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暑さに負けず
福島は30℃超え、明日も明後日も暑そうです。初夏に暑いと往々にして盛夏に涼しいもの、エルニーニョが気になります。

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先日紹介した、野菜の産地茨城から来たプロ農業集団の視察団が「おいしい」と絶賛して帰ったスナップエンドウも「暑さ」「日光」を受けて、ますます元気に生育しています。サラダに最高です、ドレッシングなどなくてもいくらでも食べられます。

ある古老の話、観光でNYに行ったときにメトロポリタン美術館で昼食に食べたサラダ、黄ばみかけたブロッコリーが出てきたそうです。日本を出て数日、連日の肉やらパンやらに飽きて、日本食を食べたいと思った矢先に野菜を食う機会。日本食でないにしても、やれうれしやと思って食べたもののその不味いこと、日本の野菜の味はこんなものじゃないとウエイトレス言いたかったそうです。
昨今話題の「日本維新の会」分裂、石原共同代表は「押しつけ憲法の不出来」を訴えていましたが、敗戦国云々は別問題として、日本が世界に誇っていい技術は工業分野でなくともありそうです。

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その野菜、今まで以上においしいものを作り、それを社会システムやビジネスモデルとして定着させる試験研究を行っています。試験栽培の野菜、播種直後の水不足で心配しましたが、散水のかいもあり順調に育っています。
東京電力がアメリカから買わされた安全機能の脆弱な原子炉の事故さえなければ、この技術福島から全国へ、とっくに定着したものをと彼国を恨みながら、新たな付加価値としておいしさの研究をしています。もっとも彼国からは「原子炉はファエなビジネス」、問題はそちらの国のMAFFとTOPICOと言われてしまいそうですが。
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農業改革の光と影
日本農業新聞を読んでいたら、「農業改革に言うことあり」と言う連載記事、その横には「全農、ファミマが業務提携」の記事。
農業関係者以外には、いろいろ説明しないとわり難いことがあります。まず、日本農業新聞とは発行はJA(農協)系組織。ちょっと恐縮する例えになりますが、日本共産党=赤旗、創価学会=聖教新聞のようなもので、いわばJAの機関紙。報道の見地から、公正中立を求めるには無理があります。ちなみに全農とは全国経済農業協同組合連合会、農協の経済組織です、つまりモノを売ったり買ったりする組織。全中=全国農業協同組合中央会とは一応別組織、形の上では全中の傘下になります。

米国から日本に取材に来た撮影クルーに、JAのことをどう説明にしても世界的に例える組織がなく「ミスティリアス」で話が終わってしまいます。例えがないのと私の語学力と双方に問題はありますが。

JAと言うのは農業関連では独占企業のようなもの、農業政策とは農協政策と言って差支えがないほど密接化していました。経済団体と政治団体と一体化していて、田舎の選挙は農協次第の側面もあります。
以前、小泉構造改革のころ農協改革が取りざたされ、「小泉の選挙区は神奈川、農協票がなくとも大丈夫だから」と実しやかに囁かれました。自民党と強固な関係があった分、民主党政権下では少々冷飯組だったかと思います。農家への直接補償ではJAの頭越しに動きました。

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政権が自民党に戻り「わが世の春ふたたび」かと思えば、さすがに農協独占に対する逆風は強く、アベノミクスの重点政策に「農協制度見直し」が入りました。
ですから機関紙日本農業新聞でも、JAは「地域に欠かせぬ存在」農協改革を「現場感覚から逸脱」と、盛んにJAの存在感をアピールしています。

農業改革の一つの柱、農地利用の問題で「企業の農地取得」を「目的外使用に道開く」と学者の言葉を引用して牽制します。年々と言うより毎月のように増える「遊休農地をどうする」と言うことに「集落営農こそ最善の仕組み」と言うアンサーを用意してありますが、「集落営農」と言う言葉が出てきでもう10年、決して切り札にはなっていません。
幾つかの事例も見ましたが、推進役の農業改良普及所は行政機関。官僚が経済活動を差配して、結局崩壊した社会主義国家を見るようで、効率はともかく競争力の向上とは行っていないように見受けられます。

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私のシステムにも、事業競争力の強化を図る生産組織が視察に来ました。従来の農家の個の力を加速度的に集団の力に変えて、生産品の質の向上と販売力の強化。古くて新しい問題に知恵を絞っているようです。
従来の常識の打破と、新し方向性の確保、これをご縁に茨城からみえられた営農・販売組織のご活躍を祈りたいと思います。
ところで先ほどの日本農業新聞の記事、産業資本から農地・農家を守るはずのJAが、もっとも先端的の産業システムのひとつコンビニと組むと言うこと。これまでもサンクスなどがJA敷地で営業していましたが、もっと勢いのあるところと業務提携。この辺の節操のなさがJAのJAたる所以ですが。


自主避難者に月額40万円
原発事故によって京都に自主避難をした会社経営者に、仮払い金月額40万の支払い命令を京都地裁が下したとのこと。
営業損害の本請求は依然裁判中のようです。よく、県外の方から言われるののがが、「福島県は災難にあったが、賠償が入るから・・・」。
ニュースのヘットラインだけ見ると「自主避難者に賠償月額40万」と、何ともうらやましく見えますが、記事をよく読むと避難者の悲惨な実態が垣間見れます。この避難者は「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」で就労不能で、生活資金の仮払いを求めていたとのこと。

裁判ですので医療機関の診断書が求められ、事が事なので医師も今後の司法への影響も考えてかなり慎重に診断書を作成するのでしょうから、相当重篤な症状であるとが察せられます。たぶん「痛い」とか「痒い」とかの仮病まがいでないことは確かで、家族の生活費まで含めて困窮があったのでしょう。プライバシーのことがあるのでそれ以上詳しい記述はありませんが。

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自主避難と言えば「勝手に逃げた」との見方があり、社会的なステータスが高い「医師」「大学教授」「会社経営者」「政治家」などの避難が取りざたされます。ステータスと言うよりそもそも経済上それが可能だったということでしょうが。
反面、心配を抱えながら逃げ場所のない人もいる、というよりそれらが大半です。「自主避難にも仮払い金」と言うと「逃げ得」「ゴネ得」という印象があるのは否めませんが、よほどの金持でもないと「困窮」「一家離散」「ストレス障害」と言った、深刻な実態と隣り合わせのようです。
「除染が終わりました」という看板の立つ公園で今日も無心に遊ぶ子供がいます。これを見て自主意避難者の思いは、早まったという「慙愧の念」か、逃げて良かったという「安心感」か。
この避難者の仮払いも「5月から1年」、そのあとはまた係争が待っています。「個別具体的な事情に応じて因果関係を認め得る」と、原子力損害賠償紛争審査会は指針に書いていますが、東電はそれどころではなく機械的・事務的に案件を処理しているように見えます。被災者にしてみれば一生のうち1度あるかないかの大事件で、膨大な案件数を捌くのが精一杯の加害者東電。
中間貯蔵施設、廃炉・汚染水対策同様、被災者の被害実態に合わせた賠償も、民事として民間企業に任せておくにしては影響が大きすぎます。
AKBのビジネスモデル
「美味しんぼ」の放射能の人体への影響にかかわる表現方法、ASKAこと宮崎重明の覚せい剤と注目を集めた事件の後に今度はAKB握手会の傷害事件。このところ、その他オタク系犯罪の片山真犯人事件、看護師の行方不明などもありましたが、バックグランドの重さや暗さで「美味しんぼ」「ASKA」「握手会」がやはり異彩です。

美味しんぼについては何度か書きました、「ASKA」については、芸能人の覚せい剤事件と言うには栩内容疑者のポジションが何とも微妙です、パソナの関係と言うのはたまたまでしょうか。
ベンチャーと言えば技術系上がりだった時代に、パソナ南部、ソフトバンク孫、HIS澤田の各氏が登場しサービス産業系のベンチャーが台頭して新しいビジネスモデルを作りました。その後はBOOK OFFの坂本さん、ワタミの渡邊さんなどが登場し、坂本さんは近年「俺の」の外食産業で再浮上したのは周知のとおりです。

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      5月も最終週、近所の公園のツツジが見ごろ

孫さんは相変わらず活発な企業買収、澤田さんはハウステンポスの再生に成功したとのこと。南部さんのパソナ数年前新橋の地下室に植物工場を作って話題になりましたが、その後の展開は聞いていません。2年ほど前にパソナのスタッフが農業分野をサポートするふれこみで弊社にもヒアリングに見えられましたが、「いくら何でも」と言うレベルの農業分野に対する認識で、その後は知りません。ASKAと言うよりパソナとの関係が取りざたされる栩内事件が、変な方向に進まないといいとは思っています。

さて、本ブログのテーマであった「AKB握手会の傷害事件」、熱狂的なファンと言うより「変質的な要素を持った加害者が何かの切っ掛けで暴発した」あまり根の深い事件ではないのでしょうが、興味があったのはAKBのビジネスモデル。
一見飛ぶ鳥落とすように見えるAKBですが、したたかな逆風下の「弱者の戦略」が見えてきます。TV出演はしていますが「ギャラなど知れたもの」、メディアへの露出はファンを獲得する手段で、採算は度外視。それで、収益は物販で稼がなばなりません。
おニャン子時代と違うのはデジタル通信技術、かつてのレコード・CDと言った媒体はとっくにデジタル配信に変わられています。さらに、CDの特性上、いくら「熱狂的なファンでも同じCDは何枚もいらない」ということ。ここにこの業界の宿命があります、コンテンツを売っているわけなので。

そこで、CDに握手券やら今や国民的な恒例行事になった「AKB総選挙」の投票券を付けて、CDの販促を図る商法、これなら何枚もCDを買って貰える可能性があります。むろん反論もあって、無駄なDCを買わせるとか、お気に入りの得票を伸ばしたいから子供がいじめで投票券を取り上げるとか。
このような指摘はあれど、社会問題化の1歩手前で何とか凌いでいましたが、今回の事件から「見直し」を迫られそうです。しかし、毀誉褒貶はあるものの「逆境」のなか、知恵を絞って新しい収益モデルを創る秋元プロデューサーの力量は大したものだとだとは思っています。
もともと「芸能」は、一般人に無駄使いをさせる仕組みの上に成り立っているようなところがあり、「無駄に気づく」のも成長のうちのような気がします。出雲の阿国歌舞伎まで遡るのは少々行き過ぎでしょうが。






あんがい元気に暮らしています
美味しんぼの「放射能と鼻血」の話も、ASKAの覚せい剤、タイのクーデターのなど次々起こる新たなニュースに押されて一時の勢いがなくなりました。そのことに胸をなでおろす人や少々残念な人、立場や思惑によって様々だと思います。

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人も住めないような言われ方をした福島も、このところ活発な土地取引もあるそうで、リーマンショック辺りから鳴りを潜めていた建売分譲もこのところ盛んに行われるようになりました。

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子供たちもいたって元気で、「マスクをしろ」とかと言う指導もなくなっているようで、元気に登下校放課後も自転車などで思い切り遊んでいるようです。3.11から3年のNHK特番で、「子供を外で遊ばせたくない、保養に出したいが近所の目が気になる」という、お母さん方のサークルが紹介され、番組宛のツイッターで「保養など聞いたことも、話題になったこともない」と言う情報が寄せられました。
おそらく双方真実で、うつ病になるほど心配な親もいるが全く気にしない親もいる、どちらが正しいか専門家の意見は分かれ、真実がわかるのは相当先・・・と言うことです。

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美味しんぼで話題になった福島大の荒木田准教授とは、私も一緒に初期の除染実証試験などをしましたが、もちろん除染と称する大がかりな地域清掃で放射能が事故前の水準まで低減化するなどと言うことはありませんが、効果が皆無と言うこともありません。除染事業者も、除去した芝の張替のそのまた根付かなかった芝の管理まで一応事業者責任として行っています。現行の出来る範囲では、そこそこ仕事はしているということは確かなようです。

放射能の被害を、鼻血の問題に矮小化することは許せませんし、東電の数土会長なる外部から招へいされた取締役会長が、賠償・廃炉費用調達のため地域外に電気の販路を広げるなどと、日経新聞で打ち上げていましたが、発電・売電など従来のビジネスモデルで調達できるほどの収入とと「桁がいくつか違う」ことを承知の上で、政治的な意図を持ってのことだと思います。
魑魅魍魎が跋扈するような、全く不可思議な世界の上で、膨大な情報と勝手な思惑に流させそうになっても、案外福島はしっかり生きているのかもしれません。






梨の摘果作業
以前にも紹介した果物の摘果作業。果実は「種」なので、花が咲き受粉をすると種の保存のため果実になります。
それを全部残してしまうと、種の部分を食べる人間の好みの大きさにならないので、無理やりと小さいうちの落として、残ったものを大きく育て人間の食べ物にします。

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果樹栽培も機械化が進みましたがこの辺は手作業、人海戦術にならずるを得ません。ただ,力仕事ではないので比較的高齢の方まで応援に駆けつけ、果樹園はさながら地域ののOB会のようになります。

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もっとも五月の日を浴びて屋外で作業した方が、家の中で所在無く過ごすよりも心身とも良いに決まっています。摘果作業合間の世間話も弾みます。
この地域(福島市笹木野)はもともと養蚕地帯、桑から果樹へ転換した第二第三世代が今の主力でしょうか。そこから次の世代につなげるのか、今が正念場です。

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集まるOB連、「この年になると放射能など気にならない」と言いますが、逆に若い世代は気になるのは仕方がないということになります。ご年配の助っ人も、言葉を選びながらの世間話になってしまいます。「苦渋の選択」を強いられているのは、なに事故現場の地下水を流される漁民だけではありません。

大飯原発の差し止め判決が地裁で出ました。関西電力は名古屋地裁に控訴、当然最終的には最高裁で争われるでしょう。いつ果てるともない係争は続きます、プルトニュウムの半減期などの比べるとほんの一瞬ですが。




共同研究
共同研究をしている慶應義塾大学ビジネス・スクール、いわゆるNBAですが、しばしば打ち合わせを行っています。昨今流行の「独創的なものつくり」推進とは違って、「競争優位性」、他の製品やサービスとどれだけ違うのかを研究します。それによって不毛な価格競争にい陥らず、顧客を安定的に確保することを重要視します。

広く言えばサービス業なのでしょうが、メディアも他の媒体との違いを出すことに躍起で「整合性もなんのその」、活字(古い言い方ですが)電波にネット、入れ乱れての情報量。当然「街に猫がいました」より「街のライオンがいました」の方が情報の競争力は増すわけで、ところがライオンだと思ったら「実は珍種の犬でした」的なものがしばしば見受けられます。

これが私たちが行っている実ビジネスだと、バッシングの対象になり信用の失墜と言うことになるのですが、第4権力たる情報メディアはまだまだまかり通るらしく、まずは何ともうらやましい限りです。

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となり(でもないか)の芝生の青さを気にしていても始まらないので、とりあえず、文字通りこちらのフィールド、田園の青さを紹介します。このところ雨が降らず、野菜の植え付けは雨待ちでしたが、21日は当地方1日雨。これで一気に植え付けが加速します。
4月上旬が植えつけ適期のじゃがいもは順調に育っています。じゃがいもは苗を植えるのではなく、種イモと言われる親イモを幾つかに分割して、土の中に埋め込みます。
この「少し肥料が足りないんじゃない」と(通常の栽培農家から)言われるような葉食が有機栽培の決め手、化学肥料の窒素成分の葉色になじんだ眼には物足りないような緑でも、必要成分は十二分に備わっています。もちろん本当にそれらの成分が不足して葉色が黄色い、育たないということもあるのでその点ご注意が必要です。

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遅霜の心配もあまりなくなり、ナスも植え付けを待っています。雨が降らずに温室の中で待っていたナスの苗を5月の気候が待っています。急に露地に出され1週間ほどは黙っておとなしくしていますが、鉢の中でこじんまりと押し黙っていた根が畑の有機質にたどりつけば、水を得た魚のように躍動します。

話をメディアに戻します。昨日のASAHIネットニュースで、電源喪失の東電の事故直後9割の職員は吉田所長の待機指示を無視して第2原発まで退去していたと報じました。その後この件については(私の知る限り)続報はありません。過去の報告書から拾った事例にニュース性はないとの判断でしょうか?ニュース性はなくとも「東電」の性質を知るうえで重要の事実ではないかと思うのですが。
娯楽誌の開き直り
ビックコミックスピリッツが増刷の上売り切れとのこと、小学館の商売は成功だったということでしょうか。
編集部の見解と言うのも読みました。エンターテーメント誌が社会派ぶったご高説でしたが、「はいはい」これで幕引きね儲かってよかったね、と言う感じしかしません。
逆差別と言えばその通りなのでしょうが、コンビニで弁当やたばこと一緒に買ってゆく青年コミックに、「私たちの未来を見定めるための穏当な議論へつながることを切に願います」と言うことを、思い描いて購入する読者はいくらいますでしょうか。

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五月の連休を挟んで、この話題で持ちきりでした。千差万別の見方考えたかがあり、少数意見や埋もれている現実などを世に出すというのは、大切なことには違いありません。
しかし、いわゆる「人を楽しませる」ことを目的にしていることが(とても重要なことですが)、おり悪くとんでもない災難にあっている人たちをネタにした手法で被災者に不快感と(風評被害等の)損害を与え、「表現の自由でございます」と開き直った挙句「社会的に意義があること」と言っています。

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しかし、被災地ではこの間も粛々と日常の生活に追われています。風評に売れようが売れまいが、いつものように農作業をして、生き物を飼っています。

川内村長の遠藤雄幸氏が「風評は瞬く間に広がるが、それを打ち消すのに長い月日と費用を要する」と言っていましたが、モノが売れないという風評ならまだしも、差別や偏見「いじめ」につながるようなことだけは避けなければらりません。


日常と非日常 2
福島県田村市常葉町、この集落は福島第1原発から約30キロメートル。避難区域になった同市都路町と隣接していますが、線量はそう高くありません。

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例年通り田植えも終わり新緑の季節。ところが、2月の大雪の倒壊した温室がそのままの形で横たわっています。これから撤去作業が始まり夏過ぎから新棟の建設が始まるとのこと。今夏は残ったハウスと、急遽手配した小型のパイプハウスで凌ぎます。原子力災害のように、被害が尾を引かないのが不幸中の幸いです。

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ここから、原発事故のあった東の方角を見る,と丘陵に発電用の風車が見えます。再生可能エレルギーとして、事故後にとって付けたような施設ではなく、事故以前から稼働していたもの。何とも皮肉な巡り合わせになっています。

そして、ここでは山林除染を行っていました、生活圏の近くだけでしょうが。この木ごと伐採して、表土まで剥がないと除染にはならないのですが、とりあえず「やっている姿勢を見せる」と言うことでしょうか。作業員には何の罪もないのですが「そのうちうやむやに」とか「半減期まで待つ」とか、「住民の関心が薄くなるだろう」というような、除染事業執行側の思惑が見え隠れしてるようでなりません。

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風力発電ではありませんが、汚染の懸念などでなどでこれだけの使い難くなった森林資源があるので、除染なる価値の創造を生まない作業で終わるのではなくて、バイオマス発電など価値創造に使えないかと思うのですが。

むろん「コストが」と言うことになるのでしょうが、このようなイレギュラーな除染作業も原発の維持コストに考えると、原子力発電がそう費用対効果に見合った発電とは思えないのですが。
「いやいや福島の事故は特異な天災に巻き込まれたレアケース」、今後も起こるとは考え難い「日本の科学技術を信頼してください」と言うことですが、安倍首相が福島でのんびり(かどうか知りませんが)田植え機に乗っている間にも、原発事故現場のALPUSがまた止まっていたそうで、日本の科学技術の「泥舟」感が一層強まります。


日常と非日常
美味しんぼの騒動が収まりません。小学館も掲載の取り消しや内容についての謝罪はぜず、「お騒がせしました」と言うような型通りのコメント。
「非科学的な」「因果関係はない」という公式見解で、「騒ぎを商業利用」「一部特異な意見を持つ人の戯言」風な収まりを見せるかと思ったら、とことん政府やエスタブリッシュメントの発言は信じない人も多いようで、「表現の自由の侵害」「表現者が悪いのではなく事故責任者の東電が悪い」「原発安全神話を作った国が悪い」と多様な意見出てきました。
さすがに、「除染の効果はなくて福島に人は住めない」「鼻血は間違いなく放射能が原因」と言うことに表立って加担する人はあまりいませんが。

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大学は研究者が自由にものを言うところが特徴であって、個別の研究については学長も助教(昔風に言えば助手)も平等で、福島大の准教授の見解に学長は異を唱えることには学内にはデリケートなところがあります。学長の記者会見後になって「誤解を招く表現は慎んでください、と言いたかった」と言い直したようですが、株式会社や官僚機構のような縦の命令系統ではないことが大学の建前ですので。

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効果がないと切って捨てられた除染業務もいたるところで続けられています。面的除染なので、空き家であっても家主を探して行われます。高圧で壁面を流し、水はバキュームで吸い取ります。暗中模索で始まった頃よりは機材もそろいシステマチックにはなってきました。
むろん完全とは言えませんが、市街地は線量はある程度は低下しているようです。問題は森や林河川敷など除染の困難なエリアの隣接地です。除染と言う何の創造も生まない、安全神話のしりぬぐいのような作業が毎日続きます。

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そんな作業の傍らでは、公園で子供を遊ぶ親子もいます。もちろん公園除染は一番先に行われていますが、武田何某のようなタレント学者が「自殺行為」などと、たちまちネタにするような風景です。世間の注目を引きたい一心なのでしょうが。
安全神話の崩壊、そして放射能リスクに関する多様の意見とデータ。政策の失敗や東電の不作為や違法行為によって作られた放射能リスク、それらを棚上げして、極めて低いリスクで実生活上何の問題もないとする政府と加害企業。リスクを煽って商売にする媒体等。
なまざまな思惑の中で子供を育てざるを得ないこの地の住民。わが身や立場を守ることしか考えない人たちを福島県人はなんとなく察するようになりました。

間が悪いということ
昨日は夏の気温、30℃を超えて全国ニュースになりました。本日は朝から曇天、肌寒くはないので平年の気温に戻ったということでしょうか。先週末は3日ほど強風、砂埃が舞いした。
実は約1週間前に試験栽培の小松菜を種を播きました。作業をお願いしている方とに日程が合わず、予定より遅れ気味だったので、とりあえず日程調整優先で天気予報までは確認しなかったのですが、播種のあと2.3日後の小雨があった程度。もちろん播種後は散水しましたが、降り続ける雨とは違います。
発芽の確認に行ってみると、まばらながら芽が確認できました。

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この双葉が出れば大丈夫、あとは本格的な雨を待つばかりです。
もう少し出そろったら何度か間引きをして、株数を調整して比較試験をします、収穫量と内容分析、品質の測定をする予定です。

今の時期は週二回くらいは気圧の谷が通り、小雨になるのですが、ちょっと間の悪い試験のスタートになりました。

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試験圃場の周囲でも、初夏への移り変わりの時期、タンポポの花から種子が飛び散る準備にかかる時期になっています。
もう少し早い時期だと、果樹の花の根元には黄色いタンポポが群生して、青空と桃色薄桃色白い果樹の花々、地表にはタンポポの黄色と、絶好の撮影ポイントになるのですが。
もっとも、この辺りのタンポポも帰化植物の西洋タンポポ、かせに舞うタンポポの種は在来種を駆逐する生命力の根源と見れは、田園風景も少し味気なくなります。もっとも地球の歴史から見れば、炭酸ガスしかない天体に生命が萌芽して酸素の供給による緑に覆われ、地殻変動により大陸が四散し、アフリカ中部に誕生したと言われる人類の祖前が、徒歩により地球上に居住地を求めた歴史と言うか惑星の成り立ちからすると、島国日本の在来種がどうしたなどと言うことは、取りに足らないことかもしれませんが。

その惑星の居住環境をコントロールして、自ら考えだした貨幣なる代物を準備すると、快適な生命活動が維持できると考えられた矢先に「放射能」なる伏兵に足元をすくわれてしまいました。自ら作ったエレルギーのコントロールに失敗したり、エネルギーの残骸の処理の目途が立たなかったりと、今日我々がチャップリンの「モダンタイムス」のオートメーションに振り回されるドタバタを笑うように、わずか後世の人間にも原発事故の収束劇は爆笑を誘うのかもしれません、或いは涙か。
その貨幣を使って事を収めようとしている最中ですが、貨幣運用のルールからすると何とも珍妙な理由を付けてその貨幣を集めてくるようです。
さて、間が悪いと言えば「美味しんぼ」に登場する福島大学准教授。わずか三年前は同僚が(彼を含めてですが)メディアで同様なことを語っていて、思い出したようにこの時期に紙媒体に登場した途端この騒動。まさに、間の悪いという典型のようなもの。多様の意見や方向性が認められると言われているこの世界、大学や行政機関がどのような対応を見せるのか興味のあるところです。
研究者が人間として叫んだ魂の声か、媒体に踊らされた道化師か。と言うのは少々極端な色分けかもしれませんが。
鼻血のはなし
「美味しんぼ」の鼻血のはなし、が再燃してきました。
もともとフィクションの世界に実在の人物が登場してくると、途端に話が複雑になります。それも前町長とか大学准教授とか、一応社会的なステータスを持った人で、前町長などは環境大臣の不快感を示すコメントに「人の身体のことが他人になぜわかる」と逆キレをおこすありさまです。
これはこれで伏線があって、原発事故の収拾には、原子力の主務官庁の経産省、放射能の環境破壊には環境省、賠償についてはおそらく科学技術の関係かなぜか文科省、1次産品のセシウム抑制や風評被害には農水省、甲状腺がん等の影響は厚労省と複雑に縦割り縄張りが輻輳し、多くの国民の知ってのとおりそれらは協調することなく不効率な事業活動に終始するとになっています。

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除染については環境省なのですが、遅れていて効果が不十分とされていて、震災対応で不人気を託った前民主党政権ですが、比較的評判が良かったのが「細野環境相」。現環境大臣は除染が進まぬ割に上から目線、中間貯蔵施設の用地でも高圧的に国の主張を通そうとするところがあり、「七光り議員、国会に遅刻するお前が何を言う」のような反発があるのかもしてません。

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今後の「美味しんぼ」の展開は、福島は人の住むところに非ず・・・と言う展開になると予想されますが、ここで復興を果たそうとする人も大勢いて、復興住宅の建設も行われています。
実は、今回の漫画の登場人物も個人的には満更知らない人ではないのですが「あなたに除染の話をされても」「個人的な見解は分りますが、専門分野は違いますよね」と言いたいところもあります。
商業メディアは結局「売れて幾ら」なので、平穏な話よりも身の毛の弥立つ話題に行きやすく、前町長や准教授の発言を切り取って「インパクト」に利用された懸念はあります。

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原発事故対応について「東京電力」「政府」の対応が、評価できるなどと言うことは絶対ありませんが、それでも限られた条件の中、復旧復興や事態終息に一生懸命に取り組んでいる人たちも大勢います。吹き飛ばされそうな逆風の中「がんばる現地」にもう少し配慮を頂ければと思うところです。

テーマ:ほっとけない原発震災 - ジャンル:政治・経済

菊と葡萄
花の「菊」と果物の「葡萄」、おなじみの農産品ながら一般的なようなマイナーなような。

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    福島市で栽培されている旧盆需要を想定した菊です

しかしそれらを生活の糧にすべく、一生懸命に栽培している農家がいます。菊は仏花にか欠かせません。母の命日だからと言ってカーネーションはあまり飾りません。葬祭はともかく彼岸のお盆はやはり菊、ここに需要のピークがあります。日本の伝承とマッチしているとはいえ、菊の相当数は外国産、東南アジアなど。むろん日本向けの栽培・出荷です。

果物と言えば「リンゴ」「みかん」等々が一般的で、あとは桃、さくらんぼそしてブドウ、梨。しかし世界的にはブドウがトップか?生食にとどまらず「ワイン」原料として相当面積が栽培されています。

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この近辺でも、ブドウの木をハウスに入れて差別化栽培が始まっています。6次化と称して、おいしい農産物を加工ありきでいじくり回す補助金取得作戦が横行してますが、世はまさにボーダーレス。変な小細工よりも、農産物の持つポテンシャルで価値を世に問うのが一番。マーケットは世界中にあります、人類史上まれにみる大失態を棚に上げて、技術を外の売りたがる原子力ムラの厚顔こそ1次産業は取り入れるべきかも知れません。もっとも、取り入れるのはそこだけに願いたいのですが。




テーマ:季節の話題 - ジャンル:ブログ

初夏の福島
田植えの時期になると、みちのく福島も「初夏」の雰囲気になってきます。

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吾妻山の残雪「ゆきうさぎも」ずいぶん痩せてきました。もうすぐ頭と胴体が離れ、岩肌に吸収されて行きます。この山に新雪が降るのは例年「10月中・下旬」今の新緑が紅葉に変わっています。

その秋に収穫するに果物の摘果作業が最盛期です。この前まで行っていたのが摘花、花を摘んで果実の数を制限し小玉にならないようにします。
この時期の作業は摘果、受粉が行われ、果実になったものを小さいうちに摘み取る作業です、目的は摘花と同じです。

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梨やブドウは枝を這わせる「棚」がありかがみこんでの作業。首、腰に疲れが来ます。もっともある先の選定から始まり秋の収穫まで何度となく屈みこんでの農作業、それなりの「耐性」もついて来ると農家の方は言います。

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今年は大雪で春の作業は遅れたものの遅霜もなく順調に来ました。天候の順調に行って収穫の秋を迎えたいものです。
例の「美味しんぼ!」の動きを気にしながらの農作業になっています。ただでさえ止まぬ福島の風評被害、この上「鼻血が止まらい」「疲れる」などと言うことがうわさになれば、経済的損出では済まぬ、人権問題になってきます。

来月は陸上の日本選手権が福島で行われます。頑張る福島を発信しようとしても、また不毛な書き込みや、興味本位の報道が続くのでしょうか。「表現の自由」「知る権利」「報道の自由」憲法解釈の論議は、今のテーマばかりではなさそうです。

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農産物の内部被ばくによる風評を懸念して、切り花「シャクヤク」を植えた農家がいます。「立てば芍薬座れば牡丹」のシャクヤク。出荷は来年以降になる先行投資です、農業に新しい希望を見出そうとしても「今度は鼻血のでる地域」。
技術立国なる日本が、不確定情報に右往左往。人口減少以上に心配される現状です。





テーマ:季節の話題 - ジャンル:ブログ

鳥インフルと豚流行性下痢
鳥インフルの終息宣言が出ます。なんとか風評を抑えたい地元の思惑か、連休明けの絶妙のタイミングです。もっともこのような見方になってしまうのは「風評」に敏感になってしまう福島の性か。
とにかく、発生現場で鶏舎の処分や消毒など迅速に対応したおかげでしょう。
以前茨城で発生した時は、茨城から経由の資材やもちろん飼料も導入できなかったので、今回の九州西南部だけの発生は幸運でした。鳥インフルは渡り鳥による媒介といわれ、防ぎようがない部分があります。文字通りの終息であってほしいものです。
さらにその後の豚流行性下痢といい、家畜の疾病が取りざたされますが、昔から豚コレラ、ニューカッスル病などがありそれぞれ社会問題になっていました。消費者目線で取り上げられるようになったのはBSE辺りからでしょうか。

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連休中に進んだのが田植え、もっとも以前ほど田植えも急がなくなりました。稲作の指導も時によって変わり、米の粒数を確保するためには早い田植えを・・・を推奨する時期もありましたが、早く植えてもあまり変わらん、に落ち着いたらしく、水温も上がる5月の中旬以降が適期とされるようになりました。

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もっともこのような長閑な話をできるのもあと何年かで、TPPによって輸入米が増えるとコスト管理、大型化が余儀なくさて大幅に技術や作業体系、経営体資質までが変わらざるを得ません。

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日本の田園風景も一変するかもしれません、それがいいことか悪いことかは歴史が証明するようになりますが、変革には「毀誉褒貶」が付きまといます。それがまた、経済観や食糧安全に基づくものなのか既得権益の保全しか考えていないのか、一見真面なことを言っているようで「衣の下から鎧」が見え隠れしている、と言うよりも舞台裏までが丸見えのところところが何とも可笑しい限りです、守る方も攻める方もですが。



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新緑と鼻血
GWの真っただ中、突然ふって湧いたような「美味しんぼ!」の鼻血騒動。騒動が収まりません、原作者も「福島は二年も取材した」と言うことで、次回次々回でさらなる波乱がある模様。
実在の人間が登場してくることで、信ぴょう性と胡散臭さが交錯してきます。取りようによってはどうにでもとれる、逆に言えば受け手の反応の幅が広い(全く安心から、危惧に値するまで)、放射能関係の特徴的な事例です。

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人間界の騒動をよそに季節は進んでいます。果実の花はほぼ終わりヤマブキの黄色い花が野山を彩っています。この季節は、これから田植、そしてワラビ・ゼンマイの山菜の季節になるのですが、ご承知の理由で山菜がいけません。

せめて、山野草で豊かな自然を楽しみましょう。要人は連休を利用しての外遊が多いらしく、「コメント」の応酬も外電経由。このきれいな季節にもったいないと思ってしまいます。

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放射能と鼻血
人気コミック「美味しんぼ!」の表現で、福島に来た記者が鼻血を出して診察を受けたことが「風評被害」を招くと論議を呼んでいます。

まず、「美味しんぼ」ってまだ連載していたの、というのが率直なところで、知人が自分で発行していたミニコミで「美味しんぼ」のパロディの「いやしんぼ」と言うのを書いていたのがもう四半世紀以上前なので、その長寿ぶりと日本のコミックのコンテンツ不足にはちょっと驚かせれます。

さて、放射能の恐ろしさと言うか厭らしさは、被害が目の前に現れない(低線量被ばくの場合ですが)ところで、率直に言ってかえって鼻血でも出てくれたら「手の打ちようもあるのに」と言うところです。「リスク有り」と「きわめて安全」と言う相反する見解が両立にてあり、その両方にもっともらしく学者や見識者が名を連ねていて、「どちらを取るのも住民の皆さんの自己判断」といわれても、学者で意見の分かれることが素人に判断できるわけがありません。そこに自称研究者、にわか研究者が参入して「売らんかなのメディアに」目立ちたい「ネット配信者」が乱れて存在し、いまだ落ち着くところに至っていないのが被災地周辺です。

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雨上がりを待ちきれずに、集合住宅の通路で遊ぶ子供。「マナー」はともかく、少子高齢化と言われる中で間違いなく日本を支えてゆく子供たち、わが子の成長を願う親「放射能は危険です」「この程度の線量は何ともありません」入り乱れる情報の中で、わが子を育てる親の心情は察するに余りあります。

中・高生の「スマホ漬け」生活も問題になりましたが、肥満体でバーチャルの世界にはまる子供と言うのも、その先にはうすら寒い未来像しか想像できません。
「天才はオタクの進化形」と言う冷めた見方もありますが、まず天才だけでは成り立たないのがこの社会。話も戻すと「美味しんぼ」の出版社の対応も気になります。とはいえ、出版社は、かの「小学館」、昔懐かしい「少年サンデー」「小学1~6年生」の出版元。今回の美味しんぼも実在の町長、前町長などが出てくるリアルとバーチャルが混然となっている構成です。
社会全体が、正常な「自己判断」ができなくなっているのかもしれません。

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東京電力(株)は普通の会社か?2
先日来、その時々に咲き誇る果樹の花を紹介してきました。一昨日リンゴの花の紹介方々「東電の被災地対応」について話題にしたところ、予想外の反応がありましたのでその続編です。

その前にスモモの花。さくらんぼ、桃、梨、林檎、葡萄よりはマイナーな果実ですが、桃に先駆けて出荷になる初夏の味覚です。漢字で書けば「李」さくらんぼ、桃同様バラ科植物で原産地は中国。
山梨とかの出荷が多いようですが、スモモの主力品種「大石早生」は福島県で開発された品種(と言っても昭和20年代ですが)、これほど長く品種の更新がされていないのも「主力の果実ではない」ことを示すものかもしれませんが、開発者の大石俊夫氏は民間の研究者、大石さんの長男が私の高校の生物の先生でした、生徒指導もしてました。

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さて、永年の先人の遺徳を「チャラ」にしてしまったような原子力災害、今日の地方紙でも「加害者が決めるな」のリードで記事が書かれています。文科省が設置した「原子力損害賠償紛争審査会」の指針をかいくぐり巧妙に東電は自分の考えを賠償基準に入れて、審査会の意図と違って賠償責任を免れようとしていることを、審査会の能見委員長も指摘しています。

賠償の支払いルールを「不法行為により損害を与え賠償する立場の会社」が決める、のもおかしな話でです。もっとも普通の会社なら、何とかして賠償責任を軽微に抑えて、株主や債権者の利益の確保をと思うのが当然ですが、放射能災害と言う有史に残る不祥事で、賠償・廃炉・除染費用で破綻状態、実質国有化の企業が「今さら何処を向いて仕事をしている」とでも言いたくなるようなことです。

また今日の新聞で不思議に思うことは、関西電力等電力5社が赤字なのに東電は黒字とのこと。むろん、油を拭き取る布きれを「社員が自宅から持参」するなどきめ細かなコストダウン効果の成果ともいわれ、それはそれで結構なこではあるものの、自宅に住めなくなったりなり生業をなくす被災者もいるわけで、国策でコストを国が肩代わりして除染・廃炉をお通してただけの話で、せめて賠償くらいもっとキッチリとせいよと言うのが福島の偽らざる心境です。

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果樹栽培も、低コストでおいしい果物を作るために「堆肥の確保」「有機性資材の機能向上」と毎日汗を流しています。

避難者の中には汗も流さず、慰謝料でパチンコ生活の指摘も全く的外れではありませんが、ともあれ復興に向けて、光と影が交錯して先々がとても見通せない被災地です。

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