーターはまくしたてます。朴訥とした生真面目に開発の苦労を語る経営者と饒舌なコーディネーター、この取り合わせが面白くて技術の内容よりもこのやり取りを鮮明に覚えています。

今日有機米の水田を見ながら、なぜかこのことを思い出しました。理由は前の日曜日、「ルーズヴェルトゲーム」と言う昨年の人気番組の柳の下のドジョウを狙ったテレビドラマ、悪役のライバル企業の社長と「饒舌なコーディネーター」がどうもキャラクター的に被ったからです。

さて、肝心の画期的装置ですが、それはまた日を改めましょう。
インターハイ
月を跨いで夏の陽気が続きます。6月後半が旬の「さくらんぼ」も、ずいぶん色つきました。
初夏の代名詞さくらんぼ、スモモが続き桃が夏を彩ります。福島の桃は早生種が7月中旬、末から8月上旬に主力の「あかつき」、旧盆を挟んで「川中島白」桃、晩生種の「ゆうぞら」そのころは梨の早生種「幸水]最盛期になり、東北の夏が終わります。
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8月11日が山の日とか、「海があって山がないのはおかしい」と、尤もらしくもありこじ付け臭くもある休日は増えますが、野菜や果物の旬、梅雨、暑さ、高校野球、旧盆、と生活に欠かせない要素があって季節が移り替わってゆきます。

高校野球と言えば、我が家の上の子の「夏」は終わったようです。インターハイの県大会が終了しました、予定より一つ多く勝てて県ベスト4.。今日の準決はプロのアスリートを輩出する私立校、為すすべもなく敗退しましたが「果敢に攻めた」と言うことにしておきましょう。

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照りつけるグランドには後輩と涙に暮れる姿がありましたが、おそらく帰ってくれば爆睡。そして明日からは何事もなかったように登校、早く受験モードに入ってほしいものです。

この地の子供には甲状腺リスク、風評被害が待ち受けます。どんな試練が待つのか、子供たちに親のできる限りのことをしてゆかなくてはなりません。