3月11日で、今日も朝から特番と特集です。こうも何度も見せられると被災地の人間としても少々食傷気味ですが。しかも同じネタ、定点観測で同じところを時系列で報道するのも悪いことではないのですが、また「同じかい」とも思わないこともありません。

なぜか、よくマスコミに登場する村があります、例えば飯舘村。ところが同じ全村避難でも葛尾村の話題は出てきません。よく取材を受ける仮設住宅もあります、しかしこの仮設は果樹園の中ひっそりとあり、看板が無ければあることも分からないような場所もあります。

もちろん関係者は否定するのでしょうが、避難者間で実しやかに語られていることがあります。「原発立地自治体で東電と関係が良かったところは待遇が違う」、「集会等への送迎手段」や「仮設住宅の構造」も違うのだといいます。幾らなんでも、緊急時で避難所や親戚宅を転々とした後の入居ですから、そんなことはないだろうと思うのですが、確かに仮設住宅によって「いかにもプレハブ」から「ログハウス風」まで、多様な形態があるのは見ていて分ります。 ここはいかにもプレハブ作り、「高度経済成長期の建設現場の飯場のよう」と時代掛った表現になります。ここの避難自治体は、いわゆる原発立地出ではなく周辺のとばっちりを受けた自治体。なんとも「都市伝説」ならぬ「避難者伝説」を地で行きます。
避難者を元気つけようと地元の高校の美術部がプレハブにペイントを施していました。これも地元ではあまり知られていないこと。この美術部の活動は、除染物質の仮置き場のフェンスへのペイントでは話題になっていましたが。

「夜明けは必ずくる」、看板ならぬ壁書きに励ませながらも「慰霊塔」など震災を過去の物にしてしまいたいような政府の方向性に被災地の憤懣はいよいよ高まってきます。
仮設の前後に見える木は実は桜。あと一月で咲きます、その期間中は、県内でもっとも恵まれた仮設住宅になるかもしれません。
何れにしても同一的に語られる、「地震」「津波」の天災と人災である「原発事故」は別の事件として考える必要がありそうです。
テーマ:ほっとけない原発震災 - ジャンル:政治・経済
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